残酷な世界で、獣人達は地下にて生きる。
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地上で、弟分達が奴隷商人に捕まる瞬間を、見ていることしかできなったシューは……慌てて根城──獣人達が暮らす地下街に飛び戻り。元締めをしている獅子獣人のオリオンに、彼らを助けることを願い出た。
しかし……。
「なんで……なんで! タキとアルバのことを見捨てるなんて! そんなヒデェことを言うんだ、ボスッ!」
廃棄された地下坑道を利用して作られた地下街の一番奥。壁にかけられた松明の灯りで照らされた、薄暗い執務室で。
古びた椅子に腰掛けたオリオンは、呆れたような視線をシューに向けた。
「あのなぁ……お前らが地上に上がったのは、自分達の意思で、だろ。それで奴隷商に捕まったんだから、自業自得。危険を犯してまで、助けてやる義理はねぇよ」
「っ……! でも、分かってんだろ!? おれ達がそんなことをしたのは! ヘカテ姉のためだって!」
「…………」
オリオンは無言のままであったが、微かに眉間をピクリッと動かす。
ヘカテ──……それは、元は美しい黒猫の耳と尻尾を有していた獣人女性の名前。今はそれを切り落として、地上で人間に紛れ込み、金銭を稼いでくる働き手であり。
……病気で倒れた、シュー達の育ての親で。この地下街で、オリオンとも長い付き合いであるヒト。
二人は無言のまま、睨み合った……。
◇◇◇◇
この世界において、獣人は底辺の存在である。
変えの効く消耗品。使い捨ての道具。人権がないために、どんなことをされても逆らうことができない。捕まって、奴隷として、酷使されるのはまだマシな方。酷いと人体実験に使われたり、遊び半分で殺されたりする。そんな地位に甘んじなければならない種族が、獣人である。
ゆえに……一部の獣人達は、その身を隠して暮らしている。深い深い、人間の手が及ばぬ森の中。食べる物も飲む物も満足ないない僻地。そして……ここのような、地下街など。様々な場所で、獣人達は過酷な生活を強いられている。
ここ地下街は、他の場所で暮らしている獣人達よりもはいい暮らしができているかもしれないが……楽であるか、と言えばそうとは言えない。
硬い岩で囲われているし、陽の光が当たらぬため、ここでは農作物など育つはずもないし。壁の隙間からほんの少しだけ溢れてくる水には有毒物質が溶け込んでいるため、生活用水として使用することはできない。場所によっては空気の循環が滞っている場所もあるゆえに、松明を使用できない暗くて危ないところだってある。そもそもの話、この地下坑道は廃棄されてかなりの年数が経っているので、いつ崩落してもおかしくない場所でもある。この地下街で暮らす獣人達だって……命の危険と隣り合わせの毎日を送っているのには、変わりなかった。
しかし……この地下街では他とは違うやり方がある。それが──……〝働き手制度〟。
生活物資を手に入れるには、人間の街に出ていかなくてはならない。さらには、生活用品を手に入れるための金銭が必要になる。しかし、獣人であることがバレたら当然それどころではなくなるし、身の危険が及ぶ。
ゆえに働き手……と呼ばれる者達は自らの意思で獣人の象徴──耳と尻尾──を切り落とし。人間の生活に紛れ込み、仕事をして、物資を調達してくる役目を負っている。ヘカテはそんな、働き手の一人だった。
黒猫の獣人であったヘカテは元々、親がいないシュー、タキ、アルバの三人の面倒を見てくれていた。親代わりだった。
しかし、シュー達が少しずつ大きくなるにつれて、色々と必要な物が増えてきたため、ヘカテは働き手となったのだ。シュー達を養うために。
けれど、働き手には致命的な欠点、あるいは弱点がある。それは、耳と尻尾を切り落としたことで生じる免疫力の低下だ。
どういう原理であるかは不明だが……獣人は、自身の耳や尻尾といった獣の特徴に傷を負うと、何かしらの異常が生じるのだ。例えば、尻尾が短くなったら平衡感覚を失ってしまったり、耳が欠ければ聴覚が悪くなるなどといった異常が。完全に耳や尻尾を切り落としてしまった場合、ちょっとした怪我でも直ぐには治らなくなるし、普通の人にとっては普通の風邪でも重症化するリスクが一気に高まる。
