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エインヘリャル物語 〜橘啓吾 列伝〜  作者: 真面目 雲水
第二章 行きて帰りし旅路
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それぞれの思い 後編

もそっと本日分を投稿

男率が高い……



 クリスタたちが乾杯の音頭を上げるのと時を同じくして、ちょうど彼女たちとは反対側の角席に座った奇妙な三人組が耳をそばだてていた。


 いや、正確にはイェオリ一人が必要以上に気にしているだけである。

 イェオリに向かい合わせでジョッキを傾けているラッセは呆れているし、その隣でちびちびと林檎のジュースを舐めるように飲んでいるイスモは苦笑していた。

 戦士として認められた二人の祝いの席だけに、ラッセの機嫌が悪くなるのも道理というものであった。


「……あのさぁ。気になるなら行ってきたら?」

「なっ、なんのことだっ!?」


 とうとう我慢ができなくなったラッセの言葉に、イェオリは過剰なまでに反応した。

 箸も進まずにソワソワとしながら一生懸命に両耳を動かしていれば、誰にでも分かると言うものなのだが、本人はいたって平常のつもりらしい。

 ラッセは溜め息をこぼしながらも、イェオリが焦ったように口に運ぶジョッキの中身が先ほどからほとんど減っていないことを指摘するのは辛うじて思いとどまった。


「あほらし。声でもかけて仲良くしてきたらいいのに」

「だ、誰があいつなんかっ」

「語るに落ちるってやつ?」

「ングッ……!」

「……に、兄さん、その辺で」

「ふんっ」


 イスモに宥められてラッセはジョッキをあおった。

 柔らかい口当たりと華やかな甘み、黄檗きはだ色の液体がラッセの口の中で踊る。

 ベルジャンホワイトにも似た味わいのこの店の酒は慣れぬ者にも十分飲みやすい。

 もっとも向かいのイェオリはどこか変なところに入って噎せているようだが。


 呆れた様子を隠しもしないラッセの手が卓上の漬物を皿ごと取った。

 この漬物を食べたのは今日が初めてであったがラッセは随分と気に入ったようである。

 すでに二皿目になるこれをぽりぽりと摘みながらジョッキを傾けている。

 彼の予想ではこの漬物にはいくつかの柑橘類を使っているに違いない。

 この複雑な風合いはそうとしか思えぬ。


 他人には分からぬほどにはご機嫌なラッセを、しかし弟はしっかりと理解していた

 嬉しそうに笑みを深めながらイスモの口が開く。


「……残念、だったね」

「んあ?」

「……サンテリ」

「ああ、ディックさんに呼ばれたとか言ってたな。薄情なやつ」

「……兄さん」

「なんだよ……」


 両眉を垂らした弟にラッセの方が言葉を詰まらせた。

 我の強い兄ではあるが、どうにもこの表情をされると弱いのだ。


「……分かってる、でしょ?」

「はいはい。わーったって」

「……仲良く、ね」

「ったく」


 拗ねたようにそっぽを向いてラッセは頬杖をついた。

 空いているもう片方の手はしっかりと漬物を確保している。


「ああ、ひどい目にあった」


 言いながら溜め息を吐いたのは復活したイェオリである。

 よほど悪いところに入っていたのか、真っ赤になった顔で息を荒げているようにも見える。


「あ、生きてた」

「だー、あんだよ口の悪い後輩だなあ」

「お互い様っしょ」

「けっ。まあいいや、その漬物よこせよ」

「やだ」


 じゃれ合う兄と先輩をイスモは楽しそうに眺めている。

 この二人、年齢こそ離れているものの、親戚のよしみで昔から仲が良くていつもこの調子である。

 言い争いこそ絶えないが、よく似た性格ゆえか尾をひくこともない。


 ふと、イスモは遠く姦しいクリスタたちの席へと視線を転じた。

 朴訥とした少年は、サンテリはもちろん、啓吾やクリスタにも感謝の念を抱いている。


 サンテリが多少なり自分たちの事情を知っているのに、彼は気づいていた。

 その上で妙な忖度そんたくなどせずに付き合ってくれていることも、自惚うぬぼれかもしれないが友達として側にいてくれることも、イスモにとってはこの上ない感謝しかない。

 そして兄もそれと気づいていることも、彼は知っていた。


 ラッセは物事を色眼鏡で見る悪癖はあるが、あれで悪意には敏感なのである。

 だからこそ、イスモの兄はサンテリが側にいることを許しているのだ。

 いつのまにか自分たちより強くなっていたことに隔意はあっても、それでも友人として気に入っているのである。


 しかし、ラッセは啓吾を毛嫌いしている。

 その生い立ちゆえに彼は人間への憎悪に凝り固まっているのである。

