前日譚
本日の2話目です!
今後は一日一話、19時更新でいきます!
よろしくどうぞっ( ・∇・)ノ
《破滅の邪竜》と呼ばれる壊れた竜が作り出した、小さな固有世界──通称・《箱庭》。
昔は雲に覆われた薄暗い世界であったというのに……この少世界の主人である《破滅の邪竜》ラグナが《邪竜の花嫁》ミュゼを娶ってから、少しずつ変わり始めていた。いや……彼の心がこの《箱庭》にも影響を及ぼしているという方が正しいだろう。
薄暗い世界も別に嫌いではなかったが、穏やかな天候も昼寝がしやすいので悪くない。
最近のお気に入り(な昼寝)場所であるコンサバトリー。ガラス窓の側にあるソファベッドの上に、クッションを敷き詰めた籠を置いて、チビナはその中でいつものようにお昼寝をしていた。
ぬくぬくと温かな空気に包まれて、スピースピーと気が抜ける寝息を溢す。それは紛い物とはいえ邪竜とは思えない無防備な姿であった。威厳もへったくれもない有様だった。
だが……そんな昼寝は唐突に響いた、邪竜の屋敷を震わせるぐらいに煩い泣き声で嫌でも終わらせられることとなる。
『ぴゃぁぁぁぁぁぁ! お父様お父様お父様ぁぁぁぁぁぁぁ!!』
『煩っ!? 何事!?』
壁を貫通するとんでもない泣き声に、チビナは飛び起きる。
思わずキョロキョロと辺りを見渡すが……劈くような泣き声は以降に止む気配がない。チビナは仕方ないと溜息を溢すと、その小さな羽根を羽ばたかせて、コンサバトリーを後にした。
どうやら声の発信源──日中、ラグナ達が過ごすことが多いサロンのようだ。
サロンに到着すると、この屋敷に住んでいる他の住人達──邪竜の眷属や居候達──も気になって様子を見にきているようだった。しかし、中に入って何事かと問いかける勇気はないらしく……互いに顔を見合わせながら、サロンの前に団子状態になっている。
そんな彼らの隙間を潜り、チビナは勢いよく扉を開け放つ。
『うるさーい! 誰ぇ!? お昼寝の邪魔するぐらい煩いのは! もうっ、何があったの!!』
──バァンッ!
チビナは大きな声を出しながら、サロンへと飛び込む。
当然ながら……中にいたのは。久しぶりに、それこそ何十年──いや、数百年ぶりかもしれない──に顔を合わせる相手。
「あら……久しぶりです。チーちゃん」
そんな小さな邪竜に。かつて自身の護衛役としてラグナから生み出されたチビナに、ミュゼは薄らと微笑みかける。
彼はキョトンと。その小さな黄金の瞳を丸くしてから……ニンマリと、彼女に笑い返した。
『久しぶりだねぇ、おねぇちゃん。ぼくのこと、覚えてたんだ?』
「いいえ?今、思い出しただけですよ」
『あはっ! だと思った〜!』
随分と酷いことを言われているというのに、言われた当ニンであるチビナはクスクスと笑っている。
ミュゼがその存在を忘れていたことも。ラグナが自分が生み出した存在を気にかけないのも。チビナがそれを知りながら、笑っているのも。何もおかしくない。
何故なら、ここにいるのは全員が壊れているからだ。
どこかが壊れている竜に、繰り返された死で壊れた花嫁。そして、その竜に生み出されたモノ。
《邪竜の花嫁》ミュゼと《破滅の邪竜》ラグナは、互いに互いしか見えていない。二人だけの世界で完結している。気まぐれで他者を救うこともあるけれど、それは何か理由がある訳ではない。ただそんな〝気分〟だったからそうしただけで。ミュゼとラグナは伴侶がいればそれでいいと。それで終わってしまうフタリだ。
そして、そんなラグナから生み出された存在であるからこそ。分体であったとしても、どこかが壊れている竜であることは間違いないチビナだからこそ。
チビナはミュゼが自分から興味を失くす理由も理解できたし。チビナの方も別にミュゼからも、本体からも忘れられようが興味を失くされようが、どうでもよかった。
とはいえ、会えば認識ぐらいはするし、会話だってする。
チビナはラグナに掴まれて泣き叫んでいた緑色と橙色が混じった鱗を持つ、仔竜の前で空中停止しながら、本体へと声をかけた。
