第三十七話/三月二十二日
“三月二十一日、午前四時、世界は光に包まれる”
佐伯美緒は、自らの身体へ弘法大師、空海の魂を転生させる。
圧倒的な祈りの力、法力を伴って……
千二百年の時を経て、遍照金剛が現世へと降り立つ。
弘法大師『空海』・・・真魚
吉備の鬼神『温羅』・・・みさき
『吉備津神社』宮司の娘・・・伽耶
空海を追う『摩』法少女・・・七瀬
四人の女子高生が織りなす、「因縁生起」を巡る物語――
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
岡山・香川の実在の旧跡・名所を舞台に繰り広げられる、バトルコメディ奇譚。
小旅行気分でお読みください。
弘法大師 生誕一二五〇年 入定一二〇〇年 祈念作品
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体、等とは一切関係ありません。
また、特定の宗教・教義を礼賛するものではありません。
――ザンッ!
鈍い音とともに、みさきが前のめりに倒れた。
正確に言うと、みさきだと思う。
首から上は無かった。
どす黒い血の雫とともに、手にしていた飲み物が辺りにぶち撒かれる。
「見つけた」
背後から肩越しに突き出された鈍色の刃が動きを制止する。
子供たちのはしゃぎ声が消えた。
車の音も聞こえない。鳥の声も聞こえない。異様に静かだった。
「動けば、首を刎ねる」
聞き覚えのある声に、呼吸が止まる。
加速する自らの鼓動だけが響いていた。
「お前は本当に空海なのか?」
「……なぜ殺した?」
「こちらの質問に答えろ!」
「なぜ、みさきを殺したぁっ!」
刹那、刀が振り下ろされる。
しかし、その刃は届かない。
身体中から溢れ出た法力が弾けるように少女を押し返す。
刀が跳ね飛ぶのに引っ張られるように、刃物少女は大きく後ずさった。
「その殺気……化け物が……やはりお前は空海の力を持った化け物だ!」
殺気?
儂はこの少女を殺そうと思っているのか?
不殺生の戒を破るというのか?
そんな馬鹿な。
『不殺生不殺生不殺生不殺生……』
『殺す殺す殺す殺す殺す殺す……』
相反する二つの感情が入り乱れる。
おいおい、待て待て、落ち着け。
みさきは輪廻の外に生きているんだ。
そう簡単に消えるわけは……
頭が冷静になる半面、心が乱れる。
「消え去れっ!」
少女は刀を構え直すと、一直線に駆け出した。
勢いそのままに体勢を低く踏み込むと、地面から掬い上げるように軌道を描いた刃が眼前へ突き出される。
受け流そうと構えた錫杖が意志に反して輝きを放った。
無秩序な法力が噴き出す。
その奔流に打ち据えられた少女の身体は、吹き飛ばされ地面を転がっていった。
制御できていない!
このままでは少女を魂ごと滅してしまう。
逃げよう。みさきを連れて。
視線を動かす。
転がったはずの少女の姿がない。
死角から強力な殺気が迫る。
もうやめてくれ!
眼の端で捉えた一閃を錫杖で受け止めようとした刹那、軌道が変わる。
刃は確実に首筋を捉えていた。このままでは……!
その瞬間、
テレビの電源が切れるように、視界が真っ暗になった。
鼓動の加速する音だけが響く。
上下不覚の浮遊感。暗い海を漂うように……。
身体から金色の光が溢れ出す。
真言も唱えていないのに、何が起きた⁉
身体が己の意志を無視して動き始める。
この気配は――
――美緒!
「こんな所で戒を破られるわけにはいかないのよ」
意識が入れ替わる。
錫杖を一振りすると、美緒は聞いた事もない呪文を唱えた。
刃物少女の身体が宙に固定され、そこだけ時が止まったかのように静止する。
「何をした!」
喚き散らす少女を意に介さず、美緒は逡巡していた。
「真魚の感情が不安定なのは転生が原因かしら……」
事も無げに呟くと、動けないままの刃物少女へ手を翳す。
掌に淡い光が灯った。
「そう……ここ数日、私の周囲を嗅ぎまわっていたのはあなただったのね。刑部七瀬」
「なっ……!」
少女の顔が驚愕に歪む。
「なんで私の名前を!」
美緒は更に手を近づけ、七瀬の頭をサラリと撫でた。
「ふーん。あなたはあの『大災禍』の被害者だったのね。道理で……合点がいったわ」
「なぜ、それを知っている!」
「だいぶ殺したのね……。人も、神も」
「……!」
「それじゃ、あなたにはこれをあげる」
美緒は七瀬の左手を取ると、その小指に細い糸を結んだ。
「何をした!」
「いずれわかるわ。あなたが真魚と一緒にいれば。真魚はあなたも、あなたが守る世界も救う。それは私が保証する」
「そんな事、信用できるか!」
「いいえ、あなたはもう知っている。私にも、真魚にも、みさきにも害意が無いことを。そんな私たちを傷つけた時、『二見さん』がなんと言うかしらね」
そう言って美緒はくすりと笑った。七瀬は押し黙っている。
美緒は踵を返し七瀬に背を向けると、天を仰いで叫んだ。
「真魚! しっかりしなさい! あなたは世界を遍く照らし、何ものにも心を動かされない存在、遍照金剛でしょうが!」
太陽がひときわ激しく輝く。
その瞬間、七瀬の身体が解き放たれ、その場へ倒れ込んだ。
意識が入れ替わる。視界が開け、自分の意志のままに身体が動いた。
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