小さな邪竜は、地下街の王に笑いかける。
「何してやがんだ、テメェは!!」
獣人達が隠れ住む、廃坑道を利用した地下街。
今日の仕事を終えて、自室に向かっていたオリオンはタキ達を連れたシューと遭遇し……一瞬で目の前にいる子供が犯した愚行に気づき、怒りに任せてシューを殴ろうとした。
けれどその瞬間──濃密な殺気に襲われ、ピタリッと腕を持ち上げたまま固まる。
「…………」
「…………」
冷や汗が滲む額。鋭いナイフが首元に添えられたような感覚。
恐る恐るシュー達の背後を見れば。恐ろしい金色の瞳が。キュッと細まった瞳孔が、こちらを向いている。
シューを傷つけたら、自分が殺られる──。
本能的にそれを悟ったオリオンは忌々しそうに腕を下ろす。
そしてそれはもう大きな溜息を零して……煮え滾る怒りを宿した瞳で、シューのことを睨みつけた。
「おい、クソガキ。オレはお前に、ソイツらを見捨てろって言ったよな」
「「!!」」
タキとアルバが息を呑む。どうやらシューは、オリオンの決定を二人に伝えていなかったらしい。
シューは歯を噛み締めながら、小さく頷く。
「お前らが地上に出たのは自分の意思で、捕まったのも自業自得だからだ。でもな、助けねぇって決めたのはソイツらを助けた時のリスクが大き過ぎたからだ。ソイツらを助けたら、当然、お仲間の獣人が助けたって思うだろ。人間達よりも下等な獣人にコケにされたとなりゃあ、報復されてもおかしくねぇ。要は、隠れてる獣人を探し始める……獣人狩りが始まるリスクが一気に高くなるから、ソイツらを見捨てることにしたんだよ……! たった二人を助ける程度で、この地下街に暮らす全員を危険に晒すようなこと、できねぇからな!」
「…………」
「で? 誰にも見られずにソイツらを助けることができたのか? 当然無理だったんだろ? なら、お前らを探し出すために獣人狩りが始まるだろ……! ここにオレらが暮らしていることが、バレる可能性が高くなってっ……! オレ達はお前らの行動に巻き込まれて! ここを捨てるか、人間どもに捕まるしかなくなっちまった! それを! 分かってて! ソイツらを助けたんだよなぁ!? シュー!?」
「っ……!」
最後は怒鳴りつけてしまったが、それも仕方のないことだった。
シューがこの二人を助けるために、人間達を敵に回してきたのは間違いないのだから。その報復ためにこの三人を探し始めるに違いなかった。自分達の尊厳が傷つけられれば報復に出る──あの街の人間は、そういう執着質なところがあるのだ。
だから、捕まった奴らのためだけに他の仲間達を巻き込むことができないからと、見捨てろと言ったのに。なのに、シューはやってしまった。
今更、この三人を追い出したところで、この地下街へのリスクは引くくなったりしない。
だが、地下街への害を生じさせたシュー達に罰を与えねばならない。
…………いや。本当は一番いい方法は、分かっている。
この状況で一番、最善となるのは……。
「ねぇ」
会話に割り込む声に、オリオンはハッと息を呑んだ。
今の今まで黙っていたのと、シューがやらかした事への怒りが強過ぎて……すっかり意識の外に追いやっていたが。きちんとその姿を認めると、なんで無視できていたのかと不思議に思うほどに綺麗な少年だった。
「…………お前は……」
美しい顔に、無意識に生唾を飲み込んでいた。
少しだけ伸びた襟足を一つ結びにした黒髪に、猫目のような黄金の瞳。子供特有の丸い頬に、艶やかな唇。華奢な身体。
幼いながらに美しい容姿を有したその子供に、オリオンは欲を滲ませた視線を向け続ける。
だが……その子供は、オリオンの想像を遥かに凌駕する存在で。
「そのヒトを……シューのことを生贄にしようって言うなら。ぼくがこの地下街のヒト達を、皆殺しにしちゃうよ?」
「…………は?」
その口から放たれた、軽やかながらもゾッとするような内容の言葉に……オリオンは言葉を失くさずには、いられないのだった……。
◇◇◇◇
シュー達は気づいていなかったけれど、チビナは軽い隠蔽魔法を発動させながら、彼らを根城──地下街まで送り届けていた。
(へぇ〜……地下街って聞いてたけど、廃棄された行動を利用してるんだ?)
