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「ナナツィア!! あれがユヅキ嬢か!? なぁ、そうだろう!?」
「……えぇ、そうですよ」
建物の影から道行く自身の上官と先日会った女性を伺い見ながら興奮気味に訊ねられ、ナナツィア・ミロートは半ば投げやりに応えた。
その瞳は死んだ魚の様に生気がない。
自分の腕を掴んで放さない目の前の女性は王城警備を勤める”赤狼の騎士団”の団長、ビィナ・タッフィーその人である。
赤く波打つ長い髪と同色の瞳。整った容姿。引き締まった体。
珍しい女騎士であり、気さくな性格の為、彼女のファンは多い。
そんなビィナが今、女性にしては高い身長の体を出来るだけ小さくして道行く二人を好奇心に目を輝かせながら見ていた。
腕を掴んでいるナナツィアの目は対照的に死んでいる。
「うむ、なかなかに可愛らしい女性ではないか!」
「そうですね」
楽しそうなビィナにナナツィアが溜め息と同時に返事をした。
どうしてこの様な事態になったのか、事の起こりは数時間前に遡る。
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ーーー
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この日、ナナツィアは非番であった。
騎士団の寮の自室で一日ゆっくり過ごそうと決めていたナナツィアだったが朝食をとる為にと降りていった一階の玄関ホールが騒がしいのに気付き興味本意でそちらに近づいたのが間違いだったのだ。
「なんだ、ユリアスは居ないのか?」
「え!? ビィナ・タッフィー様!?」
聞こえてきた声と、人混みの間から垣間見えた赤い髪。
思わず上げた声にビィナの目がナナツィアを捉え、そして笑った。
「お前! お前の事は知っているぞ!! 最近ユリアスがよく連れ歩いている奴だな! 名は何だ?」
「はっ!! ナナツィア・ミロートであります!」
人混みを掻き分けズンズンと近寄って来たビィナにナナツィアは騎士の礼を取り名乗った。
「そうか、ナナツィア。お前、ユリアスが何処に行ったか知らないか?」
「ユリアス様ですか?」
「あぁ、あいつは今日が非番だと聞いていたのでな、私の休みも重なった事だし久方ぶりに手合わせ願おうと思って来てみたのだが当の本人が居ないときた。あいつが休日に出かけるなどそうそう無い事だろう? 何処に行ったのかと思ってな」
折角来たのにと眉を下げるビィナ。
そんな彼女にナナツィアは思わず話してしまったのだ。
そう、自身の所属する騎士団の団長が、休日には殆ど部屋に閉じ籠っている団長が、巷では”堅物”と密かに囁かれている団長が、自分の休日の日にわざわざ出向いたその行き先を。
その場所に誰が居て、その外出が誰の為のものなのかを、話してしまったのだ。
そこからの展開は早かった。
「ユリアスが出掛けた!? その”ユヅキ”と言うのは女性か!?」
「え、えぇ、まぁ」
爛々と輝いた瞳ととても楽しそうな笑顔。
あれ、ヤバイ? などとナナツィアが思った矢先、ガッシリと掴まれた腕。
「え、あの?」
「行くぞ、ナナツィア!!」
「え!? 行くって、ちょっ、何処へ!?」
「決まっている! ユリアスとユヅキ嬢を見に行くのだ!」
「はぁ!? 嫌ですよ! やめて下さい! 引っ張らないで下さいぃぃぃ!!」
精一杯の抵抗をしたナナツィアだったが、そこは女性といえども団長である。ナナツィアの抵抗など歯牙にもかけずズルズルとその体を引っ張って歩き出す。
「さぁ、ナナツィア案内してくれ! 二人は何処に居るのだ?」
「自分が知るわけないじゃないですかー!!」
『後悔先に立たず』とはこういう時に使う言葉なのだろうと、ナナツィアは必死に踏ん張りながら思った。
そうして、抵抗虚しく引き摺られて行った町中で目的の二人を発見した時にはもう、諦めの境地に達していたのだった。
「なぁ、ナナツィア、ユリアスはユヅキ嬢を好いているのか?」
「へ?」
ここに至る経緯を思い出し自分の不運さに嘆いていたナナツィアにかかる声。
「あいつがあそこまで他人を慮るのは珍しいからな」
「はぁ……」
あれで慮っているのか? という疑問をナナツィアが抱いてしまったのも仕方ない。
何せ遠目から見ても全く会話がない二人である。
更に言ってしまえば、ユリアスの歩幅にユヅキがついて行けず駆け足になってしまっている。
他人を慮る、という言葉の意味を彼も彼女ももう一度よく考える必要がありそうだ、とナナツィアは言葉にせずに思った。思うのは自由である。
そんなこんなで二人をつけ始めて既に半日。
昼食を済ませた二人が再び動き出したのに合わせてナナツィアとビィナも歩き出す。
大通り沿いを重点的に回っていた午前とは違って午後からは通りを一本入った路地裏の方を回るらしい。
相変わらず会話の無い二人を好奇心を隠そうともしないビィナと、彼女に半ば引き摺られているナナツィアが追った。




