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64話 祖の神

 

(うぅ、痛い… なんで痛ぇんだよ)


 引き締まった無駄のない身体、かと言ってメリハリが無い訳でもない、そんな体を縛る赤黒い棘、魅惑的ではあれど至る所からの出血が痛々しく目も当てられない。


(不味いな… 動けねぇ、追いつくどころじゃないな)



 ◇◆◇◆◇◆


 ━━━連合国家ノルデアン 正門前 平原━━━


「しかし、本当に来るのでしょうか?」


 総合騎士長であるレギエナが敬語を使う相手、元々丁寧口調の彼でもニュアンスが違う相手がいる、高位の位に就く王族、国王であるメリア、そしてハスディア、精々両手で数えられる程だろう。


「なにが?」

「敵です、ハスディア様の言葉ですと九割程の確率で来る、という事でしたが… 魔王城に攻めている事は知られていないのですよね?」

「いや、多分気づいている、一度だけ遠目で見たがアイツはヤバい、下手すりゃ全盛期のミカよりも強い」

「ミカ、様ですか?」

「あぁ、話してなかったな、俺の元主、でこことは違う世界の魔王、国どころか星滅ぼしたヤバいやつ」

「………つまり、魔王は、星を滅ぼせる、と?」

「あぁ、ッ、来たぞ! 総員戦闘配置!!」


 統率の取れた狂いのない防衛陣、地平からありえない速度でこちらに向かってくる影、その正体をいち早く掴んだハスディアは、


「全員防衛にのみ力を入れろ! アイツにはお前らじゃ勝てねぇ!」


 と、叫び”悪魔の涙(デビルティア)”を装備し、羽を出して影に向かって飛び立つ。


 5秒、それが約10キロの距離を詰めるのにかかった時間だ、ふたつが決してノルデアンから遠くはない場所でぶつかり合う、その衝撃は核爆弾と言っても過言では無いほどだ、そこまで行くとノルデアンも無事では無いはずだ、しかし当のノルデアンは無傷、それどころか塀の外にいる兵士たちも無事だった。


「ッ!!! 痛ったぁぁぁぁい!」


 影の苦労人か、否、想い人の帰りを待ついたいけな少女、それが王都中に上位保護魔法である”新緑ノ守護”を張り巡らしている。

 絶対的な守り、しかしフィードバックに裂けるような痛みと呼吸器官の麻痺などがあり、常人、人であれば即死してもおかしくない苦痛を伴っている、にも関わらず痛いで済むのは流石と言っていいだろう。


「大丈夫ですか? これでも分割してますが…」

「うぅ、痛いだけですから… 我慢できます」


 地下迷宮にいるはずの天使達レイリエル ファザリエル デイリル ビリエル ルリエル デモエル デビリュエル達がデモエルのスキル”痛覚共有”で痛みを八等分しクイーナをバックアップしている。



「久しいのぉ! ハデス! カカカッ、腕を上げたな!」

「うっせぇ、いちいち叫ぶんじゃねえジジイがァ!」


 大鎌と戦斧、弾ける火花、烈火のごとく因縁が燃え上がる。


「うむ! よいなぁ、全身全霊で戦うのも」

「あぁ、てめぇみてぇなジジイに引導渡すのも俺の役目だ」


 サタンはハスディア同様ミカの部下だった、三人の精鋭に一人の落ちこぼれ、最初に呼ばれた時はそうだった、もっとも今は三人の精鋭のみになってしまったが。


「本当強くなったのぉ、昔とは大違いだ」

「チッ、いちいち癪に障るんだよ! 親気取ってんじゃねぇ!」


 ハスディアは戦いながらも昔を思い出す、今とは違い弱かったが充実していた日常、五人でふざけ合い、騒いでいた、だが、そんな日常はミカの自殺で終わりを告げる、その日から四人は2人の女性を覗いて不仲になってしまった。

 悪魔とは元々一体で生きていける能力があり、孤独など感じない、何より”自分が一番強い”という気持ちがあり他者を認めない、自分より強い奴は許せない、いわゆる自己中心的な思考、その傾向が最も強かったのがバアルだ、バアルは自らの記憶を消し冥界の奥底で眠りについた。


