第一話【全六十七話】/序章①
“三月二十一日、午前四時、世界は光に包まれる”
佐伯美緒は、自らの身体へ弘法大師、空海の魂を転生させる。
圧倒的な祈りの力、法力を伴って……
千二百年の時を経て、遍照金剛が現世へと降り立つ。
弘法大師『空海』・・・空海
吉備の鬼神『温羅』・・・みさき
『吉備津神社』宮司の娘・・・伽耶
空海を追う『摩』法少女・・・七瀬
四人の女子高生が織りなす、「因縁生起」を巡る物語――
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岡山・香川の実在の旧跡・名所を舞台に繰り広げられる、バトルコメディ奇譚。
小旅行気分でお読みください。
弘法大師 生誕一二五〇年 入定一二〇〇年 祈念作品
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体、等とは一切関係ありません。
また、特定の宗教・教義を礼賛するものではありません。
弧雲定処無く、本自り高峰を愛す。人里の日を知らず、月を観て青松に臥す/『性霊集』
弥生、四月。
入学式が終わって二週間、周囲を取り巻く環境の変化に追われていた私は、忙しくも充実した高校生活をスタートさせていた。
先月の「事件」の記憶も薄らいできて、日常を取り戻そうとしていた矢先の事である。突然の着信音が夕食の団欒を打ち破った。七瀬が食事を差し置いて電話に出ることはない。
上司からの連絡を除いて。
「あぁ、二見さん。どうも。調査ですね。はいはい。いえ、それくらいなら私一人で行けるでしょう。えっ、みさきに代わってくれって?」
七瀬は突き出したスマホをくいっと揺らして、代わるように促した。
「もしもし、お電話代わりました」
『あー、みさきさん、どうもお世話になっています。実は、調査が必要な案件がありまして、詳細は刑部へ伝えていますが、一緒に行ってやってもらえませんか?』
「でも、七瀬は一人で大丈夫と……」
『いやー、まぁ、そうかもしれないのですが、刑部一人では心配なものですから』
「それは確かに、私も心配ですけれど」
「足手纏いはいらないぞ」
七瀬がぶっきらぼうに横やりを入れてくる。
「七瀬もこんな調子ですし、今回は遠慮しておきます」
『まぁまぁ、そんなこと言わないで。ところで、みさきさん』
『新しい車の乗り心地はいかがですか?』
二見さんには、四人で乗れる車を送りつけられたばかりだった。
断り切れず受け取ってしまった私も悪いのだが……。こうなると、従わざるをえない。
だから、この人は苦手だ。
翌日。放課後に待ち合わせた私たちは、伽耶の実家に寄って必要な道具を積み込むと、現場へ向かった。
陽が落ち、暗くなった山道を街路灯がお情け程度に照らしている。
アスファルトには散ったばかりの桜の花弁が、粒々と模様を描いていた。
総社の市街を抜け、一級河川の高梁川を遡るように百八十号を一路、北へ。
日羽の駅を横目に見ながら、暗い影を落とす山中めがけて車を走らせる。
カーブとアップダウンの連続に、エンジンの遠吠えが響き渡る。
しばらく走った所で、不意に七瀬が声を上げた。
「止まれ!」
路肩に停めた車から荷物を降ろすと、並んで歩き始める。
夜の山道には似つかわしくない女子高生が四人。
真新しいライトグレーのジャケットに濃紺のスカートが翻る。
「坂道、きつくない?」
伽耶は大きなキャリーケースを引っ張りながら、よたよたと坂道を上がっていく。
「車を停められるのが、さっきの所だけなんですよ」
「この先だ」
先頭を足早に進む七瀬の銀髪が、街路灯の仄かな光を受けて輝いていた。
「七瀬、歩くのが速すぎるぞ。とりあえず、調査依頼書を見せてくれないか?」
一歩後ろから、真魚が制止する。七瀬は立ち止まって一枚の紙を手渡した。
