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おかしな家2

 拾った菓子でモネのカバンがいっぱいになったころ、二人は森の奥深くの少し開けたところへ出た。

 そこにはこじんまりとした小屋が建っていた。


「あれが例の『おかしな家』だな」


 それは確かめるまでもなく、今回のクエストにあった『おかしな家』だと分かった。それほどに異様な見た目であったのだ。

 ただ「おかし()家」というよりは、むしろ。


(おかし()家だよね)


 モネは近づいて家の様子をじっくり観察してみる。

 家の壁面には、クッキーやメレンゲやその他砂糖菓子のようなものがびっしりと貼りついていた。

 モネとラウルがその家の外観に圧倒されていると、表のドアが開いた。二人はさっと身構える。


「婆ちゃん、これは外でいいんすね?」


 出てきたのは、モネと同い年くらいのひょろっとした青年だった。優しそうな顔に、細くて柔らかそうな短い髪、手には菓子が山盛り入った手提げカゴを持っている。

 その青年はモネたちに気づくと、不思議そうに首を傾げた。


「お兄さんたちこんなとこでどうしたんすか? あ、道に迷ったとか?」


 気安く話しかけてきた青年に、ラウルが問う。


「君、高等科一年のエルドリアス・クレマンだな?」

「はい、そうっすけど。お兄さん、どこかで会いましたっけ?」

「君が学園に帰ってこないから捜索クエストが出されたんだよ」

「え? そうなんすか!? うわーすいません。そんなことになってるって全然知らなくて。もしかして二人はここまでおれを探しに来てくれたってことっすか。わざわざどうもっす。よかったら中で少し休憩していきませんか。おいしいお菓子もいっぱいあるし。ってもおれが作ったんじゃないけど」


 モネとラウルは、顔を見合わせる。クエストには『おかしな家』の調査も含まれていた。

 二人はエルドリアスに促されるまま、お菓子の家に入った。



 

 家の中に入ったモネとラウルは居間のテーブルに案内された。

 キッチンではエルドリアスともう一人、ヨレヨレのローブを着た老婆が、モネたちのために茶を用意してくれている。


「お嬢ちゃんは紅茶でいいかい?」

「あ、はい……」


 老婆はテーブルにお茶の用意と菓子を持ってくると、震える手でティーポットを傾けカップに茶を注いでくれる。


「あ、もう危ないって婆ちゃん。そんなのおれがやるから」

「すまないねえ」


 そんなエルドリアスと老婆のやりとりをぼんやり眺めながら、モネは思った。


(何なんだ。この状況)


 てっきり魔物にでも囚われているのかと思って来てみれば、エルドリアスは老婆と微笑ましい光景を繰り広げている。気が抜けてしまいそうな状況だが、モネは警戒をゆるめてはいなかった。


(このお婆さんはいったい何者なんだ)


 こんな森の中に一人で住んでいるのも不思議であるし、なぜ家の壁をあんなお菓子まみれにしているのかも謎だ。それにエルドリアスとの関係も気になる。

 とモネが考えていると、席についたエルドリアスがクッキーをかじりながら言った。


「いやあほんと、こんな森の中まで探しに来てもらって申し訳ないっす」

「いろいろ聞きたいことはあるけど、まずはどうして君がここにいるのか聞いてもいいかな」

「それが、たまたま森でこの婆ちゃんに出会ったんすけど、この婆ちゃんがどうも田舎にいるうちの婆ちゃんに重なっちゃって。一回寮へ帰ったあとも、やっぱり婆ちゃんのことが心配になってまた戻って来ちゃったんす。だってね、家の外見ました? 婆ちゃんてば、次から次にお菓子作って、食べきれないとあんな風に家の壁にお菓子はっつけちゃうんすよ。びっくりでしょ? しかも屋根とかにまで貼り付けようとするから危ないじゃないっすか。だから俺が代わりに貼り付けてあげてたんすよね」


