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エインヘリャル物語 〜橘啓吾 列伝〜  作者: 真面目 雲水
第二章 行きて帰りし旅路
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オージンの述懐 前編

みなさまお久しぶりです

長らくの無沙汰をお許しください

仕事の都合でなかなか執筆と更新の時間が取れなかったのですが、なんとか再開できそうです

更新速度は今まで通りとはいきませんが、よろしくお願いします

詳しいことは後書きをご覧いただければ、と


ともあれ、エインヘリャル物語の続きです

魔法使いの述懐をお聞きください


 もう十年は前になるかのう。

 冥王のしもべ・・・たちがまたぞろ騒がしくなり始めた頃、わしはちょうどアルマン王国の終焉とヴァイマール帝国の勃興ぼっこうを見届けたところじゃった。


 そうさな、あの時わしはヴァイマールの帝都にほど近いデールという町の“めんどり亭”で茶を楽しんでおったはずじゃ。

 あそこの茶はなかなかなものでのう。

 そうそう、暁の出発を前に、無理を言って女将に淹れてもらったのじゃった。


 わしが二杯目を催促するか悩んでおったそこへ、急の知らせがやってきたのじゃ。


 それからはほんに大変じゃった。

 最初はガスコーニュの森、ウェーリアの里じゃったか。

 エリアス、お主ならば知っておるのではないかな?


 その通りじゃ。

 南から攻め寄せた雲霞うんかの如きゴヴリンとオルクの軍勢を相手の負け戦じゃった。

 もう一日わしが早ければ、少しは違う結末であったやもしれぬ。

 ……やもしれぬが、今更にそれを言ってもしようがあるまい。


 ともかく、あの時里から逃れた無辜の人々を救うことはできたのじゃから、今はそれでよしとするより、のう。


 それからはちいとばかり忙しかった。

 ペレネス山脈の南側でトロルどもが暴れるのを抑え込み、ノルマンディに突如現れたゴヴリンの巣窟を塞ぎに向かい、……一度は海を越え七王国までも足を伸ばしたかのう。

 ワイマールの方は頼れる知己がおったでの、多少は楽であったが救いじゃて。

 ともあれ、情勢が落ち着くまでは数年の時が必要であった。


 あの時節はわしばかりが忙しかったわけではない。

 各地を流浪するメナスの皆々をはじめとして多くの勇士たちが共に戦い、散ったのじゃから。

 ことに、コントゥラータのパンテラ騎士団はよく働いてくれた。


 そうじゃそうじゃ、お主たちはウルバヌスとは知り合いじゃったのう。

 あやつはサンテリのことをいたく気に入っておるからなあ。

 無論、彼も戦ってくれた一人じゃて、古今無双のあの武人なればこそ幾度となく助けられたわい。


 しかしのう、防げなんだ死も多かったのじゃ。

 ニーロやヘリヤもそうじゃが、ペレネスのドヴェルグを率いる偉大な大盾王エーギル、歴戦の勇者フランドル伯ボードゥアンとその妻マリー、死ぬには惜しい人物ばかりであった。


