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汚された聖地 ~Life Goes On~  作者: 神波 由那
第1章
12/14

初めての告白

自主トレは、年明けの6日からだ。

綾がいつまでここに留まるか分からないが、自主トレ期間に突入したら、ホテルも移らなくてはならないし、綾には別の部屋を取る事になる。


夜も自主トレ仲間との付き合いがどうしても先になるから、今までより彼女と過ごせる時間は確実に減ってしまう。


クリスマスもとうに過ぎ、大晦日までもうすぐた。

とにかく短期間で、綾は前を向くだけの気持ちになれるのか?


部屋に戻って、どっちが先にバスルームを使うかとか、覗くなとかふざけているので、少し彼女は初めて来た時より頑なさは解けているが、それだけじゃ何も足りてない。


冬で部屋は暖房がかかっていたのだが、彼は上着を脱いで床の上でストレッチを始めた。


それは何となくモヤモヤした思いを吹っ飛ばしたいからでもあった。


「──何してるの?」


気がつくとバスルームから出てきた綾が、びっくりしたような表情でこちらを見ている。


「あ?いや・・・だいたいいつもしてる事だから」


「・・・やっぱり筋肉すごいんだね」


駿もとりあえずアスリートなので、写真に撮れば惚れ惚れするような肉体は持っていた。


「俺くらいの上半身なんて、綾ちゃんの周りでもいたんじゃない?」


それからこの部分を鍛えたらどの動作に効果的なのかだとか、筋トレやストレッチをする事によって実際のプレーにどう影響するかだの、駿は身体を動かしながら綾に話をすると、


「シャワー浴びてくる」


そう言って立ち上がった。


「もう、休みなよ」


駿が続けて言うと綾はベッドの方に戻っていったので、駿も着替えを持ってバスルームに向かった。


シャワーを浴びながら駿は考えていた。

綾の言う通り、男は単純である。彼女を抱きたいという気持ちはゼロではないし、出逢ってたった少しで寝る事など、今まで彼にとっていくらでもあった。


(綾ちゃんは受け入れてくれんのかな・・・いや、辞めといた方がいいに決まってるんだけど、でもな・・・)


綾を抱きしめたあの時の事を駿は思い出していた。


バスルームを出ると、綾は布団に入っていたのに抜け出して、駿を見ている。

彼がベッドに腰かけると、綾は自分のベッドから、いきなり駿の隣に座ってきた。


「ど、どうしたの」


意外な綾の行動にびっくりして、隣の綾を見つめていると、彼女はぽつりと言った。


「あなたが思った通り、怪我の記事は事実じゃない。

──練習中じゃない」


彼女のいきなりの告白に、駿は驚いたが、やっぱりそうなのか、と思って聞いた。


「じゃ、どうして?」


彼女は自分が来ているパジャマを指差して言った。


「これを脱がしたら、わかるよ」


えっ、と駿は彼女の続けざまの言葉に戸惑ってしまった。

これは彼女を抱いてもいいと言う事なのか?


「いや、だけどさ」


「早く」


綾は駿の手を無理やり取ると、自分の服の襟を掴ませた。

顔を見ると、彼女は俯きながら目を閉じている。

駿は片方の手で、テーブルのツマミに指を回して、部屋の明かりをほんの少し暗くした。


その後、彼女の肩に手を回してみると、綾もそっと駿の身体に両手を伸ばしてきた。


駿は殆ど衝動に駆られ──

綾の唇に、自分の唇を重ねた。

思いのほか、彼女は抵抗しない。

本当に覚悟をしているのだろうか?


ゆっくりと舌を絡ませるが、やはりぎこちない。それでも彼は興奮と、確かな愛情で──綾を自分のベッドに寝かせる。そのまま、片手は彼女のパジャマのボタンを一つずつ外していった。

