第12節:社長の変化 九条が自身の依存を自覚し、西園寺の狡猾な提案を「数字」で一蹴。凛子に「君の居場所は自分で決めていい」と告げる。
第12節:社長の変化 九条が自身の依存を自覚し、西園寺の狡猾な提案を「数字」で一蹴。凛子に「君の居場所は自分で決めていい」と告げる。
「社長、お耳に入れたいことがございます」
西園寺紗良は、社長室で九条に書類を突き出した。
「森下凛子についてです。彼女の功績を認めるなら、正式に経営企画部へ異動させるべきです。清掃員のまま特別な権限を持たせるのは、組織の秩序を乱します。……それとも、彼女を『特別扱い』する理由が、他にあるのですか?」
彼女の言葉には、嫉妬と計算が混じっていた。
凛子を自分と同じ土俵に引きずり込み、そこで叩き潰す。それが西園寺の狙いだった。
九条は、ゆっくりと書類を置き、西園寺を冷たく射抜いた。
「……組織の秩序、か。西園寺部長。君の部門の、今月の離職率を見たか?」
「え……。それは、多少の入れ替わりは……」
「君が『無能』として切り捨てようとした社員たちが、森下の場所で息を吹き返し、成果を出している。……西園寺、君のやり方では、この会社はいつか枯れる。だが、森下はそこに水を撒いているんだ」
九条は立ち上がり、窓の外を見つめた。
「彼女を無理に引き上げることはしない。それは、彼女という稀有な存在を殺すことと同じだ。……彼女を今の場所に留め、最大限の敬意を払うこと。それが、経営者としての私の『合理的判断』だ」
西園寺は、唇を噛み締めて部屋を出るしかなかった。
その夜。
九条は、給湯室に立ち寄った。
凛子は、いつものように淡々と掃除をしていた。
「森下」
「……はい」
「昼間のことは、謝る。君を、私の所有物にしようとしていたのかもしれない」
九条は、凛子の淹れた茶を一口飲み、ふっと表情を緩めた。
それは、他の社員には決して見せない、鎧を脱いだ一人の男の顔だった。
「君の居場所は、君が決めていい。……ただ、私の側に、君の淹れる茶があってほしい。それだけは、許してくれないか」
「……お茶を淹れるのは、清掃員としての私の職務ですから」
凛子は、小さく微笑んだ。
二人の間に流れる時間は、社内の喧騒を忘れさせるほど、静かで、穏やかだった。
「魂の引っ越し型の転生」を信じているわけではないが、今の自分は、かつての自分とは違う命を生きている。
凛子は、そう確信していた。
「命の流れが続く再生」の中で、彼女はようやく、自分だけのオアシスを見つけようとしていた。