 クリスタに対してすら、決していい印象は持っていない。

 だがそうと知っていてなおイスモには何もできない。


 イスモにとってラッセは親であり、兄であり、何よりも優先すべき存在なのである。

 彼らが敢えて争いを避けているのに気づいていても、ラッセを宥めることしかできることはない。

 遠くから感謝を示す以上にやりようを知らないのである。


「どうした?」

「……ううん」


 イェオリをやり込めながら訝しげに尋ねる兄に、イスモは首を振って答えた。


 反対側の角席ではアンティアの話で盛り上がっている様子である。

 最近、イェオリにひどいことを言われたようで気炎を上げるアンティアをリューリとクリスタが宥めているようであった。


 さすがにラッセとイスモの眉を潜めている。


「……先輩、ひどい」

「うわぁ。未熟とか自分の方が強いとか。ださッ」

「うぐっ……!」

「女は引っ込んでろとか言う感じ? そういうのさすがに引くんだけど?」

「なっ! お、俺は別にっ!」


 矢継ぎ早に責め立てられたイェオリは狼狽している。

 両手を振り回しながら慌てる様子に溜息を零したのはイスモの方であった。


「……ほんとは、心配、なんだね?」

「ッ!」

「え、まさか、あれ? 危険なところに行って欲しくないから、そんなこと言ったの?」

「ぬわぁぁああ! 悪いかよっ!!」


 図星を突かれたイェオリが顔を両手で押さえながら悶えている。

 へたれた犬耳がなんとも情けない。


「うわ、本物のばかじゃん。大人なら言葉くらい選べるっしょ」

「ぐふっ」

「……ごめん、なさい。……擁護、できない」

「ふぐぅ」


 言葉にできない感情を乗せたイスモの冷たい視線にイェオリがとうとう撃沈した。

 もはやラッセは興味すら無くして漬物を囓ることに専念している。


「……素直に、謝った方が、いい、よ?」

「……はい」


 生温かい目で見守るイスモの方がよほど年上らしい。

 なんとか立ち直ったイェオリの皿に肴はない。


「……漬物、ねえの?」

「残念。もう食べちった」

「うぅ」


 言葉の通り、ラッセの手元の皿はすでに空である。

 ジョッキを傾けるイェオリの顔はどことなく満足そうである。


「女将ぃ、漬物ぉ」


 情けない声で追加注文するイェオリに、女将はそっぽを向いている。

 聞こえていないわけではない。

 現に、ラッセの声には愛想よく答えて新しいジョッキを持ってきている。


「……謝るまで、無理、かもね」

「そんな……」

「うへっ。泣くなよ、みっともないなあ」


 悪態をつきながらも漬物を注文するラッセにイスモは苦笑を浮かべていた。

 本当に、なんだかんだ仲のいい二人である。




 翌日の未明、カレルヴォに率いられた戦士たちがオーストレームの里を後にした。


【脚注のようなもの】

黄蘗色……明るい黄色。ミカン科の黄檗キハダの、黄色い樹皮の煎汁で染めたことに由来。

ベルジャンホワイト……ここではベルジャンスタウトホワイトのこと。ホップを使わずグルートというハーブの塊のようなものを使って上面発酵させたエール。仄かな酸味と抜けるような爽快な風味が飲みやすい。著者のオススメはヒューガルデンホワイトの生。


【ビール豆知識】

様々な分類法が存在するビールは非常に細かく分けることができます。

まず、醸造法によって分けることができ、上面発酵はエール、下面発酵はラガーになるわけですが、(酵母を使用せずに自然発酵だけで作られる特殊な例外も存在しますが今回は省略)

例えば、日本の大手ビールのほとんどはラガーの中のピルスナーという種類になります。

このピルスナーというのはチェコ生まれの淡白な味とホップの苦味が特徴ですね。


一方のエールには、ペールエール(インディアンペールエールやアンバーエール含む)、レッドエール、ブラウンエール、ダークエール(スタウト)、オールドエール、など様々な種類があるものが特徴で、ここで書ききるのはちょっとばかり難しいですね。

エールは一概に語ることが難しく、土地柄や製造法によって味や風味が全然変わります。

例えば、ホップを使わず伝統的なグルート(ハーブや香辛料を固めて作った塊)を使用したエールは非常にフルーティでビールの概念が変わるほどの美味しさです。

またイギリスやベルギーに見られる一年以上熟成させるエールはもはや別物、コクや味わいが別次元の旨さです。


【投稿予告】

今日は脚注が少なかったのでお詫びも込めてこの辺りで、それではまた。

次回投稿は明日、仕事の関係で23時ごろになります。

どうぞよろしく。

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