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おかしな家1

 ゴリゴリゴリッゴリ。 

 モネは自分の宿舎もとい小屋で、あるものをすり潰していた。


「んぅん~いい香りだ」


 すり鉢の中で粉々になっていくのは、薔薇の香りを漂わせている貝である。そう、コティ教授からクエスト報酬としてもらった薔薇貝だ。

 本来、人にもらったものを粉々に粉砕するなど道理に反することかもしれないが、すり潰すといい香りがすると教えてくれたのはコティ教授である。きっと贈った薔薇貝が粉々になってもコティ教授ならむしろ喜んでくれるだろう。

 そう心の中で言い訳をしながら、モネは薔薇貝をすり潰し続けた。


「よし、こんなものかな」


 モネは棚から壺を取り出してきてフタを開ける。中には保湿クリームがたっぷり入っていた。香りつきにしようと思っていたものの芳香素材を集める時間がなく、結局無香のクリームしか作れていなかったのだ。


「まさかコティ教授から、芳香素材をもらえるとはね」


 これで香り付きのクリームができあがる。

 さっそく保湿クリームに粉末にした薔薇貝を入れて良くかき混ぜる。あっという間に薔薇の香りのするクリームが完成した。

 これで毎晩良い香りに包まれながら眠ることができる。それに薔薇貝には香り以外にも嬉しい効果があった。薔薇貝の成分は皮膚から吸収すると魔物からの属性攻撃に対する耐性が上がるのだ。だからクリームに溶かすのは理にかなった使用法なのである。


 モネは薔薇貝クリームの出来栄えに、ふんふんとご機嫌で鼻歌を歌っていた。


「香り付きのクリームもできたし、天気もいいし、今日は――」


 と窓の外を見た瞬間、モネは動きをとめた。窓に、黒髪長身の男がへばりついていたのだ。


「ぎゃ!」


 モネは思わず薔薇貝クリームの壺を落っことしそうになる。すんでのところで、なんとか壺を支えテーブルの上に置くと、玄関に歩み寄り扉を開けた。


「やあ、お嬢さん」

「来るなら普通に来ていただけませんか。窓からのぞかれていたらびっくりします」

「のぞくなんて俺はそんな変態ではないよ。俺はただ、おまえが何を作っているのか見守っていただけだ」

「ラウルさん。そういうのを世間では、変態って言うんですよ」

「失敬な。俺だってさすがに着替えをしていたら見たりしないよ」

「ええ、それはもう犯罪ですものね。そんなことより、今日はどういったご用件だったんですか?」

「それはもう言わなくても分かっているだろう」


 何も約束はしていなかったが、ラウルの中ではすでに決定された予定になっているらしい。行きませんと言いたいところだったが、これが狩りとなると断れないのがモネであった。


 

 モネはラウルに連れられ、正門横のクエスト受注所にやってきた。まずは掲示板に今出されているクエストを確認しに行く。

 受注所には他にもたくさんの学生が集まっていた。そんななかやはりラウルはやってきただけでみんなが注目している。そしてそんなラウルと一緒にいれば、否応なくモネにも注目が集まっていた。聞き耳など立てずとも、ヒソヒソ声が聞こえてくる。


「ラウル様のとなりにいる子だれ?」

「さあ、少なくとも一年じゃないよな。あんな子いたら、おれ絶対覚えてるし」

「あんたほんと面食いだもんね」

「うるさいな。可愛い方がいいに決まってるだろ」


 誰もモネをモネとは認識していないようだった。

 モネのメガネは顔を半分以上覆うほどに大きく、そして常に曇っていた。だからメガネを外してしまえば誰だか分からなくても不思議ではないのだ。

 

(私だってバレてないのはよかったけど)


 やっぱりメガネがないと落ち着かない。

 周囲は好奇の目でモネをじろじろ見ていた。


「ねえ、あなた何年生? 見かけない顔だけど」


 ついに学生の一人が我慢しきれなっくなった様子でモネに話しかけてきた。

 面倒だがここで応えないと余計に面倒なことになる。

 モネは高速で返事の内容を考えた。

 自分がモネ・ルオントだとバレていないのなら、いっそその方向で応えておくのが無難かもしれない。

 モネは聞きかじったどこかの国の訛りを真似て、言った。


「ワタシ、コウカン、リュウガクセイ」


 瞬間、ラウルがとなりで噴き出した。質問してきた学生はその様子を見て怪訝な表情になる。ラウルが笑ったせいで、冗談を言ったように聞こえてしまったようだ。これでは渾身の返事が台無しである。


(いい答えだったのに!)