「報告によると、不可思議な事故が増えているという事だ。突然ブレーキが利かなくなったとか、フロントガラスが割れたとか、首なしライダーを見たと証言している者もいる。あまりの事故の多さにデスロードなんて呼ばれているらしい」
「デスロード……(笑)」
やっと追いついてきた伽耶が苦笑いする。
「私が言ったんじゃないぞ」
「ちょっとセンスが古いよねぇ。私なら……、ルナティック・ラグナロック・ロード、略して『R3号線』とか。どぉ? かっこいいっしょ?」
「いや、意味わかんないですよ」
センス以前の問題だと思った。無視を決めこんだ七瀬は先を急ぐように歩を進める。
「あれが目印のミラーだな」
ガードレールの外側にポツンと、色褪せたカーブミラーが立っている。
その鏡面は白く霞み、支柱は苔むして今にも朽ち果ててしまいそうだ。
「嫌な感じがする……。伽耶、早く準備をしろ」
「はいはい」
伽耶はキャリーケースを倒して開くと、中から木製の台と白い布を取り出した。
辺りに切麻を撒き、手早く祭壇を組み上げ、祭器具を並べ始める。
祭壇の傍には、大麻と神楽鈴を立て掛けた。
一通り並べ終えると、蝋燭に灯を点け、三方に神饌と玉串を供える。
最後に、透明のコップへ水を注いだ。水面が歪に揺らいでいる。
「あれっ⁉ あれぇ……?」
「どうした?」
七瀬が伽耶の不穏な動きを問い質す。
「この塩、うまく盛れないんだけど……」
「これは――」
七瀬が指をひと舐めする。
「砂糖じゃないか!」
「ありゃ? ちょっと間違っちゃったカナー……」
「馬鹿か、お前は! 本当に宮司の娘なのか!」
「そんなこと言ったって……」
その時、大きく揺らいだ水がコップの縁を越え、零れた。
「頓生菩提……頓生菩提……頓生菩提……」
真魚が経文を唱えると、にわかに水の揺らぎが止まる。
「素直な霊は離れてくれたが……」
「とりあえず盛り塩無しで祈祷を始めろ! 盛り塩、無・し・で!」
「わかった、わかったって」
七瀬の強い語調に怯みながらも、伽耶は祝詞を奏上し始めた。
「掛けまくも畏き伊邪那岐大神……」
「――ッ!」
突然、七瀬が伽耶に抱きつくと、その場から跳び離れる。
その瞬間に祭壇が爆ぜた。よく見ると、煙のような黒い影が漂っている。
「何者だ!」
問いに影は答えない。七瀬は布袋から霊刀を取り出すと、鞘から引き抜いて構えた。
「お前たちは下がっていろ」
七瀬が一歩踏み出す。影は塊になると、猛スピードで襲いかかってきた。
「これが、首なしライダーってやつか!」
速い!
七瀬は身体を捻ると、闘牛士のように間一髪で跳び躱す。
躱された影は踵を返し、更にスピードを上げて攻め立てた。七瀬は体勢を低く取ると、自ら首なしに突っ込んでいく。小さな挙動で影を躱すと、返す刀で引き裂いた。
一度は霧散した影が、収束するように元通りの黒い塊へと戻っていく。
「手ごたえがない……」
再度迫りくる影を、再び躱す。
――ッツァッシャ!
長弓から矢が繰り出される音が響き渡った。伽耶が放った矢が影を捉える。
やはり、揺らぎはするものの、その動きを止める事はなかった。
「実体がない、か……」
七瀬は懐から霊符を取り出すと、呪文を唱える。
霊符は一直線に影へ向かって飛ぶと、ぶつかった瞬間に大きく燃え上がった。
影の動きが一瞬止まる。
その隙に、鞄から透明の霊珠を取り出した伽耶が、呪文を唱えつつ影を狙って投げつける。
霊珠は激しい閃光を放つと黒い靄の大部分を吸い込み、砕け散った。
元の形を保てなくなった影が雲散霧消する。
「やった?」
「やったな」
七瀬と伽耶が顔を見合わせた。
ハイタッチしようと伽耶が笑顔で手を挙げるが、七瀬は無視して道路に接した森へと歩を進める。
伽耶が気まずそうに、おずおずと手を下ろした。
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