連れ去られた先で、運命の出会いを果たす。
誤字脱字報告、本当にありがとうございます! 大変助かります!
勿論私自身も気をつけますがっ……それでも誤字脱字を見つけられましたら。
お手数をおかけしてしまいますが、教えてくださると幸いです。
どうぞ今後ともよろしくお願いしまーす!m(_ _)m
(なぁーんかついて来てるなぁ〜?)
人気の少ない街を歩くチビナは、背後から迫る気配に気づいていた。気づいていて、対処しなかった。
それは強さに基づく傲慢がゆえだった。竜は最強種だ。人間だろうがそれ以外の種族だろうが。害される可能性は、傷つけられる可能性は殆ど存在しない。
だから、人の目が完全になくなった瞬間に背後から麻袋を被せられて持ち上げられても、全然動じなかったし。どこかに連れて行かれていることが分かっても、〝どこ行くんだろ〜……〟と余裕を持って考えていた。
ワザワザ抵抗するなんて面倒なことをしてまで、逃げる理由がなかったため、そのまま流されたとも言う。
そうこうして……。連れ去られた先は、どうやら、奴隷商の下であったらしく。
本体の分け身らしく白皙の少年であったチビナは、欲深い人攫いの人間達によって……奴隷商人に高額で売られたのであった。
「こんな綺麗なガキ……見たことがないな」
奴隷商人が暮らしているとは思えないような、豪華な三階建ての屋敷。見た目に反して重苦しい空気が満ちるその場所で。
下衆さを隠さない五十代ほどの男──屋敷の主人でもある奴隷商人が、チビナの身体を舐めるように見つめていた。
(うっわぁ……)
チビナは内心、ドン引きする。
欲を隠さない、その濁った視線はかなり不快だった。ごくんっと生唾を飲み込む音が、嫌に部屋に響き渡る。
しかし、味見をしてまで商品の価値を下げるつもりはないらしく……どことなく草臥れた印象を受ける配下の男に「競りに出すまで丁寧に扱え」と命じて、チビナを屋敷の三階にある一部屋に閉じ込めた。
閉じ込められた部屋は、一等品の奴隷を押し込めておく部屋のようだった。一般的に思い浮かぶイメージ、薄汚い牢屋とは違って、ベッドと小さな丸テーブルと椅子が置かれている。
しかし、窓には鉄格子が嵌め込まれ、扉は内側から開かないように外から鍵がかけられている。部屋は上等でも逃亡防止の対策は万全に施されているようだった。
…………とはいえ。その効果があるのは普通の相手であれば、の話だったが。
「…………」
チビナは部屋の入り口近くに立ち尽くし、考え込む。
ぶっちゃけ、逃げるのは容易い。扉を破壊して、堂々と外に出ることもできるし、壁を破壊して空を飛んで逃げることもできる。
…………が。やっぱりそこまでしてまで逃げる理由がないし、何故かは分からないが自身の勘が〝ここにいるべきだ〟と、囁いているような気がした。
まぁ、いつでも余裕で逃げられることであるし。外は寒いことだし。
チビナはぽふんっとベッドに腰掛けて……このままこの場所で、状況を整理することにするのだった。
(えっと〜……。取り敢えずこの世界……というかこの国は、治安が最悪だってのは、確定かなぁ?)