「クハハッ! そうかそうか救っ(殺し)たか、バアルを」


 サタンの魔王(サタン)たる所以、それは、圧倒的な洞察力、百手先まで全て計算できる演算能力、そして世界中探しても唯一のスキル”無”を所持している事だ。


「あぁ、こちとら何千年冥府の王やってんだと思ってやがんだぁ?」

「クククッ、ようやく我が喰うに値したか」


 サタンが放っていた存在感が一瞬にして消失する、それは全ての感知系スキルをくぐり抜けるという事を意味する。


 黄金の輝きを放つ刃がハスディアの左腕を切り飛ばす、切り離された左腕は力なく地面へと落下を始めた。


「チッ、ったくよぉ」


 ハスディアは小さく「借りるぞ」と呟き、腕を再生する。

 元々ハスディアには再生系のスキルは存在しない、あるとすれば”常黄泉”による治癒速度の強化程度のはず、ならば自分の知らない間に新たなスキルを得たとしか考えられない、しかしハスディアが得られるスキルは全て計算した、結果はあるはずない(・・・・・・)、だった、いや、一つ、小数点以下の限りなく0に等しい確率で得られる可能性のあるスキルがあった、それはこの世界のものではなく、サタンがもっとも憧れた能力だった。


「…」


 ここに来てようやくサタンの表情が曇り出す。


「ッ、貴様ァァァァ!」


 半径10キロ、サタンを中心に何も無い”無”の空間が生成される、明らかな怒り、サタンの魔力は怒りに支配され闇雲に、有機物無機物に関わらず全てサタンの魔力に変換される。


「何故そのスキルを持っているッ! それはあの御方の力だッ! 貴様如きが扱って良いものでは無いッ!」


 憤怒、それがサタンの罪、そして武器。

 怒りに任せ斧を振るう、しかしそれがどんなに早かろうと、どんなに鋭かろうと、ハスディアには届かない、サタンの細胞が、魂がハスディアの圧倒的な魔力に怖気付いて一歩引いているからだ。


「あぁ、ミカのスキルは俺に扱えるような代物じゃねぇ、だからそれを元にして俺に適応させた、それだけだ」


 空に浮かぶ羽を掴もうとした所で掴めはしない、宙を舞う蝶はまるでそこには存在しないようにヒラヒラと舞い踊る。


 ハスディアは悪魔という種族の壁を打ち破り、新たな存在へと姿を変えた、漆黒の鴉のような翼は蝶の羽のように薄く、ステンドグラスのように鮮やかに、そして全てを包み込むように優しく。


「何だそれはッ! 何故いつもお主ばかりなのだッ! いつもあの御方のそばにいたッ!」


 癇癪を起こした子供のように純粋な怒り、ただ気に入らない、それだけ、幼い殺意に強靭な体、ハスディアが”神祖”へとたどり着かなければ一瞬で勝負はついていただろう。


「これか? これは”神虐之翼”だ」


 ハスディアの体が少しブレた、刹那、サタンの四肢に痛みが発生する、末端から頭にかけて等間隔の痛み、悪魔に痛みは無いはずだった、命が出す危険信号、これ以上攻撃を喰らえば命が危険だと、魂が発するシグナルが断続的にサタンを襲う、発狂、絶命、その恐怖は計り知れない、生まれ落ち数千年、立つのは常に頂点だった、サタンが自分よりも上と認めたのは二人、ミカとグレリアだけだ、その二人を軽く超える威圧感、存在だけではなく体ごと押しつぶされそうになるほどの恐怖、死んでしまえるのならばどんなに楽だろうか、たった1秒にも満たないはずの時間が永遠のように感じる、それは悪魔のような笑みを浮かべる悪魔の仕業だった。

 思考速度上昇、及び知覚感覚倍加をサタンに付与し痛みを与える、なまじ上位存在であるが為にその苦痛は、死ぬまでの時間は、感覚として一秒を数百年以上に感じさせる。


「…絶望しながら勝手に死ね、お前が償える唯一の方法だ」


 世界を揺るがす力を得た新たな存在が誕生した、何も無い空間が晴れ、青空がハスディアを祝福する。

 もっとも、それが本当に良い事なのかは一人しか知らないだろう。

 彼女は真理を知った、知ってしまった、全てを、全てを知った時、世界の真理を紐解いた時、膨大な知識量は狂気になる。


「ッ、アa? j&G8j&G8j&G82z,oDag&Etj_8c3A!」


 もはや彼女は人間が理解する事が出来ない不可侵の存在へとなってしまった、それは、あまりにも不条理で、あまりにも寂しそうだった。

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