そしてヘカテの場合は……地上で人間から移された病気が悪化して、動けなくなってしまったのだ。
『ごめんねぇ……。迷惑、かけて……』
真っ青になった顔で、ベッドに横たわったヘカテ。白い肌に浮かんだ赤い痣。酷い痛みに苛まれるのか、時々苦しそうに呻いている。
……そんな姿を見れば当然、シュー達は彼女を助けたいと思う訳で。
ヘカテを助けるための薬を手に入れるためには、地上に行くしかない。しかし、シュー達は子供であるため、地上に行くためとはいえ、耳と尻尾を切り落とす訳にはいかない。何故なら、耳と尻尾を切り落とした直後は、かなり衰弱状態になってしまうのだ。さらに言えば、傷口から病気が入り込み易く、感染症も起こりやすくなる。そのため、今から慌てて切り落としたとしても、一ヶ月は確実に動けなくなってしまう。
特に子供は免疫が低下しやすいので……切り落とした後の致死率がとても高い。ゆえに、子供は耳と尻尾は切り落としてはならないことになっている。
…………となれば。
『……耳と尻尾を隠せば、地上に出ても少しの間は正体がバレないはず。獣人だって人間達にバレる前に、ヘカテ姉の薬を買ってくるんだ』
三人がそう考えて、地上に向かったのは必然だった。
しかし、現実はそう……簡単な話ではない。
気をつけていても、初めての地上に幼い弟分達は興味津々だった。つまり、挙動不審すぎた。
そもそもの話、フードを被った三人の子供の姿はどこからどう見ても怪しすぎたのだ。それに……シュー達が訪れた街の住人達が、とても疑い深い性格をしているのも悪い影響を及ぼした。
薬屋で薬を買った後──三人の後を、つける人間がいた。人目を避けて路地に入った瞬間、襲いかかってきたのは濁った目をした男。
フードを掴まれて、無理やり下ろされた。露わになる獣の耳に、男が目を丸くする。
『獣人──!』
『っ……! バラバラに、逃げるぞっ!!』
咄嗟の判断で、シューはそう指示した。
三人で別々の方向に逃げた方が捕まる確率が下がると思ったからだ。
『行け! タキ、アルバ!』
シューは男の腕に思いっきり噛みついて、自身に敵意を集めてから……走り出す。
『待てやぁ! クソガキ!』
激昂した男が追いかけてくる。
捕まってはならない。けれど、男から完全に逃げ切ってもいけない。自分を追いかけさせ続けることで、弟分達が逃げ切るまでの時間稼ぎをしなくてはいけないからだ。
だから、シューは慣れない街を、走って。走って。走り続けた。
けれど、結局のところ、シューは未熟な子供だったのだ。ヘカテに大切に守られていたともいう。
だから、気づかなかった。思い当たらなかった。
人間もまた、群れを作る生き物であることに。
追手が一人だとは、他の人間達だってシュー達を狙うかもしれないという可能性に。
(……タキ達は……! こっちか!)
十分な時間を稼いだ後、シューは男を撒いて、タキ達の匂いを追って走り始めた。
獣人は五感に優れている。なので、匂いを辿れば合流することは容易かった。
しかし、弟分達の近くに限られない匂いも感じられた。
「!!」
そして優れた聴覚が、その音を聞き取る。
タキ達が痛めつけられて、呻き声をあげたのを。
『おい、商品に傷つけんな! 値下がりしちまうだろ!』
『悪い悪い』
路地裏の角で立ち止まったシューは、相手にバレないように恐る恐る顔を覗かせた。
そこにいたのは……気絶しているらしいタキ達を小脇に抱えた、分厚いコートを着込んだ二人組の男達。
『にしても、野良の獣人なんて珍しいよなぁ』
『それもこんなにも上物だしな。こんなに身なりが綺麗な獣人なんて滅多にいないぜ』
シュー達は知らないが……三人はヘカテに、それはもう大切に大切に育てられていた。
彼女はシュー達を立派な獣人に。こんな碌でもない世界でも捻くれることなく育つことを、育てることを生き甲斐としていたから。他の獣人よりも遥かにいい暮らしを送らせ、身なりもきちんと整えさせていたのだが。今回ばかりはそれが返って、悪い影響を及ぼした。
『おい、早くコイツらを売りに行こうぜ。きっといつもより高く売れるだろうから、良い酒が買えるぜ』
『ははっ、そうだな!』
男達はそんな会話をしながら歩き出した。
本当は、今直ぐにでも二人を助けるべきだと思った。でも、怖くて足が震えて、動けなかった。
(……ご、ごめんっ……ごめん! タキ! アルバ!)