それでも、綾は駿の肩に手を回したまま身を自分に預けている。


女性を抱く時そうするように、駿は綾の耳に軽く息を吹きかけ、彼女の首を指で擽ったり、耳の裏からうなじに舌を這わせてみる。


軽く綾の身体がピクっと反応する。

お互い徐々にその息が荒くなる。


が。


綾の上着を脱がし、下着にそっと手をかけようと彼女の身体を見た時だ。


駿は自分の身体に感じた事のない戦慄のようなものを感じた。


綾の──上半身のそれは普通ではなかった。


所々に痣がある。

それだけではない。

傷を縫った痕が幾つも彼女の身体を走っているばかりか、左腕は確かに骨折したであろう痕まであった。


薄明かりの中でも、それははっきり確認できた。


駿は続けるはずの動作をすっかり失い、彼女のそれを見つめて動かない。いや、動くことが出来なかった。


「──事故にあったの」


「えっ・・・?」


「あの怪我って言うのは、交通事故にあったせいなの」


綾は駿にとって思いもよらない事実にすぐ言葉が出なかった。


「それが、──絶望的な怪我の理由?」


綾は頷く。そして続けた。


「一緒に乗っていた人は亡くなってしまった・・・そのひとって、彼氏だったの。だから・・・」


「ごめん」


駿は思わず謝った。そんな思い出があったのに、無神経に車に乗せてしまったからだ。


「・・・車怖かったよな」


「それは、もういいの。それだけじゃないけど、わたしが絶望してしまった事のひとつはそれなの」


「そんな大事な事を、俺に言っても良かったの?綾ちゃんは・・・」


綾は目を逸らしていたのを駿に向けて、言った。


「駿さん・・・ううん、もう駿くんでもいい。

駿くんなら話せると思った。受け止めてくれそうだと思った」


駿の心の中はかなり混乱してぐちゃぐちゃになっていたが、自らが仰向けにした綾の身体を抱きしめた。


「辛かったな」


「うん」


「でも、ありがとう。大事な事を打ち明けてくれて。だけどさ・・・」


駿は今にも自分が泣きそうになるのを抑えて続けた。


「こんなんで、普通に抱けないよ」


「そういうものなの?」


「決まってるだろ。綾ちゃんの事俺はね、軽くは思ってないから。こんなん見たら簡単には・・・無理だよ。だけど」


「え・・・?」


駿は抱きしめた腕を一旦離すと、もう一度傷だらけの綾の身体を見た。


彼女の露わになったそれに、涙がひと粒落ちた。


駿は、綾の傷ついた痕ひとつひとつに接吻をする。幾つも走るそれに、ありったけの思いをこめながら。


「後ろ向いて」


綾の手を握りしめると、彼女も軽く、でも確かに強く握り返すのが分かった。


彼女が駿の言う通りうつ伏せになると、やはり背中にも幾つか痣や傷跡がある。


上半身だけでなく、駿は下の服にも手をかけてそっと脱がせた。綾はなすがままにそれに応えている。


彼女の膝にも足にも、同じように傷跡が残っていた。やはり、脚にも骨折したような大きい縫い傷もあり、痣もいくつもある。

駿は上半身のそれと同じように、傷跡に接吻を何度も繰り返した。

よほどの事故だったのだろう。後遺症もあるかも知れない。この季節のように寒ければ傷跡はもっと傷むはずだ。


それより綾は心に大きな傷を、恐らく幾つも負っている。自殺に走った原因のひとつも、自分が見ているものが含まれている。

それでも。


駿は幾つもの傷跡に接吻した後、再び綾を抱きしめて言った。


「ここまで生きてくれて・・・ありがとう・・・」


駿は続けた。


「綾ちゃんが死のうって思うまでに、出逢えてよかった。」


「駿くん?──わたしを見つけてくれてありがとう。

駿くんじゃなかったらね、たぶんついて行かなかったような気がしてるの。なんでだろうね」


「さあね・・・でも綾ちゃん、諦めたって言ってたよね?バスケには戻れないかも知れない。けど、まだ生きていたいよね?」


綾は頷いた。


「少なくとも、今は」


「それだけで充分過ぎるよ」


いつの間にか泣き止んだ駿は我に返って、自分が脱がした綾の服を元通り、彼女に着せようとした。


やっぱり今は、この先からはどうしても無理だった。


「今は・・・この先は無理だから、服着て」


「え?別に・・・正直、駿くんならいいんだよ?わたし」


「それでも無理。俺の心に覚悟出来てから」


「──これから隣に寝ていても?」


駿は一瞬ギクっとした。隣に寝ていたら男だ。

彼女を抱きたい気持ちと大切にしたい心が果てしなく戦うような気がした。


「ん・・・まあ、我慢するかな。それに──俺らの関係って何だと思う?友達って感じとかでもないっしょ。」


「先を超える仲間かな」


「微妙だね」


そう言いながら、しっかり綾を隣で寝かすように布団をひろげる。


綾は服を着直すと、駿の広げたベッドの中に入り込んだ。


「駿くん。気持ち分からないってわたし言ったけど・・・

たった数日なのに、好きになりそうかも」


「えっ?」


駿はオドオドしながらも、自分もベッドに入り込み、綾の肩に手を回した。


まるで本当に深い仲のようだ。


でも勢いとは何だか違う。


「綾ちゃん」


「ん?」


駿はもう一度綾を抱きしめて言った。


「俺は、もうとっくにマジだから」


駿は言葉を続ける。


「あの場所で会えて良かった」


そう言うと、再び綾にキスをした。


綾もそれに応える。自分を抱きしめて来る腕の強さが、どことなく強く感じる。


駿は単純に嬉しかった。


綾が大事な事を告白してくれた。

彼女の身体が示したものがどんなものであれ、自分はそれに触れられた事。


こんなにも大切にしたい女性が、今までいただろうか・・・。


二人はその晩初めて、ひとつのベッドで眠った。

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