『んでー? なんでこの仔、こんなに泣いてるのー?』
「ん? あー……思い通りにならない癇癪だろ。ま、お仕置きだからな。泣いてもどうしようもないし、どうにもしない」
『ふぇ? お仕置き? この仔、何かしたの?』
「と……そうでした、ラグナ。詳しく説明してください。一体、どういうことなんです?」
チビナ達に問われて、ラグナは未だに『お父様ぁぁぁ!』と言いながら泣き叫ぶ仔竜をチラリッと見る。
流石にこの煩さでは話の邪魔になると思ったのだろう。ラグナは仔竜の周りに膜を張るように遮音結界を展開し、更に逃げ出さないようにと丸い結界に閉じ込めて、サロンのテーブルに放り投げる。
そこでやっと一息つけると言わんばかりに、愛しい花嫁の元へと移動し……その隣に腰をかけ、ぐったりとミュゼの肩に頭を預けた。
「あー……まず俺を呼び出した相手なんだが。所謂親? 的なヤツだったんだ」
「…………ラグナ、親なんていたんですね……」
疲れ切った夫の頭を撫でながら、ミュゼは思わずといった様子で呟いていた。
でも、まぁ……チビナとしても、なんか分かる反応だった。
ラグナはどこまでもラグナなので。親がいるようには思えなかったのだ。
そんなフタリの反応を受けながら、ラグナはなんともいえない顔で嫌そうに答える。
「……アイツが親とか心底寒気がするが……まぁ、それでも一応親(仮)なんだ……うん」
多分、彼が語る親(仮)は、神竜のことなのだろう。
ラグナは、この世界を含めた数多の世界を管理する神──《創世の神竜》に直接生み出された、世界の根源──あらゆる世界の破滅を見届ける特別な竜であるので。
彼が言う親(仮)に当て嵌まるのは、神竜ぐらいしかいない。
チビナはあまり付き合いがないけれど。ちょっと関わっただけで〝アッ。このヒト、ヤッバァイヒトだぁ……〟と思う相手だったので……。だからあまり、親仮であっても親としては認めたくない感じなのだろうなぁ〜と、本体の心境を微妙に察するのだった。
しかし、そんな親(仮)のことが吹っ飛ぶような……衝撃的な言葉が、次の瞬間──放たれる。
「……とにもかくにも。コレは仕置きのために、俺に預けられた。母親の力を奪うために母親を殺そうとして。ついでに父親からの寵愛を得るために、他の兄弟も全員をぶっ殺そうとしたコイツには……思い通りにならない俺の支配下に置かれるのが、何よりの罰になるらしいからな」
「『…………はい??』」
──ピシリッ。
チビナと、ミュゼが不自然に固まった。
そんな二人の反応を見て、ラグナも〝分かる、そうなるよな……〟と納得顔だ。
ギギギッと、壊れた玩具のような緩慢な動作で結界に包まれた仔竜の方を見る。
ジタバタ、ジタバタ。見た目は仔竜ではあるが……見た目に反して、かなり凶暴らしい。家族を殺そうとしたとは思えない。
けれど、忘れてはならない。竜は壊れているのだ。どこかしらがおかしいのだ。
一個体一個体、何かしら異常性を有している。この仔竜だって漏れなく、その異常性を保有する。
「コイツの司るモノであり、異常性は〝強欲〟なんだと。簡単にいえば、とんでもない欲しがりだ。欲しいモンは殺してでも奪おうとするみたいだが……身内に甘いアイツらと違って、コイツを甘やかすつもりもない俺の支配下にいる限り、コイツは好き勝手できない。いや、させない」
ラグナが甘やかすのはミュゼだけ。
それ以外には甘くも、なんでもない。興味すらない。
ゆえに、身内であろうがなんだろうが。罰することに躊躇いもない。容赦なく、切り捨てられる。
「そんな理由で適任だと押し付けられたんだから……本当、迷惑極まりないが……。預けられた以上、務めは果たすつもりだ。ミュゼに害をなされても困るからな」
──パチンッ。
ラグナが指を鳴らすと結界が消え、黒い粒子が集まり、仔竜の首に黒い首輪として巻きつく。
ギュウッと強く首を締め付けられ、仔竜は苦しさから声にならない悲鳴を漏らした。
『…………!?』
「よく聞け、《強欲の罪竜》マリアン」
