その行動は全ては、ただヒトリだけのために。
前話の後書きを読まなかった方へのアナウンスでっす。
チビナは、ゼーレという名を与えられました。
ちょっと急に厳つく(?)なりましたが、こんな名前になったのには理由があるので。それが明かされるまでお待ちください。
ではでは、今後とも〜よろしくどうぞっ( ´ ▽ ` )ノ
地下街に暮らす子供達は日々、雑用をこなしながら過ごしている。
この地下街は日頃から慢性的な物資不足であるため、良い暮らしなど送れやしない。なので、働かざるモノは食うべからず……どころではなく。働かざるモノは出ていけ。無能に消費する物資はない、という価値観であるため、子供だって働かないとこの地下街にいれないのだ。
そのため、ヘカテの見舞いを終えたシュネーは、いつものように雑用に向かおうとしたのだが……この後も自分についてくるだろうと思われたゼーレが、別行動を選んだことに。シュネーは少しだけ、驚かずにはいられなかった。
…………ついてくると思っていたなんて。少し傲慢かもしれなかったが。
「ふふふ〜っ。ぼくが一緒じゃなくて、寂しい? シュー」
「……いや、そんなことはないけど」
ゼーレがニマニマとしながら、シュネーにつきまとう。
とはいえ、寂しいかと聞かれれば答えはノーなので、彼女は至って普通に返事を返す。
だが、ゼーレはシュネーの否定を気にすることなく、申し訳なさそうにしながら告げる。
「ごめんねぇ、一緒に行けなくて。でも、ぼく、色々とこの地下街を探索しておきたいんだよね。なんせ初めての場所だし。何がどこにあるかとは知っといた方が、いいだろーし」
「……あぁ……それは確かに」
この地下街は廃棄された坑道を利用しているだけあって、かなり入り組んだ作りをしている。
それどころか日夜、勝手に掘り進めて新しい通路を作る奴なんかもいるので、把握していない区画が毎日増していっていると言っても、過言ではない。
シュネーは要らぬ心配だろうと思いながらも、ゼーレに一応、注意を促した。
「……心配は無用なんだろうけど。でも、迷子には、なんないようにな。地味に、おれらも知らない道があったりするから」
「……あはっ。心配してくれて、ありがと! うん、気をつけるね」
「んじゃあ、行ってくる」
「行ってらっしゃい〜! シューも気をつけてね!」
ゼーレはにこにこと笑いながらも、本当は一緒に行きたかったなぁ〜と思った。
でも、彼女のためにやらなければならないことがあるので。
共に行けない代わりに沢山の守護魔法などをかけて、シュネーを見送る。
完全に彼女の姿が見えなくなったところで、ゼーレはさっきまで顔に浮かべていた笑みを一切消して、さっき歩いてきた道を戻っていった。
そうしてやって来たのは……先ほどまでいた、ヘカテの下。
「ゴホゴホゴホッ……!」
苦しそうに咳をしているヘカテの側に近づき、ゼーレはさっきとは打って変わって……淡々とした態度で、彼女に声をかける。
「……苦しそうだね、お前」
「ゴホゴホッ……。はぁ、はぁ、はぁ……貴方、は……」
「シューが命懸けで手に入れた薬、効いてないの? それとも、飲んでないの?」
「…………」
ヘカテは微妙に困ったような顔をした。だが、その顔が答えだろう。
ゼーレは器用にも、無表情ながらも呆れたような視線を向ける。
「何考えてるの、お前」
「……だっ、て……薬、なんて高価な物、だもの……。何かあった時のために、取っておいた方が……」
「だとしても。シューが苦労して手に入れた物だって分かってる? 飲んだ方が、シューのためだよ。いいから、早く飲んで。じゃなきゃ、シューが悲しむだろ。薬はどこ」
「…………」
「ぼくの機嫌を完全に損なう前に、言うことを聞けよ」
「…………そこの、籠の中、よ」
ゼーレは溜息を零して、枕元に置かれた籐の籠に手を伸ばす。