 心の中でさけんだところで相手はこちらの意図などくんでくれない。

 

「本当のところはどうなんですの? 新入生? あなたラウル様とパーティを組んでいるの?」


 これはもう正直に答えるしかないとモネが口を開きかけたとき、ラウルの背中が急に視界に入ってきた。


「あまりうちの子をいじめないでやってくれるかな」


 そうラウルに言われた学生は、顔を真っ赤にする。


「い、いじめるだなんてそんな。私そんなつもりではありませんわ」

「そうだよね。でもこの子ちょっと変わった子でさ。あんまりしつこくすると、ピンクの煙まみれにされちゃうかもしれないよ?」

「ピ、ピンクの煙……!?」


 学生は困惑した様子で、ラウルとモネの顔を交互に見る。ラウルはそんな学生の耳元に、その美しい顔をグッと寄せた。


「あと俺のパーティに興味があるなら、まず俺に尋ねてほしいな。俺が責任者なのに、無視されたら悲しいよ」


 学生にはそれがとどめの一押しになったらしい。耳を真っ赤に茹で上げヘナヘナと座り込んだ学生は、他の取り巻きたちに抱えられていった。

 その背中を見送ったのち、ラウルは満足げな顔をモネに向ける。


「さ、行こうか。交換留学生さん」


 その言葉を聞いた途端、モネは喉まで出かかっていたお礼の言葉を思わずのみ込んだ。まったくこの男は親切なのか意地悪なのかよく分からない。

 ラウルはさっさと行ってしまったので、モネは黙ったままそのあとを追った。



 掲示板に貼りだされているクエストは、基本的に魔物狩りのクエストがほとんどだ。しかし、なかには用務員さんの手伝いや資料作りなど雑用のようなクエストもある。

 モネは魔物狩りのクエストなら何でもよかった。

 そしてちょうどラウルが、シビレサンショウウオ捕獲のクエストに手をのばしかけたとき。受付係が新しいクエストの紙を持って走ってきた。


「緊急クエスト入りましたー! すぐに出発可能な方優先で受け付けます!」


 そういって受付係が掲示板に貼り付けた紙を見てみる。クエストの紙にはこう書かれていた。


「北の森にある『おかしな家』で学生が一人消えた。この学生の捜索及び、『おかしな家』を調査せよ」


 学生の捜索とはなかなか荷が重いクエストだが、ラウルは迷いない様子でさっとそのクエストの紙を取った。


「よし。これにしよう」


 モネは普通の魔物狩りの方が断然よかったが、ラウルに一々歯向かうのも面倒なのでただ静かにうなずいた。




 今回、捜索願が出された学生は、モネと同じ一年生で名をエルドリアス・クレマンといった。

 彼は昨日、クエストをこなすために友人と森に行って「おかしな家」を見つけた。そこでその家に住む老婆に会い、茶や菓子などを出されもてなされたという。しかしこんな森の中に住んでいる老婆を怪しく思った友人はエルドリアスに早く帰ろうと提案した。そしてその日はエルドリアスも友人も一緒に学園の寮へ戻った。ところが翌朝、エルドリアスは老婆が気になると言って一人でまた「おかしな家」に行ってしまったのだという。その後、昼を過ぎても帰ってこないエルドリアスを心配し、友人が先生に相談して今回のクエストが出されたのであった。


「今さらですけど、学生の捜索を同じ学生がやっていいものなんでしょうか」

「まあ先生たちの見立てでは危険度は低いという判断なんだろう。どうやらこのエルドリアス・クレマンという学生は、ずいぶんおっちょこちょいな学生らしいからな」


 学生の遭難をおっちょこちょいで済ませるのはどうかと思わなくもないが、すでにクエストは受けてしまったのだからこれ以上考えたところでしかたない。とモネは話題を変えることにした。


「ところで、その『おかしな家』があるところは森のどの辺りなんですか?」

「それがなぁ、エルドリアスの友人ははっきりした場所を覚えてないらしくて……」


 とそんな話をしていると、道の真ん中に、およそ森に落ちているはずのないものを発見した。

 モネはそれをつまんで拾い上げる。そして匂いをかいでみた。


「これは……」


 少しかじってみる。


「くっ……う!」

「おい、ばか! 何で食べた! 大丈夫か!?」

「…………う…………まい」

「は?」

「これ、バターの香りがきいてて、すごくおいしいクッキーです」


 モネが真面目にこたえると、ラウルはあきれたように脱力した。


「悠長に味わってる場合か。身体は何ともないのか? こんな森に落ちてるもの食べて、呪いがかけられていたらどうするんだ」

「大丈夫です。そういうのは匂いで分かりますから」


 モネは感覚が鋭い。特に呪いには敏感だった。もし呪いがかけられているなら匂いですぐに分かる。甘ったるい、でも嗅ぐだけで頭がズンと痛くなるような匂い。でもこのクッキーにはそんな匂いはなかった。


「匂いで分かるって。そんな人間がいるのか」

「私、他の人より感覚が鋭いみたいなんです」

「だからって落ちてるものを気軽に食べるんじゃありません。まったく、こっちの寿命が縮まりそうだ」


 そいういって肩をすくめるラウルの向こうに、また何か落ちているのが見えた。

 モネがラウルを周りこんで拾い上げると、それは棒のついた飴だった。


「なんでまたお菓子が……?」


 ふと道に視線を戻せば、少し行ったところにまた何か落ちているのが見える。

 モネはラウルの顔を見あげた。ラウルも同じことを思っているらしい。


「辿ってみよう」


 二人は落ちている菓子をたどって森の中を進んだ。



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