 と屈託なく笑うエルドリアス。

 いやそこは手伝うとこじゃなくてやめさせるとこだよ、と思ったモネだったが口には出さず黙って紅茶をすすった。


「でね、もうこんな婆ちゃん独りで放っておけないじゃないじゃないすか。それでせめて街に引っ越すように説得しようと思って」

「そいういうことなら、一緒に来た友人に一言いっておきなさい。彼、君のことものすごく心配していたそうだぞ」

「あ、そうなんすか。悪いことしちゃったなあ」


 そう言ってエルは頭をかいた。エルドリアスはどうやらお年寄り思いの優しい青年らしい。

 一方、老婆の方もシワシワの目を綻ばせてエルドリアスを見つめている。

 モネは怪しまれない程度に老婆の様子を観察した。


(そりゃあ嬉しいだろうな)


 こんな青年が、心配してわざわざ自分のもとへ戻ってきてくれたのだ。嬉しいに決まっている。 

 嬉しくて嬉しくて、それこそ。


――舌なめずりするほどに。


 モネは最初からずっと違和感を感じていた。というより確信があった。


(このお婆さん。魔物の匂いがする)


 ということは、この老婆は魔物そのものか、もしくは魔物に憑りつかれた人間かのどちらかだ。

 エルドリアスの様子からして彼は全くこのことに気づいていないようだが、ラウルの方はどうだろう。

 モネはラウルの顔をちらと盗み見てみるが、さすがに表情だけでは分からなかった。

 でもおそらくこの様子だと気づいていない確率の方が高そうだ。自分ほど魔物や呪いを敏感に察知できる人間は少ない。


(さて。どうしようか)


 このお婆さんには気づかれずになんとかラウルと話がしたいところだが、どう考えてもこの場では不可能。熟練パーティならメンバー同士アイコンタクトで会話することもあるらしいが、そんな高等テクニックはモネには使えない。となれば。

 モネは最終手段に出た。


「あ、あ痛たたた」


 モネは体を縮めてお腹をおさえる。


「どうした腹が痛いのか? やっぱり拾い食いなんかするから。大丈夫か」

「ちょっと吐きそうなので外へ」

「え! じゃおれも一緒に行くっす!」


 いや、ついてきて欲しいのはラウルなのだが。ラウルはエルドリアスに任せた方がいいかという顔をしている。


(なんとかラウルさんを連れ出さないと)


 だけどこんなとき何ていえばいいか分からない。なんかこう自然にうまいことラウルに助けを求められればいいのだが。

 モネは高速で頭を回転させるが思考はぐるぐる回るばかりでまとまらない。

 

(ええい。もうなんでもいい)


 モネはラウルのローブの裾をつかんだ。そして血走った目をくわっと見開き、ラウルを見上げる。


「ラウルざんに。づいて来てほじいです」


 ラウルはぎょっとしていたが、やがて静かにうなずくとエルドリアスの代わりに一緒に家の外へ出てくれた。



 腹を抑えながら外に出たモネは、窓から見えない位置に移動し、老婆に見られていないか注意深く確認する。

 なかば不審者のような動きをしているモネに、ラウルが言う。


「ここならもう話しても大丈夫だろう。それでどうしたんだ? 何か気づいたんだろう?」


 ラウルはモネが何か言いたいことがあると察してくれていたらしい。

 モネは姿勢を正して言った。


「あのお婆さん魔物か、魔物に憑りつかれていると思います」

「どうしてそう思った?」

「匂いです。魔物の匂いがする」

「俺にはその匂いは全く分からないが、確かにあの老婆には何かありそうだな」

「ええ、ですので少し試してみたいことがあります」


 学生捜索なんて荷が重いと思っていたモネだが、魔物がからんでいるとなれば話は別だ。

 モネの目はいまや獲物を目の前にした狼のそれになっていた。

 ぺろり。思わず舌なめずりしたモネは、作戦をラウルに告げた。


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