一人では怖くて、立ち向かうことができない。けれど、助けを呼ぶぐらいはできる。
シューは男達の後を追いかけ、タキ達が売られた場所──奴隷商人の屋敷を確認して。それから直ぐに、地下街へと飛び戻った。
そして、話は冒頭に戻り……。
シューはオリオンから、タキ達の救出を拒否されるのであった──……。
◇◇◇◇
睨み合うシューとオリオン。
しかし、先に沈黙を破ったのは……大きな溜息を零しながら、胸ポケットから質の悪い手作り煙草を取り出した、オリオンの方であった。
「…………お前はヘカテのためにした、って言うけどなぁ」
「…………」
「ヘカテのためだろうがなんだろうが。別に、アイツみてぇになる奴は沢山いんだよ。アイツが特別な訳じゃない」
「……!」
シューは言葉を失うが、オリオンの言う通りだった。
ヘカテのように、免疫力を落とした獣人は病気に罹りやすくなる。だから、他にだって彼女と同じように病気になった人は沢山いるし。死んだ獣人だって五万といる。
「アイツを助けようとしたのはお前らのエゴだろ。それに周りを巻き込むんじゃねぇよ」
だから、ヘカテのために行動したからとはいえ……タキ達を助けるような特別扱いをする気はない。
奴隷商に捕まった時点で、元締めとしての判断は前例通り──〝見捨てる〟一択なのだ。
そう容赦なく告げたオリオンは火をつけた煙草を咥えながら冷酷に、目の前の子供の懇願を切り捨てる。
「…………話は終わりだ。とっとと帰りな、クソガキ」
「〜〜〜〜っ! クソ親父がっ!」
シューは怒鳴り声をあげてから、オリオンの部屋を後にした。
廃坑を怒りに任せて歩くシューだったが、諦めた様子はなかった。
さっきは怖くて動けなかったけれど。大切な弟分達を見捨てるなんて、できるはずがない。
他の獣人達が助けてくれないなら……覚悟を、決めるしかない。
(やるんだ……やるんだ! おれ!)
シューは武器庫に忍び込み、火薬をいくつか盗み出す。
何かあった時に使うために貯蓄されているようだが、シューの知ってる限りでは一度だって使われたことがないのだから。こういう時こそ使い時だろう。
それから、ヘカテが寝ている寝所に顔を出す。
「ヘカテ姉……」
苦しそうに眠るヘカテの顔色は、相変わらず悪い。
シューはポケットを漁って、手に入れた薬を彼女の枕元に置く。
本当は起こして飲ませるべきなのだろうが、そうしたらどうやってこの薬を手に入れたのかを聞かれるはずだ。ここにいない……タキとアルバのことも。
それに……タキ達を救いに行くと聞けば、きっと彼女は、シューのことを止めるだろうから。
「……行ってきます」
シューは眠るヘカテにそう言い残して、地上に再び向かう。
再び地上に戻ってきた時には、空は既に真っ暗闇に包まれていた。
(暗闇の方が人目につかずに行動できるから、都合がいいな)
そして、シューは奴隷商の屋敷に向かうや否や……火薬に火をつけて、屋敷の中へと放り込み。敵襲で生じた混乱の隙をついて、地下牢へと忍び込んだ。
本来であれば、ここでシューの人生は終わっていた。
獣人は変えの効く存在であるから、大切に扱う必要はないし。奴隷商側もその仕事柄、荒事に慣れていた。
つまり、ここで今回の騒動の犯人を奴隷商が殺してしまえば、終わる話だった。
けれど……ここには、運命を変える特異点が存在した。
《破滅》を司る邪竜の分体──小さな邪竜が。
こうして……運命の出会いは、果たされたのであった。