 ……いかんのう。

 歳を取るとすぐに感傷的になってしまう。


 ともかくじゃ、ある時を境にしもべ・・・どもはピタリと静かになった。

 喜ぶ声も多かったがわしはそうは考えなんだ。

 なんとも言葉にできなんだが、実に不気味な静けさであったのは確かじゃ。


 そこでわしは知りうる限りの伝手を頼ってしもべ・・・どもの監視を頼んでから、ローム帝国を通ってさらに南に走ったのじゃ。




 ……ほぉ、さすがじゃよくよく勉強しておるのう。

 エリアスの言う通り、わしが目指したのはかつて冥王が築き、暗王が繁栄させた国ヴルカドネ、さらに詳しく言えばその都であったヴェルヴェムじゃ。


 振り返れば長い旅路であった。

 まずわしはローム帝国の南端マルサラという港町を夜陰に乗じて発ち、翼を持つ友フッサンの背を借りて海峡を越え、対岸のケリビアという小さな町に降りたった。

 折良くその日は海が荒れておったのが良かった。

 そうでもなければロームが誇る白竜ビアンカ騎士団の目を掻い潜ることは叶わなかったやもしれぬ。

 もっとも、そのおかげでわしは濡れ鼠になってしまったがのう。


 ふ、ふふふ。

 いやなに今思えば、濡れ鼠に濡れがらすでなかなかに洒落が利いた話じゃと、な。



 ともあれ、そこからは人々の目を避けるようにして街道をひた走った。

 あの頃にはすでにそこここから胡乱な視線を感じておったのじゃ。

 まして海を越えた向こう側は南方人の土地、ひどく余所者を嫌うからのう。

 それでも海岸沿いの大きい町ならば多少の旅人を受け入れる程度の度量はあるでの、少なからず助かった。


 冥王のしもべ・・・でまず間違いないじゃろうが、監視の目をくぐり抜けながら旅するのは流石に骨が折れた……。それでもケリビアから五日ほどかけて南に下りガベという町に至ったのじゃ。

 この町のすぐ近くには実に広大な塩湖があってのう、一見の価値があろうな。

 見渡す限りの白い平原すべてが塩なのじゃ、どうじゃ想像もつくまい?


 さて、その塩湖はところの者にはジェリドと呼ばれておるのじゃが、わしはこのジェリドを西へ向かった。

 ドズル、ドゥビラ、トゥーグルと三つの町を越えたあたりから土地は様相を変えた。

 それまでも実に暑い土地であったが、山も草もあれば水とてなんとかはなる。

 しかしトゥーグルの西、半日ほど行った辺りはエラリアと呼ばれる古戦場跡じゃ。


 そうとも、随分昔のことを知っておるのう。

 わしにとっては懐かしい場所じゃ。

 暗王ディヴルグと雌雄を決した地、多くの戦友と強敵が斃れたところじゃよ。


 かつてはわしも若く、力もあった。

 奴めも生半な者ではない。

 川が干上がり、山が吹き飛び、大地が抉れる戦いであった。

 今でもその名残が見て取れるほどじゃて。


 ……話が随分と逸れてしまったのう。

 ともかく、そのエラリアを境として南西の方向はひたすらに不毛の大地が続いておるのじゃよ。

 荒涼とした大地には道もなく、無数の岩と怖気が走るような得体の知れない生き物が蔓延はびこっておるところじゃ。

 枯れた川には水ではないものが流れ、葉も寂しい木々が阻遏そあつに耐え忍んで泣き叫んでいる土地じゃよ。


 いやいや、そうではない。

 さすがにわしと暗王がぶつかり合ったとてそのようなものは生まれぬよ。

 ひとえにあの土地が穢れておるゆえ、としか説明のしようがないのう。


 つまりは、じゃ。

 わしすら直には知らぬ古き強大な神々の一柱、冥王ウビルの深淵なる悍ましい力によって耕され、悪辣を極めた暗王ディヴルグの血濡れた手によって整えられた。

 そういう土地なのじゃ。


 少なくとも全盛期のわしでもってもどうしようもないほどには、根深いところまで奴らの闇に浸されておったのじゃ。

 あるいは、奴らがおらなんだらあの辺りも今よりもずっと豊かな大地になっていたやも知れぬな。


 ……フゥム。

 今もっても思い出すだけで疲れる旅路であった。

 あの界隈を抜けるのは一仕事であったからのう。

 急峻な峠、地面が大口を開けたかのような谷をいくつもいくつも越えて、飢えと渇きに満ちた大地を、まさに踏破したと言ってよいじゃろう。


 どうにかこうにかヴェルヴェムに辿り着いたのは半月も後のことじゃ。

 昼も夜もなく駆けるわしでそれじゃ、まともな者ではその二倍も三倍もかかろうよ。

 まあもっとも、あの地では太陽の光もまばらで昼も夜も見分けがつかんかもしれんがのう。なにせ、天空一面に暗く澱んだ雲が立ち込めておるでな。




 ともあれ、思い立ってから二ヶ月近くもかけて、どうにかヴェルヴェムに忍び込んだのじゃ。

 薄気味悪い黒紅色の強大な壁に囲まれたあの城塞は、今も変わらずあの場所にあった。悔しいことにのう。


 さて、問題はここからじゃ。

 わしはあの悍ましい城塞都市で何を見たか。

 実のところ、何もいなかった。

 街は不気味に静まり返っておった。

 かつての栄華が塵と埃になって佇み、鼻が曲がるほどの悪臭を放つヘドロに塗れた街並みを冷たい風が通り過ぎるだけじゃった。


 どうじゃね? 警戒するなという方が無理というものじゃろう?

