13話
「おはよう。葛西さん」
「おはようございます。よろしくお願いします」
雪にとって、なんともモヤモヤした、長いようで短かった一週間が経ち、二人はついに徒弟制度の初日を迎えることとなった。
そんな訳で、二人の様子も対照的だ。玄関先で片手を上げ、ラフに挨拶する修の一方、雪は深々と頭を下げた。
しかも堅苦しいのは挨拶だけではない。その服装もだった。
「一応聞くけど、着替えはあるよね?」
雪の服装は、まるで高級レストランにディナーへ行くかのような、仕立てのいい紺色のワンピース。
そういえば——と修は思い出す。
先日押しかけてきたときも、やけにきれいめな服装をしていた。
「はい。持ってきてます」
「それなら良かった。そんなお洒落な服を汚すわけにはいかないしな。……ま、とりあえず上がってくれ」
「あ、はい。お邪魔します」
前回来た時よりも、雪は明らかに緊張していた。
修はその理由を少し考えたが、リビングに辿り着くまでの短い時間では答えは出なかった。
雪をリビングへ案内したのは、少し話をしておきたかったからだ。
修は彼女に椅子へ座るよう促すと、自身もテーブルを挟んで正面のチェアに腰を下ろした。
「まずは簡単なヒアリングをさせて欲しい。葛西さんが魔術を上手く扱えない理由を、もう少し探っておきたい」
「わかりました」
雪は神妙に頷いた。——ここからが本番だ。
今まで彼女は、数多くの魔術師や医師、研究者に診てもらってきた。もちろん、その中には名の知れた者もいたが、全員、同じ結論を出した。
検査の結果、体に異常は見当たらず、魔法陣にも問題は見当たらない。魔術の暴発という稀な結果が頻発しているため、恐らく原因は魔力の扱いにあるだろう、と。
雪は、修だけは同じ答えを出さないでほしいと、心の中で祈っていた。
だから、雪は緊張感を滲ませていたのだ。
そんな雪をよそに、修に気負った様子は全く無い。
「まず一つ目。葛西さんは昔から人よりも魔力が多かった?」
「はい。魔力は同年代の子たちよりは、ずっと多かったです」
その返事に、修の口元が僅かに釣り上がる。
「それじゃあ、昔は魔術を問題なく使えていたりしなかったか? いや、むしろ得意だったりとか」
その言葉に雪は目を見開いた。
修の指摘通り、雪はかつて“天才”と呼ばれるほど魔術の才能に溢れていたのだ。
「魔術は……昔は得意でした。中学生に上がる前くらいまでは、二等級までなら問題なく使えていましたから」
「あぁ……。昔、魔術名家に天才小学生がいるって噂を聞いたことがあったが、それは葛西さんだったのか」
今や、二等級はおろか一等級ですらギリギリだ。
こんな未来が来るなんて、過去の自分は微塵も思っていなかった。
「魔術のレベルが日に日に上がってきている今でも、小学生で簡単に二等級魔術を使える子供なんて、ほとんどいない」
「結局、みんなの期待を裏切ることになってしまいましたけど……」
雪は小さくため息をついた。
期待が大きい分、失望も大きい——勝手に期待され、勝手に落胆された身としては、たまったものではなかった。
「まぁ、俺としては、昔の話が聞けて良かったよ」
「よかった……ですか?」
「ああ。これで僅かにあった可能性——葛西さんに魔術師としての才能が無い、という線が消えたからな」
その理屈が雪には理解できなかった。才能が枯れることなんて、いくらでもあるはずだ。
「簡単な話だ。昔は出来ていたんだから、今出来ないのは才能以外の理由だ。魔術の実力ってのは持って生まれたものが占める割合が高い」
「それじゃあ、努力って……」
「——もちろん大切だ。ただ、同じ努力をしても、才能があるのとないのでは、スタート地点も成長スピードも違う。だから魔術師たちは、この時代になっても『血』にこだわるんだよ」
「名家……」
名家に生まれ、そして“落ちこぼれ”と呼ばれている雪には、複雑な響きを持つ言葉だった。
「話を戻すが、とりあえず、葛西さんが魔術を使えない理由がこれでハッキリした。——単純に、自分の魔力を扱いきれていないだけだな」
「え?」
雪は予想外の言葉に唖然とした。
ここまで来て、まさか今までと同じ結論を出されるとは思っていなかったからだ。
「それじゃあ、私は……どうすれば」
「ただ、ひたすらに魔術を使い続ければいい。それで解決だ」
「えっ!? そんな単純な……」
「単純な話だ。そうだな……魔力を“力”に置き換えよう。葛西さんはシャボン玉を潰さずに掴めるか?」
「それは、できませんが、流石にそこまで……」
「もちろん、間接的な理由も色々あるだろうけど、一番の原因はやっぱり、強すぎる力を制御しきれてないことだ」
雪はまだ修の言葉を信じきれない様子だった。
だが、修が雪の立場でもきっと同じ反応をしただろう。
それほどに、彼女のケースは特殊だった。




