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第一話【全六十七話】/序章①

“三月二十一日、午前四時、世界は光に包まれる”

佐伯美緒は、自らの身体へ弘法大師、空海の魂を転生させる。

圧倒的な祈りの力、法力を伴って……


千二百年の時を経て、遍照金剛が現世へと降り立つ。


弘法大師『空海』・・・空海

吉備の鬼神『温羅』・・・みさき

『吉備津神社』宮司の娘・・・伽耶

空海を追う『摩』法少女・・・七瀬


四人の女子高生が織りなす、「因縁生起」を巡る物語――


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


岡山・香川の実在の旧跡・名所を舞台に繰り広げられる、バトルコメディ奇譚。

小旅行気分でお読みください。


弘法大師 生誕一二五〇年 入定一二〇〇年 祈念作品


※この作品はフィクションです。実在の人物・団体、等とは一切関係ありません。

 また、特定の宗教・教義を礼賛するものではありません。




 弧雲定処無く、本自り高峰を愛す。人里の日を知らず、月を観て青松に臥す/『性霊集』



 弥生、四月。


 入学式が終わって二週間、周囲を取り巻く環境の変化に追われていた私は、忙しくも充実した高校生活をスタートさせていた。


 先月の「事件」の記憶も薄らいできて、日常を取り戻そうとしていた矢先の事である。突然の着信音が夕食の団欒を打ち破った。七瀬(ななせ)が食事を差し置いて電話に出ることはない。


 上司からの連絡を除いて。


「あぁ、二見(ふたみ)さん。どうも。調査ですね。はいはい。いえ、それくらいなら私一人で行けるでしょう。えっ、みさきに代わってくれって?」

 七瀬は突き出したスマホをくいっと揺らして、代わるように促した。


「もしもし、お電話代わりました」


『あー、みさきさん、どうもお世話になっています。実は、調査が必要な案件がありまして、詳細は刑部(おさかべ)へ伝えていますが、一緒に行ってやってもらえませんか?』


「でも、七瀬は一人で大丈夫と……」


『いやー、まぁ、そうかもしれないのですが、刑部一人では心配なものですから』


「それは確かに、私も心配ですけれど」


「足手纏いはいらないぞ」

 七瀬がぶっきらぼうに横やりを入れてくる。


「七瀬もこんな調子ですし、今回は遠慮しておきます」


『まぁまぁ、そんなこと言わないで。ところで、みさきさん』




『新しい車の乗り心地はいかがですか?』




 二見さんには、四人で乗れる車を送りつけられたばかりだった。

 断り切れず受け取ってしまった私も悪いのだが……。こうなると、従わざるをえない。


 だから、この人は苦手だ。



 翌日。放課後に待ち合わせた私たちは、伽耶(かや)の実家に寄って必要な道具を積み込むと、現場へ向かった。

 陽が落ち、暗くなった山道を街路灯がお情け程度に照らしている。

 アスファルトには散ったばかりの桜の花弁が、粒々と模様を描いていた。


 総社の市街を抜け、一級河川の高梁川を遡るように百八十号を一路、北へ。

 日羽の駅を横目に見ながら、暗い影を落とす山中めがけて車を走らせる。

 カーブとアップダウンの連続に、エンジンの遠吠えが響き渡る。

 しばらく走った所で、不意に七瀬が声を上げた。


「止まれ!」


 路肩に停めた車から荷物を降ろすと、並んで歩き始める。

 夜の山道には似つかわしくない女子高生が四人。

 真新しいライトグレーのジャケットに濃紺のスカートが翻る。


「坂道、きつくない?」

 伽耶は大きなキャリーケースを引っ張りながら、よたよたと坂道を上がっていく。


「車を停められるのが、さっきの所だけなんですよ」


「この先だ」

 先頭を足早に進む七瀬の銀髪が、街路灯の(ほの)かな光を受けて輝いていた。


「七瀬、歩くのが速すぎるぞ。とりあえず、調査依頼書を見せてくれないか?」

 一歩後ろから、真魚(まお)が制止する。七瀬は立ち止まって一枚の紙を手渡した。


「報告によると、不可思議な事故が増えているという事だ。突然ブレーキが利かなくなったとか、フロントガラスが割れたとか、首なしライダーを見たと証言している者もいる。あまりの事故の多さにデスロードなんて呼ばれているらしい」