先ほどのことを思い出す。
普通、街中で人攫いなんて起こるもんじゃない。街は不特定多数の人間が集まってできているのだから、その中で問題を起こせば騒ぎになるし。どこで誰に見られているのかが分からないのだから、その誰かに犯行を見られるというリスクがある。まぁ、大きな街ともなれば逆に大きすぎるがゆえに人目が届かないところも出てくるだろうが……この街はそこまで大きくない。犯罪が起こればニ〜三日程度で街全体に伝わるであろう規模しかなかった。
なのに、こんなにも簡単に街中で人攫いが起こるということは、それほどこの街の治安が悪く。犯罪が起こるのが日常茶飯事ということ。
そう考えるに至る程度には、チビナを攫った人物は人攫いに慣れ切っていた様子だった。普通の人間であれば分からぬであろうほどに殺し切った気配。一瞬で麻袋を被せ、暴れられる前に連れ去った手際の良さ。きっと人攫いを日常的に行なっているのだろう。
となれば……。
(ここにいる商品さん達は、無理やり連れてこられた人ばかりかもね〜)
この屋敷に入った時から感じていた重苦しい空気。
それはきっと、屋敷自体に染みついた恨み辛み、悲しみ、諦念……といった、この場所いた奴隷達が残した負の感情だったのだろう。
(……まぁこういう空気が満ちてる空間の方がぼくの調子は良くなるから、助かるんだけど。さて……今はどんな人がここにいるのかなぁ〜?)
チビナは耳を澄ます。
この場所にいる人数を把握するため、或いは情報収集のために。魔力を耳に集めて、壁や床なんて無視して、遠くで交わされる会話を盗み聞きする。
『許さない……! 絶対に許さない……! あの男、わたくしを奴隷として売るだなんてっ……!』
直ぐ下の階から、若い女性の恨み言が聞こえてきた。
どうやら知り合いに裏切られて、こんな場所に売られてしまった人がいるらしい。
下の階には今のところ、彼女以外の気配はない。
『あのガキ、随分と綺麗な顔をしてましたね。……味見、したかったなぁ』
『やめろやめろ。初物の方が高く売れるんだ。あれほどの美貌からきっと客どもも大枚を叩いてくれるだろうよ。となれば、真っさらのまま売った方が得策だ。だから、野郎どもに言い聞かせておけ。あのガキには手を出すなってな』
『…………はい、了解です』
さらに下の階──……一階から、そんな会話が聞こえてきた。
内容から察するに、先ほどの奴隷商人とその部下の会話だろう。
人の中には女だろうが男だろうが、美しければ誰彼構わず手を出す輩がいるとは聞いていたけれど……。何気に自分に手を出そうとする奴と遭遇したのは初めてだったので。チビナは、相手の力量も見極められない彼らの雑魚っぷりに少しばかり嗤ってしまう。
しかし、破滅を振り撒く邪竜。美しさでも破滅を誘う本体に似た姿は……幼い姿であろうとも、思わず手を伸ばしたくなるほどの美貌なのだろう。多分、あの奴隷商の配下は奴隷商人の言うことを聞かないだろうなと冷静に考えていたところで。
……聞こえてきたのは、幼い男の子の、泣き声。
『…………ひっく……ひっく……』
『泣くな……泣くんじゃない、アルバ! きっとシュー兄が助けにきてくれるから! 泣くなよ、アルバ!』
「…………!」
奴隷商人達がいる一階よりもさらに下。
地下らしき階から聞こえてきた会話に、チビナは意識を集中させた。
『…………おいおい。助け、なんて来る訳ねぇーだろ。おれらは獣人、なんだからよ……』
(おっとぉ?)
幼い子供の声二つに、大人の声が混ざり。気になる単語まで出てきた。
チビナはさらに耳を傾ける。
『助けにくるなんて、ワザワザ捕まりに来るようなモンだ。そんな危険、同じ獣人が犯す訳ねぇだろ』
『そんな訳ない! シュー兄はそんなヒトじゃない!』
『ハッ……。いつまで、そんな希望に縋ってられっかな……。おれは明日の夜には競りにかけられるってのによ……。きっと、二束三文で売られて、死ぬ方がマシって扱いをされんだろうよ……』
『う、う……ぅぅぅ……! タキ兄ぃ……タキ兄ぃ……! 怖いよぉっ……!』
『だ、大丈夫……大丈夫だ……アルバ……』
『おれら獣人は竜人様、人間様の玩具だ。救いなんて、どこにもねぇよ……』
三人の会話はそこで終わる。後は静かな泣き声が聞こえるだけであった。
チビナは耳に魔力を集めるのを止めて、今の盗み聞きで得た情報を整理する。
(……うーん。彼らの会話からするに。この世界、或いはこの国は……獣人を虐げているみたいだねぇ)
絶望に満ち切った声音からするに、どうやら獣人の扱いは相当酷いようだった。
それも、それを率先して行なっていそうなのが──……。
(竜人、か……)
知識としては知っている。
竜人とは、竜のなり損ない。人の姿をした竜モドキのことであると。
しかしそれが、この世界の竜人と同じだとは限らない。この世界では竜が人の姿を取って活動しているから、竜人と呼ばれている可能性がある。
(…………アリスがこの世界にぼくを導いたのは。この竜人関係、なのかなぁ?)
