祝福 後編
本日はこれで最後です
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スフュレリアと別れてから一刻近く経っただろうか。
エリアスはアルトゥーリの館の客間で横になっていた。
少し離れたところではクリスタが寝ているはずである。
あれからオーストレームの里に帰ってきた一行は速やかに里長、アルトゥーリを訪ねた。
子供とはいえ一応の報告には顔を出した方がいいだろうというヨウシアの判断である。
年かさのヨウシアが一通り語り、エミリアと三人の戦士たちは補足、エリアスとクリスタはアルトゥーリに聞かれた時にだけ正直に答えた。
およそ尋常ではない話を聞いてもアルトゥーリは趺坐を崩さず静かに聞いた。
組んだ腕から伸ばした右手で顎の辺りの口元を撫でる動きがなければ、彫像と見紛うのではないかと思われるほどであった。
さすがにフュルギアの民、スフュレリアのくだりに至るとアルトゥーリも興奮した様子で声を上げたが、それも常人に比べれば随分と大人しいものであろう。
万が一のために館に詰めていたヘンリクの方がよほど素直に驚いていたのは確かである。
ヨウシアの報告が終わり、幾つかの質問を答えたところで子供たちはお役御免となった。
とはいえ夜も更け始め日も落ちている。
ともかく飯にしようということで居合わせた者たちで簡単な食事を済ませたのである。
包丁上手のエミリアを頭に、アルトゥーリとヘンリクが手を貸して拵えたのはちょっとした鍋物である。
来客用の大振りな鉄鍋に油を引いてリーキ、いわゆるポロネギを大きめに切ったものとテイルバードと呼ばれる鳥の魔獣の切り身を焦げ目がつくまでしっかりと炒め、これに薄く切った種々の根菜と水、幾つかのハーブ、岩塩で煮込みつつ最後の方にオスタブラシカというこの地方の甘藍を加えて最後に味を整えたのである。
特に名前が付いている料理でもないのだが、こういう鍋物はオーストレームの里でもあまり手間を掛けずに作れるので珍しくない。
魔獣や鳥獣を惜しみなく使える狩猟が盛んなオーストレームならではのスープは脂と出汁が効いていて中々にうまいのである。
そうして熱々の鍋を皆でつつき、朝焼きの冷えたバケットを鍋汁でふやかして食べ終えた頃にはそれぞれに満足そうな顔を見せていた。
さすがに酒は入っていなかったが皆どこか陽気な様子でアルトゥーリまでもが珍しく饒舌に世間話に興じた。
エリアスとクリスタを労い、
「よくやった。よくぞ生き残ってくれた」
莞爾と笑って二人の頭をしっかりと撫でたものである。
そんな訳で充てがわれたベッドに横になった時には、エリアスは十分に腹具合も満たされていた。
この一日の働きを鑑みればすぐに寝入ってもおかしくないのだが、その様子はない。
むしろ、爛々とした目でまんじりともせずに天井の木目を睨みつけている。
それは少年の肉体に溜まっていた疲労をスフュレリアが怪我といっしょに癒したせいも多分にあった。
あるいは死線を潜った興奮や生類を殺した懊悩、どちらも並大抵のものではない。
けれど、いまエリアスの脳裏を苛むのはどちらでもなかった。
前世、“橘啓吾”という尋常ではない人生を送った青年の経験を併せ持っているのだ。
そういったものと折り合いをつけるだけの時間は十分にあった。
むしろ、彼にとっての一大事とは、
(いったい、自分は何者なのか……)
であった。
ヨウシアとエミリアの息子で、クリスタの兄であるエリアスなのか。
それとも異世界からやってきた橘啓吾なのか。
あるいは、もっと別のなにかなのか。
実感を伴った両方の記憶を持ち、二つの人格が混じり合った少年にとってそれは難問であった。
だいたいにして両親とは種族が違うのだから、血が繋がっていないことをエリアスは知っている。
それはとうに彼にとって過去の悩みであった。
けれど、今にしてそのことが少年の根源を曖昧に隠してしまうのである。
もしも“橘啓吾”がゴーストのようなもので誰かの体、人生を簒奪でもしているのなら……。
恐ろしい考えに、エリアスの小さな体がぶるりと震えた。
どこかで、小夜啼鳥が高く鳴いている。
少年はじっと目を瞑って纏わりつく不吉な考えを振り払おうとした。
近くから心配げに伺う妹の視線を感じながら、染み入る恐怖から目をそらしてエリアスはただひたすらに耐えていた。
【脚注のようなもの】
甘藍……かんらん。キャベツの和名。ちなみに作中の野菜は実在するものが多い。
懊悩……心の奥で悩み悶えること。態度にはあまり出ていない場合が多い。
小夜啼鳥……別名、西洋の鶯、ナイチンゲール、など。とても美しい鳴き声。夕暮れや夜明けなどに鳴くことが多い。
【次回予告】
どうしようもない悩みを抱えるエリアス
その裏で彼を護るためにみんなが動きだす
次回、エインヘリャル物語『密談』
時代おくれの少年剣客が異世界を駆ける!
どうぞよろしく




