最終話
「…………」
ノルデアン王城の執務室の中は重い雰囲気だ、ハスディアの言葉を聞いた者達は何も喋らず、ただ信じたくない、と思っていた。
ドンッ!
豪華絢爛な机が音を立て真っ二つに割れた、その中心の拳は今にも血が出そうな程握り締められている。
「…どォいう事だッ! ユキノが死んだってッ!? ふざけるのも大概にしろやッ!」
吉報を待ち望んでいた特Sクラスの者達に告げられた残酷な真実。
「………落ち着いてください」
玉座に座るメリアの目元は赤い、三日前ハスディアに話を聞いた時から枕を濡らしていた。
「…辛いのはフレナドールだけじゃないんだよ」
分かっている、そんな事、だが、それでもこの感情をぶつけなければやっていけない、前に進む事すら出来ない。
フラフラとヒムニ・エリザベートは部屋から無気力に出ていくそれを皮切りに、ひとり、またひとりと部屋から無言で退出していく、その目に光はなく、目じりには小さな粒が浮かんでいた。
「生きて、帰ってくると、言ったじゃ無いですか……」
部屋に残ったメリアはそう呟き涙を流した、メリアは後悔している、何に、と問われれば答えることは難しいのだが、とにかく後悔していた。
20歳という若い英雄の眠りを雪乃を知る皆が悲しんだ、だが、それ以外の民草は平和になったことを喜び、安堵したのだった。
人に語り継がれる十六夜雪乃の物語はここで終わる、だが、物語ではなく、生きた道はまだもう少し続いていく。
街の郊外、フェルナ達の家の庭には、
『ユキノ イザヨイ ここに眠る』
と、記された墓石があった、ここには雪乃を知る者が時々花や土産を持って現れる、そして、土産話をもってやってくる。
約三年、ノルデアンが中心となりほかの三国、ミューレ王国、レディア、オケナシア、は見事復興を果たした、大陸を四分割しそれぞれに違った役割が与えられた。
また、特Sクラスの者達はそれぞれ違った道を歩んでいた。
フレナドール・グレイドは家名を捨て『旅に出る』と書き置きを残して消えてしまった、その行方知るのは時折連絡を受けるメリザぐらいだろうか、そのメリザ・ツバイは王立魔道騎士育成学院 フェレノアの非常勤講師をする傍ら勇者を題材とした本を書き記した。
ヒムニ・エリザベートは行方不明、誰もその場所を知らない。
ソーンズ・コアネラはシルフィア・ネイバーの料理の腕に惚れ込み修行に励んでいる。
スレイ・テヌイネは教師になるために猛勉強をしている、それを支えるのはアデマンだ。
「よ、ユキノ、お前のところには行けねぇからよ、こっちで報告させてもらうぜ、俺はクイーナと結婚する、それと、お前のいた部屋俺の妹が使わせてもらってるぜ、心配すんなみんな元気でやってる、それと、ハスディア、いるんだろ?」
「……あぁ」
ハスディアが木陰からバツの悪そうな表情でゆっくりと歩いてくる。
「…随分、寂しくなっちまったなぁ」
「今の生活にユキノがいたらどうなってたのかねぇ」
「フッ、それこそありえないさ、あいつはああする為に転生したんだからな」
ハスディアは懐から小さな瓶を取り出し中身を墓石にかけた。
「…お前のところではこうするのが供養らしいな、お前のために造らせた酒だ、心で感じ取れ」
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魔界深層、そこにはこじんまりとした小さな家が立っていた、とても豪華とは言えないが温かみのある小さな家だ。
ここにドアは必要ない、知性ある魔物はもちろんのこと知性のない本能のみで生きる魔物でさえも近づかない、それもそうだろう、魔王と勇者がすむ家など命令やその二人に会うため以外では近づきたくもない。
その家に一つの人影が近づいていく、影の形からして女性だろうか、その足に力は無く、肩からは赤い染みが広がっている。
コンコン
ノックだ、まるで知人の家に訪ねるかのように優しくドアを叩く。
「はい……!?」
扉を開けたのは雪乃だ、その影を見た表情は驚きに包まれている。
「…ひさしぶり、ふふ、やっぱり、生きてた」
安堵したのか足から力が抜け倒れる、それを雪乃が支え家の奥に連れていく。
その女性はヒムニだった、実力的にも体力的にもここに来るのは不可能なはず、それでも三年かけてここまでやって来たのだ。
鼓動は弱々しく、今にも止まってしまいそうなほどに衰弱していた。
「李彩音!」
「どうし、ッ!」
動揺する二人に目もくれずヒムニは口を開く。
「…私は貴方が好き、でも、それ以上に貴方は、彼女の事が、好き、だから、こうしたんだよね? 貴方が幸せなら、私はそれでいい、でも、一つ、せめて、これだけは、言わせて、貴方と過ごした半年は凄く、凄く凄く、楽しかった、ありがとう、それと、さようなら、私の好きな人」
ヒムニはそれだけ言うと立ち上がり両手で優しく雪乃の頬を抑え、額に唇をあて、足早に扉を開けて走り去った。
額へのキス、その意味は『友情・祝福』ヒムニはどんな思いでそこを選んだのか、決別か、それとも… いや、これ以上はあまり語るべきではない、それこそ『神のみぞ知る』と言うやつだ。
「じゃあな、もう会うことも無いだろうけど… 俺も好きだよ、友達として」
「…………ごめんなさい」
「なんで?」
「私が貴方の友達を奪ってしまった…」
「いいよ、別に、俺が選んだんだから」
雪乃の残り寿命は10年も無いだろう、その10年で李彩音が今まで掴めなかった幸せを、たった二人で掴み取るのは、そう難しくは無いだろう。
二人が選んだ世界、それは二人のみの狭い狭い家の中で邪魔する者などどこにもいない、二人だけの世界、一万年想い、十年間だけ見れた夢、刹那のようで、それでいて鮮明で、忘れようのない美しい歌。
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「先に、逝くわ、李彩音はこっちに来るなよ?」
「ええ、私はあなたと同じ時は生きれない、分かっていたから、大丈夫だから、安心して?」
「そうか… じゃあな……」
十六夜 雪乃
30歳という年齢で一人天に召された、残された李彩音は感情を殺し、神として生き、家を捨て、天界で下を見る。
━━━ 異世界幻想曲 完 ━━━