《雪花の世界》にチビナを送り出したアリスは、息抜きがてらなんて言っていたが、本当は違う目的があるように思われた。つまり、チビナがこの世界で〝何かする〟、〝何かを起こす〟ことを期待していたということだ。
現状で考えられるのは竜人に関わることだ。彼らが調子に乗りすぎているから、チビナの力で制圧することを、アリスは望んでいるのかもしれないと考えて──……。
──ドォォォォォォォォォォオンッ!! バァァァァンッッ!!
「うわっ!?」
屋敷全体を震わす振動と、一階から響いた激しい爆発音に……チビナは思考の中断を余儀なくされるのであった。
(……何が起きたのかなぁ?)
下の階が騒がしくなる。怒声と叫び声と、建物が崩れる音が立て続けに聞こえ始める。
このままここにいてもよかったが、チビナはぴょんっとベッドから降りると、鍵がかけられたままの扉の取手に手をかけて、バキッッと力技で扉を押し開いた。
屋敷の廊下には焦げた臭いが充満していた。窓の外にはモクモクと湧き上がる灰色の煙が見えている。
(うーん……なんだろ? なんでだろ? すっごい……す──っごく! 気になる!)
明らかな異常事態であったが。チビナは異様な感覚に意識を奪われていた。
何が起きているのか分からない。何がどうしてなのかも分からない。けれど、湧き上がるような疼きが。胸の中から溢れ出ている。
チビナは歩き出した。途中、奴隷商人の部下らしき人間達と遭遇し、チビナを逃すまいと無理やり捕えようとする者もいたが、この異常事態のどさくさに紛れて、始末してしまう。小さくても邪竜の力を分け与えられて生まれたのだから、それぐらいは簡単だ。
チビナは階段を降りていく。一階は火の海に包まれていた。真っ黒な煙が廊下中に満たされていて、視界はかなり不良だ。だが、竜の目を持つチビナには全然関係ないし。人の姿を取っていても、竜である彼はこの炎の中でも問題なく活動できる。
そうしてチビナは、地下に辿り着いた。
「無事かっ!? タキッ、アルバッ!」
「「シュー兄ぃ!」」
そこでは丁度、薄汚れたローブを纏った人物が……牢屋の鍵をぶち壊して、中にいる二人の幼い獣人を救い出したところであった。
チビナが近づいていることに、三人は気づかない。
しかし、手前の牢屋に入っていた三十代ぐらいの男性獣人は当然ながら、牢屋の前を歩くチビナの姿に気づく訳で。
「おいっ、お前ら! 気をつけろ! 人間が近づいてるぞっ!」
男から警告で、三人はハッとした様子でチビナの方を振り向いた。
汚れ切った様子の幼い獣人達。片方は栗毛の犬獣人のようで、もう片方は灰色の兎獣人であるようだった。獣人としての種は違えど、その瞳が恐怖に染まっていることは変わらない。
そんな子供達を抱き締める人物は……なんの獣人かは分からないけれど。でも、そのローブの下。
宝石のように煌めく鮮やかな氷色の瞳が、チビナを真っ直ぐ、見つめてくる。その瞳の中で輝く光に、目を奪われる。
その時のチビナは気づいていなかったけれど。
この瞬間──彼は間違いなく。《堕天使》が導いた運命の出会いを、果たしたのであった。




