第二話 ルーナのいない戦場
月の光が容赦なく降り注ぐ夜。あの時、ルーナクレシエンテが侵攻できなかった左翼側の戦場でルナリェナは戦っていた。
最近は深都が指揮する私達の大部隊はここでの海上戦が主になっているらしい。攻略した右翼側は深都が年上の指揮官の兄達が率いる大部隊に任せたと言っていた。そしてルナリェナは何よりも大切な、何ものにも代えられない片割れを奪われた怒りを目の前の深紅の炎皇が率いる皇都騎士団と皇都軍にぶつけていた。
「集中放出術・満月の矢々!!」
ルナリェナの放った集中放出術はいつも以上に、的確に皇都軍を貫いて地球広海に沈めていく…だが、そんな大雨のような集中攻撃の中をただ1人だけ前進してくる、一際強い魔力を感じた。
月の一族の独壇場である夜だというのに、大きな怒声をあげる赤い炎の塊が近付いてくる。
「あの炎の塊…やっかいだわ。皆、散開して。深紅の炎皇を近付かせないように!」
あの赤い炎の塊…やはり、深紅の炎皇だ。夜で太陽神の加護が無く炎の威力は青から赤に落ちているのに…さすがは第二皇子と言うところだろうか。
ルナリェナは近付いてくる彼の存在に気付くと、自分の部隊に近寄らせないように命令を出しながら周りの風を霊力を使って操る。
接近戦を得意とする深紅の炎皇など、いくら月の光の加護がある今の時間帯でも近付かれたら厄介でしかない。自分は遠距離戦の方が好みであり、接近戦は自分の片割れであるルーナクレシエンテの得意とする戦い方なのだから。
「騒がしい地球人ね…“のぞみ”を返せですって?そんなことを言うなら、私にルーナを返して!!」
ルナリェナが霊力で操る風で深紅の炎皇の進む道を妨害しているというのに、彼はその中を力任せに進んでくる。
そんな戦い方など、太陽神の加護の無いこの時間帯にすることは間違っている。そう思うのに、同じ兄弟といってもこの前の時に戦って勝った疾風の氷皇の戦い方とも、ずっと姿を見せたことの無い無影の雷皇とも、この目の前の深紅の炎皇の戦い方は違う。それに、性格も違うらしい。
ーーー牡丹一華の小風!
さらに距離を詰めてくる深紅の炎皇の接近を妨げるように、遠くへ吹き飛ばすようにルナリェナはもっと霊力を込める。
「お前が希を!希を返せ!!」
何故だろうか、戦場も霊力も加護も…何もかもがこの目の前の地球人、深紅の炎皇より勝っている状況のはずなのに。彼の魔力に押し返されている気がする…否、彼の想いに月の一族の部分が気圧されている。
「私は、彼の想いに負けているというの…?」
ルナリェナがそう感じた瞬間、すぐ目の前に深紅の炎皇の赤い炎を纏う大剣が迫ってきていた。
そのため、ルナリェナはいつもの片割れとの稽古で慣れた動作で大弓を召喚して前に構えた。どうしてだろうか…深紅の炎皇の想いは、月の一族の私までとどくと確信できた。
ーーー「オレはもっと兄貴みたいに強くなって皆を守れるようになる!」
ーーー「僕も皆が笑顔で暮らせるように強くなるよ!」
ルーナクレシエンテと一緒に、いつかきいた誰かの願い。それが今、何故かルナリェナの脳内に再生されていた。
そんな瞬間、ルナリェナの召喚した大弓を断ち斬ってしまいそうな勢いでもう一度振り下ろされようとしている深紅の炎皇の大剣が大きな金属音と共に動きを止めた。
「リェナ、深紅の炎皇なんかに何を手こずってるわけ?」
