第25章 私じゃない、君じゃない
第25章 私じゃない、君じゃない
「星羅、大丈夫かい?」
星羅が目を開けると、不安げに彼女を見つめるナオトの顔があった。
「ナオトさん?私、一体どうして?」
ナオトの膝に寝かされていた星羅は事態が飲み込めないまま、ゆっくりと身を起こす。それを手伝いながらナオトが事の次第を説明した。
「すまない、具合が悪かったことに気がつかなくて無理をさせてしまったね」
ナオトの話では、人混みを歩いていた星羅が突然座り込んだため、慌てて路地裏に離れたところ、気を失ってしまったとのことだ。
そうなのかな?私、具合が悪かったの?わからない、なんでか頭がぼんやりして何も考えられない…
「気分が優れないんだろう?きっと貧血だと思うが、早くエイト君たちの所へ戻ろうか」
促されるままに立ち上がり、ナオトに支えられるようにして路地裏を表通りに向かって進んだ。始めこそ足元がおぼつかなかったが、徐々に足取りがしっかりし、表通りに出る頃には1人で歩けるようになっていた。だが依然として、頭は靄がかかったようにぼんやりしていた。
お昼ご飯を買うという目的は果たせぬまま、レンたちの元へ戻った方がよいと判断したナオトは、星羅を気にかけながら人混みを歩く。ようやく見えてきた噴水広場に腰掛けていたエイトが先に星羅に気が付き、それを隣のレンにも教えていた。
「星羅?大丈夫か?」
星羅をみたエイトが自分の席を彼女に譲る。その時になって初めてレンも星羅の顔をみたが、その横顔はどこかぼんやりとした表情をしていた。ナオトは2人にも事情を述べ、とりあえず何かしら食べさせたほうが星羅の回復も早まるだろうと考え、今度はナオトとエイトが出かけることになった。
先程のエイトと会話の後で星羅と2人きりになるのは、レンとしては気まずいことだったがそんなことを言っている場合でもなく、彼は隣に座る少女をチラリと盗み見た。
星羅は相変わらず心ここにあらずのまま遠くを見つめている。今までみたことのない彼女の姿にレンは不安を感じ、少女の名を呼んだ。だが、
「・・・・」
星羅はレンの声が聞こえていないのか、返事をしない。もう一度名前を呼ぶが、やはり返事はなかった。
「星羅!」
異様な少女の雰囲気に、レンは星羅の肩をつかむと無理やり自分のほうを向かせた。それでも星羅は驚く素振りはなく、ただ小さく首を傾げただけだ。
「ごめん・・・・、何度呼んでも反応がなかったから。まだ気分が悪い?」
「ううん、大丈夫」
星羅はそれだけ言うとまた前を見据えた。
なんだろう、この違和感・・・・。まるで星羅じゃない誰かを相手にしているみたいだ
「星羅、いつから具合が悪かった?こっちの世界に来るときから?それともエリザの街へ来てから?」
今度はレンの問いかけに反応し、星羅はゆっくりと顔をこちらに向けた。
「わからないの」
「わからない?それじゃあ、本当にナオトさんと歩いていて急に具合が悪くなったの?」
その問いかけにも彼女は小さく首を傾げ、「わからない」と言った。
やっぱりおかしい。何があった?今朝はいつもの星羅だったのに・・・・・。ナオトさんと2人でいる間に何かあったのか?
「星羅、ナオトさんといる時に何かあった?」
星羅は路地裏で目を覚ましてからずっと夢の中にいるような気分だった。何か思い出さなければいけない大切なことがあるようにも感じるが、思い出したり、考えようとすると靄がかかったように何も考えられなくなるのだ。
怖い・・・・、助けて・・・・
心の奥深くで、そう叫んでいる自分を感じるがそれを言葉にすることも、なぜ怖いと感じているのかも星羅にはわからなかった。だが、まるで自分の意思を誰かに押さえつけられているような違和感だけは感じた。
「星羅!」
突然名前を呼ばれ、肩を掴まれたかと思うとレンの不安そうな顔が視界に入った。
「ごめん・・・・、何度呼んでも反応がなかったから。まだ気分が悪い?」
何かに怯えるような表情をしたレンは、ゆっくりと星羅の肩から手を離し、すっと顔を背けた。
「ううん、大丈夫」
そう答える自分の声すらも遠くに感じながら、星羅はまた前方に視線を向けた。
違う、そんなことが言いたいわけじゃない・・・・
「星羅、いつから具合が悪かった?こっちの世界に来るときから?それともエリザの街へ来てから?」
「わからないの」
違う、違う・・・・。それは私の言葉じゃない・・・・
「わからない?それじゃあ、本当にナオトさんと歩いていて急に具合が悪くなったの?」
「わからない」
お願い、それは私じゃない・・・・。
レンと話している間もずっと、心の奥深くのところで何かを伝えようとしている自分がいる。だが、それを受け止めようとすると頭のなかにかかった靄がますます濃くなるのだ。その時、
「星羅、ナオトさんといる時に何かあった?」
その言葉と同時に星羅の手首に巻かれたブレスレットが淡い光を放ち、一瞬だけ頭の中の靄が晴れた。
星羅はその隙を逃すまいとレンの腕を強く掴み、
「助けて」
それだけを言うのが精一杯だった。次の瞬間には無理やり意識を闇の中に戻されるような感覚を感じ、そのまま気を失っていた。
「星羅?ねえ、大丈夫?星羅!」
突然気を失った少女を揺さぶりながら、レンは自身に冷静になるように促す。
『助けて』
それが気を失う前に星羅が振り絞った言葉だ。その時、自分を必死に見つめる星羅の目はいつもの彼女の目だった。そんなことを感じながら、レンは気を失ったままの星羅を自分の膝に寝かせた。
ナオトさんといる時に何かがあった
それは今の彼女の言葉で確信した。
でも何があった?星羅に聞いてもきっと星羅は答えられない。星羅の様子を見ている限り、きっと自分の意思を抑え込まれるような魔法をかけられたんだ。おそらくナオトさん・・・・・。ナオトさんが星羅に魔法をかけた。だって・・・・・・
先程のやり取りを思い返す。何を聞いてもわからないと答えていた星羅が、「ナオトさんと何かあった?」のかと尋ねた時に、以前ブレスレットにかけておいた守りの呪文が働き、一瞬だけ星羅にかけられていた魔法が弱まった。守りの呪文が反応したのは、ナオトが星羅に危険を与えた人物だからだ。
きっとナオトさんの力がとても強いせいで、僕がかけた守りの呪文は星羅が危険な目にあったその時には役に立たなかったんだ
星羅を守りきれなかった悔しさと、ナオトへの怒りを感じ、レンは無意識うちに唇を強く噛んでいた。
どうしてナオトさんはこんなことを?
その疑問はいくら考えてもわからないが、ただナオトを信頼していただけに、レンは裏切られたような悲しさ星羅を傷つけようとしていることへの怒りを感じていた。
「必ず守るから」
膝に横たわる星羅の寝顔をみながら、レンは静かに力強く誓った。




