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東の城が落ちた  作者: 中山ヨウスケ
 第一部  アストラン陥落
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05  文明の音がする

 先月議会で工場法が制定されて以降、市中は乞食で溢れかえっていた。十二歳以下の労働が禁じられ、両親を失った孤児たちには、明日の食事も保証されていない。この少年なんて、最後の食事は五時間前に貰った食パン一枚である。本当なら明日のために取っておきたかった。だがもったいぶっている余裕はない。少年は諦めてパンをちぎり、一切れ一切れ大切に、ちまちまとそれを頬ばっていった。


 しかし時間は容赦ない。ついに今、その食パンも底をつき、少年はいよいよ生きる糧を失った。命を繋ぐため、少年は市場に足を運ぶ。食べ物を分けてくれないかと、市民に必死で頼み込むのだ。しかし誰もが生活に苦しむ今、彼に食事を分け与えるお人よしなんて、市中を探してもいやしない。


 少年は市場から横道に逸れ、人気の少ない裏路地に入った。するとそこに、凹み一つない綺麗な金属缶があるではないか。少年はすぐさまそれを拾った。栓を開けると中には乾燥茶葉が入っている。紅茶を飲んではいけない、と以前親に釘を刺されたのを思い出したが、命には代えられぬと思い、覚悟を決めて口を開いた。トントン叩いて缶を揺らし、茶葉を口へと流し込む。思わず一瞬咳き込んだが、意を決して飲み込んだ。しかし現実は酷である。どうやら少年の体には合わなかったらしく、しばらくすれば体中に発疹が現れた。すぐに体中が痒くなって、少年はその場に寝込んでしまう。力尽きた少年は、路地の端で仰向けに倒れ、さんさんと照る太陽に目を細めた。


――大人たちはきっと、俺ら子供のためだと思っているのだろう。でも、俺のような親のいない十二歳にとっては、炭鉱での仕事こそ最後の生命線だった……体なんてどうでもいい。排気で体中黒ずんでも、俺には金が必要だったんだ。明日の飯のための金が、嫌でも必要だったんだ。なのになんだ、子供の心身保護だって? 馬鹿げてる、貴族の連中は何も知らないんだ。あいつらは紙に法案を書いて口論するだけ……俺の苦しみなんて、頭の隅にもない――


 少年はそんなことを考えながら、じっと地面に寝転がった。だがその途中、ポケットに入れてあった汽車の切符が頭に浮かんだ。これを使って機関車に乗れば、どこへだって行けるかもしれない。その考えはすぐさま一点の光明となり、少年に動く勇気を与えた。何ならこんな国出て行ってやろうじゃないかと、そう少年は意気込んで、再び凛と立ち上がった。


 歩き出した少年は、最後の力を振り絞り、最寄りの駅舎へと向かって行った。数分歩いて駅に着くと、汽車はすぐにやって来る。やけに陽気な汽笛の音は、さながら〝文明の音〟である。しかし今を生きる少年にとって、これは紛れもなく〝希望の音〟だ。


 少年はおぼつかない足取りで三等車に乗り込んだ。やっとのことで確保した座席は、なんだかとても柔らかかった。少年は間もなく眠りにつき、半開きの窓に頭を寄せる。やがて汽車が動き出すと、風と共に黒煙が流れ込んできた。少年にとっては嗅ぎなれた匂いだ。ポッポーと三度汽笛を鳴らし、汽車は平原を抜けていく。


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