松明で照らされた薄暗い通路を進みながら、チビナはきょろきょろと辺りを見渡す。
廃棄されているともなれば、色々と脆くなっていたり、空気の流れも悪くなっていそうだが……。こうやって松明の灯り、火を使っている以上、空気の循環に関してはきちんと整備されているらしい。まぁ、それ以外はどうなのかは実際に見てみないと分からないが。
(ここで、どんな暮らしを送ってきたのかなぁ〜? このヒトは)
チビナは先を歩くシューの背中を再び見つめる。
普通のヒトなら、背後を狙われることを恐れて、見知らぬ相手を後ろからついてこさせるなんてしないはずなのだが……案外シューは箱入り、世間知らずなのかもしれない。
(まぁ、じゃなきゃ。こんなリスクを犯してまで、ここまで危険なことしないかぁ〜)
そんなことを考えていた最中──通路の途中で大柄な男性とかち合った。
豊かな金髪に、光がない濁った碧眼。身嗜みを整えればその屈強な身体も相まって、かなりの美丈夫であろうというのに……よれた服や無精髭の所為で、どことなく小汚い印象を受けた。
丸みを帯びた耳と、先端だけふさふさとした毛がついた猫のような尻尾から見るに、獅子獣人あたりだと思われる。
男はシューとその弟達の姿を見て、激昂する。彼がシューを殴ろうとしたから、思わず(弱々めな)殺気が漏れたりしてしまったけれど。
まぁ、激怒した理由は真っ当なモノだった。獣人は人間から碌でもない扱いを受けているみたいだから、ここで暮らしている獣人達は人間達の魔の手が迫るようなことは一切望まないだろう。
しかし、シューが彼らを助けたことで、あの奴隷商人が報復に出る恐れがある。なんとしてでもシュー達を見つけ出して、落とし前をつけさせようとする可能性が高い。
となれば、地下街でシュー達を今後も暮らさせるのは……他の住人達を巻き込む事態になりかねない。
そんなことにならないように。人間達の怒りを買わないために。この男はこの幼い獣人達を見捨てろと言ったのだろう。
けれど……それでも。シューは助けてしまった。助けずにはいられなかった。
それがどんなに危険な行為なのかを、分かっていながらも──……。
(でも、まぁ? ここが危険に晒されるのは……ぼくがここにいなかったらの話だよねぇ)
獅子獣人の濁った瞳が、シューを貫く。聡いチビナは分かってしまった。
この男は、シュー達を人間達に生贄として捧げて。この地下街のことを隠蔽しようとしていると。他の住人達を助けるために、三人を見殺しにしようとしていると。
(そんなこと、させるはずがないでしょ?)
チビナは彼らの会話に割り込む。獅子獣人の視線がこちらを向いて、その濁った瞳にじわりと欲が滲み出した。
……流石は本体譲りの美貌。この顔の造形は同性すらも惑わせるらしい。
チビナは欲の滲んだ視線に嫌悪感を感じながらも、それを上手く隠しつつ告げる。
これまた邪竜らしい、理不尽で。横暴で、残酷な言葉を。
「そのヒトを……シューのことを生贄にしようって言うなら。ぼくがこの地下街のヒト達を、皆殺しにしちゃうよ?」
その瞬間──その場の空気が一気に凍りついたのを感じ……チビナは獰猛な笑みを浮かべるのだった。




