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02.ルームメイト


「ノクト」

「ん?」

何度か名前呼びをさせられた私はすっかりノクトと呼べるようになってしまった。

ノクトと呼ぶと嬉しそうにされてこちらのほうが照れてしまうんですが!……という私の心境はともかく。

「ここまででもう良いです」

「え?」

私の言葉にノクトはきょとんとした表情になった。

「女子寮までもうすぐそこです。それに男子禁制なので……」

「ああ。そういえばそうだったね。……残念」

ノクトはそう言って私から手を離し、その手はそのまま私の頭の上に置かれて撫でてきた。

「じゃあ、また明日」

柔らかく笑ったノクトに自分でもわかるくらいに顔が真っ赤になっていた。

私の表情を見たノクトはどこか満足そうに笑って去って行った。

その後ろ姿が見えなくなるまで私は見ていた。


「ノクト様がっ!?」

「笑った!?」

私が知らないところで女子寮が大騒ぎになっていた。

「一緒にいる女は誰!?」

「顔が見えないぃぃ!」

大騒ぎの中、1人の人物が私がノクトといるということに気づいていた。

「莉桜?……あちゃ〜」

その声は誰にも聴かれることはなかった。


身体的にも精神的にも今日が一番疲れはてた私は女子寮の自分の部屋に入った。

「ただいまぁ……」

やっと、安心できる……と思っていた。

「おかえり、莉桜」

まるで怒っているのか?と思うような声を聞くまでは。

そーっと顔を上げると後ろからどどーん!といったような効果音が聞こえてきそうな仁王立ちをしている人物がいた。

彼女はルームメイトで親友の梓紗。ハニーブラウンに栗色の瞳。その瞳はくりっとしていて可愛いらしい。明るく、活発で男女共に人気がある。

そして。私と同じ転生者でこの世界が自分が前世でやっていた乙女ゲームに酷似しているという話をよく聞かされた。

ちなみに私はその乙女ゲームをやったことはない。 私の前世は仕事が忙しく、休みもほとんどなく、たまにあった休日は部屋掃除をするか、死んだように眠って過ごすかそのどちらかでなくなっていた。なので乙女ゲームをする時間はなかった。

前世を思い出した私に対して、転生者なんだよと教えてくれたのは梓紗だった。


「どういうことなの?」

「な、何が?」

何が言いたいのかよくわからなかった私は戸惑った。


怒らせた覚えはないのになんだか怒っているようにも見えるのだが、その梓紗が私の手を握ってきた。


「ノクトとどこで出会ったの!?!?」

「………は?」

思わず間抜けな声が出てしまった。梓紗は怒っているのではなく興奮しまくっていた。

(うわぁ〜……。ちょっと……、いや、かなりイヤな予感がする)

そのイヤな予感は残念ながら大当たりのようで……。

「さあ、洗いざらい白状してもらうわよー!!」

(勘弁してー!!)

梓紗に部屋の奥まで連れて行かれ、座らされた私はノクトとどこでどう会ったのかの経緯を全て話す羽目になるのだった。


話し終わった私は生きる屍状態になっていた。

(ただでさえ疲れまくっていたのに。更なる追い討ちとかなんなの?そんなに私をいじめたいの?)

心の中で号泣しながらそんなことを思っていた。



★★★★★★


机の上に突っ伏して休んでいる莉桜の姿を見ながら私、梓紗はこんなことを思っていた。

(また自分でモブフラグを折っちゃうなんて。莉桜らしいな)

『自分はモブでいい』この世界が乙女ゲームの世界と酷似していると莉桜に伝えた時に莉桜はそう言った。

なのに。ノクトと出会ってマイに押し付けられた仕事を一緒にやってしかも送って来てもらうとか……。

(どこがモブなのよ。どこがっ。全く言ってることとやってること違いすぎでしょ)


けど。どこかで予感もしていた。

初めて莉桜に会った時はまさかこうなるなんて思ってもいなかったけど。

(莉桜は気づいていないんだよね。この世界……というよりも私個人の見方を変えたのは紛れもなく莉桜なんだということに)

きっと莉桜はこれからもこの世界を知らぬ間に変えていくんだと思う。

『自分はモブでいい』なんて言いながら。


莉桜と出会ったのは確か6才くらいの時だ。莉桜の両親は事故で亡くなってしまっていて、乙女ゲームのヒロインであるマイがいる家に引き取られた。

初めて見た莉桜の印象は何というかみすぼらしい感じがした。食事も満足に与えてもらえなかったようで痩せこけていて小さく見えた。

そんな莉桜はマイの言いなりだった。マイの言うことを聞けば食べ物がもらえるとその時の彼女は思っていた。


あんなことが起きるまでは。


子供同士は仲が良くなくても、親同士が仲が良く、私もよく母親に連れられマイの家に行くことがあった。

マイと仲良くするくらいなら、莉桜と仲良くなりたいなと思っていた私はマイの家に行くとよく莉桜のところに行っていた。

黒髪でエメラルドグリーンの瞳を持つ莉桜は最初は警戒していた……というより関わらないで欲しいという態度を見せた。

そういう態度を取られても莉桜と仲良しになりたかった私は来るたびに莉桜に話し掛けて傍にいるようにした。

すると莉桜も次第に私に対して警戒心を解いてくれるようになり、普通に話してくれるようにまでなった。


けれど。その日はいつもと様子がおかしかった。

玄関から入ると階段の前でぐったりしている莉桜の姿と階段の上から莉桜を冷たい目で見ているマイの姿があった。

莉桜の頭から血が出ていた。

「莉桜!!」

私はすぐに莉桜の傍に行って顔を見た。血の気がなくなっていくのが見てわかった。

「お母さんっ、お医者さんを呼んで!このままだと莉桜がっ」

(莉桜が死んじゃう!)