「デスロード……(笑)」

 やっと追いついてきた伽耶が苦笑いする。


「私が言ったんじゃないぞ」


「ちょっとセンスが古いよねぇ。私なら……、ルナティック・ラグナロック・ロード、略して『R3号線』とか。どぉ? かっこいいっしょ?」


「いや、意味わかんないですよ」

 センス以前の問題だと思った。無視を決めこんだ七瀬は先を急ぐように歩を進める。


「あれが目印のミラーだな」

 ガードレールの外側にポツンと、色褪せたカーブミラーが立っている。

 その鏡面は白く霞み、支柱は苔むして今にも朽ち果ててしまいそうだ。


「嫌な感じがする……。伽耶、早く準備をしろ」


「はいはい」

 伽耶はキャリーケースを倒して開くと、中から木製の台と白い布を取り出した。

 辺りに切麻(きりぬさ)を撒き、手早く祭壇を組み上げ、祭器具を並べ始める。

 祭壇の傍には、大麻(おおぬさ)と神楽鈴を立て掛けた。

 一通り並べ終えると、蝋燭に灯を点け、三方に神饌と玉串を供える。

 最後に、透明のコップへ水を注いだ。水面が歪に揺らいでいる。


「あれっ⁉ あれぇ……?」


「どうした?」

 七瀬が伽耶の不穏な動きを問い質す。


「この塩、うまく盛れないんだけど……」


「これは――」

 七瀬が指をひと舐めする。

「砂糖じゃないか!」


「ありゃ? ちょっと間違っちゃったカナー……」


「馬鹿か、お前は! 本当に宮司の娘なのか!」


「そんなこと言ったって……」


 その時、大きく揺らいだ水がコップの縁を越え、零れた。


頓生菩提(とんしょうぼだい)……頓生菩提……頓生菩提……」

 真魚が経文を唱えると、にわかに水の揺らぎが止まる。


「素直な霊は離れてくれたが……」


「とりあえず盛り塩無しで祈祷を始めろ! 盛り塩、無・し・で!」


「わかった、わかったって」

 七瀬の強い語調に怯みながらも、伽耶は祝詞(のりと)を奏上し始めた。


「掛けまくも畏き伊邪那岐大神……」


「――ッ!」

 突然、七瀬が伽耶に抱きつくと、その場から跳び離れる。


 その瞬間に祭壇が爆ぜた。よく見ると、煙のような黒い影が漂っている。


「何者だ!」

 問いに影は答えない。七瀬は布袋から霊刀を取り出すと、鞘から引き抜いて構えた。


「お前たちは下がっていろ」

 七瀬が一歩踏み出す。影は塊になると、猛スピードで襲いかかってきた。

「これが、首なしライダーってやつか!」


 速い!


 七瀬は身体を捻ると、闘牛士のように間一髪で跳び(かわ)す。

 躱された影は踵を返し、更にスピードを上げて攻め立てた。七瀬は体勢を低く取ると、自ら首なしに突っ込んでいく。小さな挙動で影を躱すと、返す刀で引き裂いた。

 一度は霧散した影が、収束するように元通りの黒い塊へと戻っていく。


「手ごたえがない……」

 再度迫りくる影を、再び躱す。


 ――ッツァッシャ!


 長弓から矢が繰り出される音が響き渡った。伽耶が放った矢が影を捉える。

 やはり、揺らぎはするものの、その動きを止める事はなかった。


「実体がない、か……」


 七瀬は懐から霊符を取り出すと、呪文を唱える。

 霊符は一直線に影へ向かって飛ぶと、ぶつかった瞬間に大きく燃え上がった。

 影の動きが一瞬止まる。

 その隙に、鞄から透明の霊珠を取り出した伽耶が、呪文を唱えつつ影を狙って投げつける。

 霊珠は激しい閃光を放つと黒い靄の大部分を吸い込み、砕け散った。

 元の形を保てなくなった影が雲散霧消する。


「やった?」

「やったな」

 七瀬と伽耶が顔を見合わせた。

 ハイタッチしようと伽耶が笑顔で手を挙げるが、七瀬は無視して道路に接した森へと歩を進める。

 伽耶が気まずそうに、おずおずと手を下ろした。


お読みいただきありがとうございます。

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そうそう、そこそこ。ありがとうございます!



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舞台となる岡山・香川の旧跡・名所のリクエストもお待ちしております。

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