『……!!』
声が発せなくなったらしい仔竜──《強欲の罪竜》マリアンが、ビクリッと震える。
そこでやっと、今の状況が自分にとってよろしくないのだと理解できたのだろう。
ラグナは自分との力の差を感じ取って、ガクガクと震え始めたマリアンに駄目押しをするかのように。邪竜の威圧を強めながら、言い聞かせた。
「俺は、お前の《強欲》を許さない。俺のモノを奪おうとすることを許さない。お前の暴虐を許さない。…………育てば俺に逆らえるとでも? 今は雌伏の時だと? そんなはずないだろう。甘い考えは捨てろ。逆らうな。俺は《破滅の邪竜》だ。お前に甘い奴らとは違う。本当は、今直ぐにでもお前を殺してしまいたいぐらいには、貴様を煩わしいと思っている」
ピキピキッと、その頬に漆黒の鱗が浮く。
掴まれた手から、指先から伸びた鋭い爪が、マリアンの身体に食い込んでいく。
「だが、家族を大切にしている貴様の父からの懇願で、こうして預かってやったんだ」
『…………!』
「とはいえ、アイツが最も〝大切〟にしているモノを殺そうとしたお前に、アイツは憎しみさえも抱いている。じゃなきゃ身内を手放そうとしないアイツが、俺に貴様を預けるはずがない」
『………!!』
喜んだかと思えば、悲しみ嘆きにくれる顔。
ラグナは大きな溜息を溢しながら。面倒だという態度を隠しもせず、告げた。
「だから、反省しろ。大人しくしていろ。自分の思い通りにならないことがあるのだと理解しろ。そうすればいつか……アイツから許される日がくるかもしれないぞ」
『…………』
ポロポロ……。
大粒の涙を溢す仔竜。その姿はとても、可哀想だ。
しかし──……。
ここにいるのは彼女に同情するようなモノ達ではない。
チビナは。ラグナは。ミュゼは。
なんの感情も宿らぬ視線で、淡々と。静かに泣く仔竜を見る。
「……という訳で。この屋敷に居候することは許すが、問題は起こすなよ? 俺の手を煩わせたら殺す。ミュゼに手を出そうとしても殺す」
『…………』
「チビナ。ここに居合わせた縁だ。コイツの監視役をやれ」
『…………えっ!? なんで!?』
急に話を振られたチビナはギョッとしながら叫ぶ。
邪竜の力をおさめたラグナは、先のチビナと同じように。ニンマリと、笑いかけた。
「曲がりなりにもお前も邪竜だろう? 竜相手じゃ他の眷属らには荷が重い」
『いや、まぁ……それは、そーかもだけどぉ……』
「それに、暇だろ?」
『………! 確かに、そーだけどぉっ!』
ラグナからの正論に、チビナはどんどん押されていく。
別に、だ。別に誰かの監視をやるのは別に構わない。…………だが。
(うへぇ〜……明らかにめんど〜そ〜……)
監視しろと言われた相手が……紛うことなく面倒くさそうで。ぶっちゃけ、面倒事は心の底から嫌であって。
相手がこの仔竜以外であればきっと素直に頷ける……とありありと顔に出ている、あからさまにこの役目を引き受けたくなさそうなチビナに、ラグナは有無を言わさぬ笑顔を向けた。
「決定だ。拒否権はない。偶には仕事しろ」
『えぇぇぇぇ……!! おねぇちゃんとイチャイチャしてるだけのラグナがそれ言うぅぅぅ!?』
「残念。俺はコソコソと仕事してるからな。お前とは違う」
『…………』
固まるチビナ。
だが、直ぐにハッと我に返ると。信じられないと言わんばかりに、ラグナの顔を凝視した。
『嘘ぉぉぉ!? 知らなかったんだけどぉぉぉ!? なら、本当に日頃遊んでるだけのぼくとは違うじゃぁぁぁん!』
「あぁ、違う。だから、コイツの世話──ごほんっ。監視をよろしくな。チビナ」
『監視だけじゃなくて世話もやらせる気だったぁぁぁぁ!』
「頑張ってくださいね、チーちゃん」
駄目押しとばかりにミュゼからも応援されて、チビナは逃げ道が完全に失くなったことを悟る。
『はぁぁぁぁ……分かりましたよぉ……やりまーす』
チビナにできることは……素直に頷くことだけ。
かくして、チビナは本体の姪(?)の世話係になったのだった……。