「そんな子、死んだって誰も悲しまないわっ!」

頭上から聞こえてきたマイの言葉に私は耳を疑った。

「な、何を言っているの?」

まだ子供であったマイがそんな風に言ったことに違和感を覚えた。

「ただのモブのくせにっ!ヒロインの私に用もないのに近づいてくるなんて!何様なの!?」

「!?」

『ただのモブ』その言葉に私はまさかと思った。自分以外にも転生者がいるなんて。それも。

(ヒロインが転生者でしかもクズかよ)

失礼。つい前世の自分の言葉遣いになってしまったわ。


私はこれ以上、マイとは話したくないと思い莉桜に抱きついた。

「お父さんっ!莉桜を助けてっ!やだっ!莉桜がいなくなったらイヤだよ!」

前世で大人だったとしても今世のあの時はまだ子供だったから泣きわめくことしかできなかった。

私のただならぬ様子に両親は事の重大さに気がついたのか急いで莉桜を抱き上げお医者さんがいるところまで連れて行ってくれた。


それから莉桜は何日も目を覚ますことはなく眠り続けた。

マイの話では。莉桜が自分に言うことを聞いたのだから食べ物をくれとしつこく言って付きまとってきたのだという。

食べ物をくれないのなら階段から落ちて死んでやる!とも言ったということだったんだけど……。

(莉桜がそんなこと言う訳ない!)

両親から聞かされた話を私は即座に否定した。莉桜と接していたからよくわかる。莉桜はいつも一歩引いている態度だった。マイにつきまとうようなところなんて見たこともない。

(大体、用事がある時以外莉桜に近づいても来ないくせにっ!白々しい!)


莉桜の手をぎゅっと強く握った。

毎日、莉桜のお見舞いに来た。美味しい食べ物をたくさん持って。

でも。莉桜はまだ目覚めない。

(莉桜。莉桜。目を開けて。お話しよう?……いなくならないで)

毎日祈るように莉桜の手を握るけれど。動く気配すらなかった。


そんな日々を過ごしていたある日。私はいつものように莉桜のいる病院に足を運んだ。

「こんにちは!今日も来たよ!」

挨拶しても返事がある訳じゃないのについ言ってしまう。

なのに。今日は違っていた。

「いらっしゃい。梓紗。今日も来てくれてありがとう」

一瞬、時間が止まった。病室のドアを開けた先、ベットの上に頭に包帯を巻かれた莉桜が起きて笑っていた。

「り、莉桜……?」

私が名前を呼ぶと莉桜はにっこり笑って頷いた。

「心配してくれてありがとう。それと同じくごめんなさい」

「ほ、ホントだよっ!何日も目覚めなくってさぁ、も、もう、いなく、なってしまうのかと、思ったじゃないかぁぁぁっ!バカー!」

涙で顔をぐちゃぐちゃにしながら莉桜の復活を喜んだ私は莉桜に抱きついた。その後、わんわんと泣いた。莉桜は何も言わず私の背中を撫でてくれた。


「ねぇ、梓紗」

「ん?」

ようやく泣き止んだ私だったが、さすがに泣きすぎたようで赤くなった目を落ち着かせるために今は濡らしたタオルを目の上に乗せていた。

「夢を見たの」

「夢?」

「そう。多分、梓紗がよく言ってた前世の自分の夢……だと思う」

「なっ、それって……。ええっ!?」

莉桜の言葉に私は驚いた。

(莉桜が転生者だった!?なんてこったいっ!)

ただ。莉桜に聞いた話は断片的で特に記憶に残っていた前世の自分の最期の話だった。

(前世の記憶がぼんやりしていても。そっか。莉桜は私と同じなんだ。私と同じ転生者なんだ)

そう思ったら嬉しくなった。莉桜と前世での話ができるのだ。

……と言っても住んでいたところや年齢的にも差があったようでお互いに理解しにくいこともあったんだけどね。



★★★★★


「梓紗、梓紗ってば」

私、莉桜は傍らで眠りこけた梓紗の肩を揺らした。

私とノクトの出会ったいきさつとやり取りを聞いて興奮しているかと思いきや、いつの間にか眠っていた。

(切り替え早すぎでしょ)

呆れながらも上着を梓紗の肩に掛けた。

「り、お……」

「ん?」

梓紗に呼ばれたような気がするけど。梓紗はぐっすり眠っている。

(気のせいかな?さて。私は課題をやってしまおう。梓紗はきっとこのまま起きないだろうしね)

そんなことを思いながら、私は梓紗の傍で課題をやるのだった。


その翌日。梓紗が「課題をやっていない!!」と言ってあわてふためくことになったのは言うまでもない。

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