少し前から見てた、と蛍は下から深紅の炎皇の大剣を両手に召喚していた2本のナイフで十字に受け止めながら押し返した。見ていたのならすぐ来てくれればいいのにと内心で思いながらも、ルナリェナは傷付いた大弓を召喚し直して後ろに下がった深紅の炎皇の着地する足を狙って矢を放った。
舌打ちしながらも深紅の炎皇がステップでその矢を避けると、ルナリェナの目が本気になる。そんなルナリェナの気持ちを背中に感じつつ、蛍はすかさず地を蹴って深紅の炎皇に構えるすきを与えずにナイフを首に向かって斬りつけた。
「もらった!」
「捕縛術・満月光の捕縛」
ルナリェナも先ほどから準備していた捕縛術を発動させる。深紅の炎皇の周りに満月のデザインされた小さな陣がたくさん浮かび、発光し出した。陣から発せられる満月の光で深紅の炎皇の動きを封じる。
“霊力で拘束された”と悟った深紅の炎皇の焦った顔がルナリェナにはよく見えた。これで、蛍が深紅の炎皇を倒せば…残りの厄介な敵は無影の雷皇とアース皇国の皇帝のみになるのだから。
「くそっ!動けねぇ…」
深紅の炎皇が必死に魔力を放出したり、手足を動かして抵抗するがルナリェナの霊力の方が強いため無意味に終わる。
ルナリェナと蛍が勝利を確信した、そんな瞬間…無数の稲妻が闇を駆け抜けて蛍を撃ち、ルナリェナの方にもまるで生きているかのように伸びてきていた。
ーーー無影の雷皇の攻撃魔法…!?
蛍を攻撃されたことで“無影の雷皇”の存在に気付いたルナリェナは瞬時に後ろに下がって結界術を展開しようと思ったが、いつの間にか多重の結界術に守られていた。反射的に後ろにいたはずの自分の部隊に目を向けると、いつの間にかいた蛍の部隊と組んでいて…中型浮遊陣に乗り込んで召喚術や砲術系の術で狙撃を始めていた。
蛍が来たのだから、彼の部隊がいるのは当たり前で…それに、この戦術の方が合理的だと前に深都も言っていたし、機会があればその戦術を試したいとも言っていたような気がする。
「兄貴がリェナの部隊とやろうとしてた戦略、聞いといて正解だった…」
「蛍も結界術が間に合ったのね」
良かった、とルナリェナは無傷の蛍を見てホッとする。だが、今の無影の雷皇の雷の攻撃魔法で有利だった形勢は変わってしまったし、それが原因で集中が途切れて深紅の炎皇の動きを封じていた捕縛術は解けてしまっていた。
いつの間にか無影の雷皇が率いる皇都騎士団の人数が増え、第弌部隊の副隊長が深紅の炎皇と背中合わせでこちらの集中放出術の狙撃による攻撃に対応していた。
「やっぱり深都の戦略だったのね…これなら無影の雷皇がいても戦えるわ」
「とりあえず、オレが前に出てあいつら何とかするから。援護は任せる」
そう言って蛍は空中を駆けながら再び深紅の炎皇達に戦いを挑んで行く。
そんな蛍を見送りながら、ルナリェナは蛍の部隊の後ろに行き、大弓を構えて光り輝く矢を召喚する。確かにこれなら、気配の読めない無影の雷皇の不意をつく攻撃も接近戦が得意な深紅の炎皇も気にせず敵を正確に射ることだけに集中できる。
でも、この戦術には1人で深紅の炎皇と第弌部隊の副隊長を同時に相手にしなければならない蛍が1番負担が大きくなるという弱点がある…やっぱり接近戦で能力を発揮するルーナクレシエンテがいないのは月の一族にとって大きな痛手だ。
「ルーナ…助けに行くから、待っていて・・・」
ーーー満月の矢々!
ルナリェナは蛍を動きやすくするために天高く光り輝く矢を放つ。邪魔な深紅の炎皇の動きを鈍らせる目的で集中放出術を容赦なく、無数の光り輝く矢を降らせた。