そこに入れられた折り畳まれた薬包紙を手にした瞬間、ふわりと香った〝匂い〟に、ゼーレの動きが止まった。
「……………」
「…………あ、の?」
──ぺろりっ。
「!?」
ゼーレは薬包紙を開き、粉薬を少しだけ摘んで、躊躇いなく舐める。
それを見たヘカテはギョッと驚きに目を見開くが……彼から告げられた言葉に、さらに驚くことになる。
「…………これ、薬じゃないな」
「…………ぇ?」
「小麦粉だ」
「…………」
竜の分体とはいえ、ゼーレの嗅覚は獣人と負けず劣らずの性能を有している。
そのため、薬包紙に包まれていても、香ってくる匂いに違和感を覚えた。そして、実際に舐めてみて、はっきりした。これは薬なんかじゃない。紛うことなく……小麦粉だ。
「…………なんで?」
「……多分、シュー達が……疑わしかったから、でしょうね」
「は?」
ゼーレは思わずヘカテの方を向く。
けれど彼女は納得したような面持ちで。どこか仕方ないのだと言わんばかりの様子で、答えた。
「…………あの街の、住人達は……疑い深い、人柄なの……よ」
「…………じゃあ何? シュー達が怪しかったから、薬じゃなくて偽物を渡したってこと?」
「……えぇ」
「…………」
……ゼーレは呆れた。
薬屋でありながら偽物の薬を処方するなど、一番やってはならないことのはずだ。
けれど、あの街ではそれが成り立ってしまうのかもしれない。ヘカテの言う通り……ちょっとしかあの街に滞在しなかったゼーレでも、あの街の住人達は自分のことしか考えていないことが、いやでも察せてしまえたから……。
「…………」
ゼーレは考える。このままではヘカテの体調は良くならないと。
そうなれば悲しむことになるのは……シュネーだ。
「…………ねぇ。お前の病気、なんなの」
「…………ぇ?」
「病気だよ、病気。このままお前が死んだら、シューが悲しむだろ。だからぼくが薬、代わりにもらってきてやるから。なんの病気なのか教えて」
「…………」
「何を躊躇ってるの。早く」
ゼーレの催促にヘカテは諦めたような顔をして、ぽつりと自分がかかっているであろう病気を告げた。
……彼女がかかっていたのは、俗に言う〝夜の仕事〟をしている女性がかかる病気で。躊躇ったのはこれが理由かと納得する。
多分、ゼーレが幼い子供の姿であったのも、多少は関わっているかもしれない。まぁ、彼はその見た目に反してヘカテよりも遥かに永い刻を生きているのだが……本人がそれを知るはずもない。
「……このこと、シュー、には」
ヘカテは懇願に近い声音を漏らす。その先は言葉にしなかったけれど、どうせ〝シューには言わないでほしい〟と言いたいのだろう。
当然、そんなことするつもりはない。
「言わないよ。知ったら、悲しむし。下手したら、自分も同じ仕事をやる……なんて。馬鹿なこと、言い出すでしょ」
「…………よく、分かってるわ、ね」
「短い付き合いでもね。シューが大切なヒトのために無理をしてるのを見ちゃったから。想像しやすいんだよ」
ゼーレがシュネーに出会ったのは、彼女の弟分達を救出するために奴隷商人の屋敷をたった一人で襲撃した時だった。弟分達のために、というだけでそんなことをしでかすのだから。自分を育てたヘカテのためにどんな無茶をするかなんて、考えたくもない。
「……とにかく。行ってくるから。大人しくしてなよ」
ゼーレはそう言って、ヘカテのいる部屋から出て行く……。
その後ろ姿を見送ったヘカテは思った。
彼は自分のために薬を取りに行ってくれた訳ではない。
自分を大切にしているシュネーが悲しまないようにと、動いていると。
(…………羨ましい……羨ましい、わ……こんなにも、大切にされるあの子が……)
…………嫉妬に、ヘカテの瞳が濁る。
けれど、ここには彼女以外いないので……それに気づく者は誰もいなくて。
ヘカテはゆっくりと、瞼を下ろした。




