燃える闘魂、流れるトイレ
「多機能トイレって、滝のおトイレに、聞こえないか?」
私の発言が唐突でなかったと自信を持って言い切れる理由は、私と高橋がまさにそのとき公園の公衆トイレの前を通りかかっていたからだ。
「あぁ、あれって多機能トイレって言ってたのか」
高橋の反応が、力強い同意が得られるものと信じて疑わなかった、私の想定と違った理由は、本人に確認するしかなかった。
「それは、本当に滝のおトイレって言ってると思ってたって言うことか?」
「いや、違う。滝のおトイレって聞こえてはいた。滝のおトイレのわけないなって、思ってもいた。ただ、多機能トイレが正解だって言うところには至れてなかった」
「なるほど。で、どこには至れてたんだ」
「どこにも。世の中は気が付いているのも気が付いていないのも合わせて、聞き違いに溢れてる。そんな中で、滝のおトイレって言うのは、秀逸にセンスが良いなって感心してた」
「センスが良いって誰の?」
「さあ、誰のだろうな。ハハハ」
いまどき珍しい、日本酒の自販機の前を通り過ぎながら笑った高橋の横顔に、日本酒のラベルのブルーが映えた。
「ちなみに、俺の聞き違いの代表作と言えば、ルパン三世かな」
ブルーの名残りを横顔の一部に残したまま、高橋が言った。
「ルパン?」
「そう。ルパン三世のコマーシャルに入る前の、小ネタのとこ。ルパンがズボンを脱ぎながら不二子ちゃんに飛びかかったらボクシングマシーンにぶっ飛ばされたり、カッコつけて車に乗り込んだら車が爆発するみたいなやつ」
「あったな」
「あのとき、後ろで流れてるコーラスが、ルパン、ルパーンって聞こえてたんだけど、実はあれルパン・ザ・サードって言ってるんだよな」
「それは、高橋のっていうか俺ら世代みんなの代表作だ」
「まあ、それはそうだな。・・・じゃあ、あれもそうか」
「あれ?」
「アントニオ猪木の入場曲」
意識的なのか無意識なのか、高橋のアゴは、まるで似てないモノマネのように少し突き出されていた。
別にそのアゴの力を借りるまでもなく、高橋が口にした特徴的なサンバのリズムの入場曲が私の脳裏に蘇えると同時に高橋が言わんとしていることもすぐに分かった。
「燃える闘魂、アントニオ猪木の入場曲『炎のテーマ』の、最初のところのやつな。たしかに、みんな勘違いしてたな。って言うか、正解が分かったのって、結構最近だ」
「最近って言っても、20年くらい前だろ」
「それはないだろ。会社に入った後くらいだから・・・、あ、20年どころか30年近いな。年月の流れの早さは、ほんと恐ろしいな」
「そんなもんだよ。そんなことよりも猪木だよ猪木。入場曲の最初のところで、猪木ボンバイエ!猪木ボンバイエ!って二回コールが繰り返されるんだけど、それが猪木ガンバレ!猪木ガンバレ!って聞こえるんだよな」
高橋が猪木ガンバレ!の部分に、自然と弾むような節をつけると、子供の頃にテレビの前でプロレスの中継を見ていた時の興奮が蘇ってきて、歩きながらファイティングポーズを取った。
そんな私を高橋は笑いながら見ていたが、その笑顔が長く続くことはなかった。何かを思い出したように不意に素の表情を取り戻して、高橋が真面目なトーンで会話を続けた。
「実はこの間、ふとこの聞き間違いのことを思い出して、ユーチューブでこの曲を聞いてみたんだよ。そしたらさ、あれって聞き返すと、思った以上にはっきりとボンバイエって発音してるんだよな」
「分かる。俺も確認したことがある。みんなが聞き間違えるレベルじゃないくらいには、はっきりとボンバイエって言ってた」
「なんで、ガンバレって聞こえたんだろうな?」
高橋の問いかけが聞こえると、考えるより先に思いついた答えが口をついた。
「頑張って欲しかったからじゃないか?」
「なるほど。たしかに猪木って、子供の俺らから見ても破茶滅茶だったけど、常に超全力で頑張ってたもんな」
「頑張ってる人を見ると応援したくなるのは人間の本能だ」
私の一言に大きく頷いて、そして高橋がポツリと呟いた。
「俺らもまだまだ頑張らないとな」
丸めていた背中を伸ばし、二人で少し胸を張った。