 とはいえ戻るわけにもいかん。

 悪霊どもを払う光を杖先に灯し、数多の窮地を切り抜けてきた愛剣ホヴズを抜き放ってわしは前へ前へと進んだ。


 ひび割れた石畳は実に歩きにくく、そこここの街角からは今にも古い冥族どもが溢れ出んばかりであった。

 ところがじゃ、わしは何の弊害にも遭わずにかつての王城に辿りついてしまった。

 これにはさすがに、とうとうわしも耄碌もうろくしたかと溜め息が出たわい。


 ともあれ、かつてあらゆる種族から侮蔑と畏怖を受けて輝いたヴェルヴェム城はいまも健在であった。

 吸い込まれそうな漆の色に黒光りする壁には禍々しい装飾が張り巡らされ、その長身は蒼穹を突かんばかりに聳え立ち、永遠に叶わぬ主の帰還を待ちわびて悄然と立ち尽くしているかのようであった。

 ……もっとも、それはわしの勘違いに他ならなかったわけじゃが。


 当然ではあるが、わしは昔あの城に入ったことがある。

 その中で見たものはとても言葉にできぬ、いや、したくもないほどに悍ましいものであった。

 およそまともな生き物が生活することなぞできようもない、とだけ言っておこうかのう。

 そうとも、一大決戦の後であることを鑑みても、じゃ。


 ところがいったいどうしたことか、城の中は随分と綺麗に片付いておったのじゃ。

 わしには理解できない思想で作られた構造こそ変わってはおらなんだが、かつての汚れは綺麗に取り去られ、蜘蛛の巣一つ、埃一つも見当たりはせぬ。

 それどころか、黒光りする室内には煌々と明かりが灯され、足元には毒々しい葡萄えび色の毛氈もうせんが敷かれておった。


 正直に言おう、わしは驚嘆した。

 驚き、呆れ、微かな間ではあるが我を忘れたと言って良い。

 まさに、不覚であった。


 次の瞬間、わしは恐ろしく深い闇を見た。

 忽然こつぜんとして姿を現したのは、ローブを羽織った男であった。

 フードを深くかぶっておって、白いおとがい留紺とめこん色の髪が溢れていてな。その奥の影から仄暗い炎を宿したような葡萄色の瞳がこちらを覗いておったのだ。

 その全身から、古い魔法の力を感じたのじゃよ。

 暗王を思い出させる闇の力というべきものがのう。


 ともあれ、わしは負けた。

 焦ったわしが杖を向けるよりも、奴が動く方が早かった。

 ろくに準備もできずに放たれた闇がわしを包み込み、言葉を紡ぐ間も無く気を失っておったのじゃ。


 もしも、あの時あやつに殺意があれば、わしは今頃誰にも知られぬ場所で屍と化していたやもしれぬ。



【お詫び】

まずは長らくの更新停止をお詫びいたします

前回の投稿、その前後から仕事が急に忙しくなり、しかも勤務時間まで変わりまして

どうにも執筆時間が取れず、このままでは書き溜めが尽きる、というところに来て投稿を停止したという次第です

事前のアナウンスができなかったことは本当に申し訳ないです

現在、仕事も落ち着き始め、少しづつ執筆する余裕が生まれたので投稿を再開いたしました

さすがに以前のような連投は難しいですが、それでも一週間に1話分は投稿するようにしたいと思っています

拙い作品ですが、これからもみなさまのご愛顧をよろしくお願いします


【脚注のようなもの】

雲霞うんか……雲や霞、転じて、無数の人が群がり、集まることの例え。わっさー。

無辜むこ……辜は”罪”の意。罪のないことや人。特に悪意がない、あるいは罪に問われる必要もない状態や人を指す。

白竜騎士団……イタロス種と呼ばれる白い小型の水竜を使役するローム帝国の騎士団。海上最強を謳っている。

塩湖……塩類の濃度が高い塩水を湛える湖のこと。流入した淡水が蒸発し、塩類が蓄積して生まれる。ボリビアのウユニ塩湖が有名。

阻遏そあつ……阻み止めること。妨害すること。

葡萄えび色……山葡萄やまぶどうの実のような赤紫色。なんとも言えない上品な色。

毛氈もうせん……獣毛の繊維を加工して織物のように仕上げたもの。敷物として利用する。

おとがい……あご、特に下顎を指す。

留紺色……非常に濃い紺色。名前は色が留まった紺、すなわちこれ以上濃くならない紺を意味する。

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