第24章 迫った危険
第24章 迫った危険
レンとエイトが噴水広場で待っている間、星羅はナオトと一緒に昼ごはんを買いに行っていた。レンが星羅に抱いている恋心を自覚させるために、わざとエイトと二人きりにしたのはナオトの作戦だった。ナオトに昼ごはんを買いに行く手伝いをしてほしいと頼まれた星羅は、何の疑問も抱かずにそれに従った。
「悪いね、星羅を付き合わせて。さすがに一人では全員分持てなくて」
「気にしていないですよ。それにこうやって街を歩くのは楽しいです。むこうの世界にはない街の雰囲気ですからね。むこうの賑やかさは人の多さもすごいですけど、もっと作り物の光や音が混じってて少し疲れてしまうことがあるんです。でも、ここの賑やかさはそうじゃない。もっと自然な賑やかさだから、私は嫌いじゃないです」
そこまで言うと彼女は「何を言っているかわからないですよね」と照れくさそうに笑ってみせた。
「いや、星羅の言いたいことは分かる気がするよ。私も、むこうの世界に居た時は都会の喧騒に疲れたものだ。そういう時は、少し田舎のほうや、海辺のほうまで足を伸ばしてリフレッシュしていたな。たしかに、ここの喧騒はそういった疲れを感じないな」
ナオトに自分の気持ちを理解してもらえたことに星羅は嬉しさを感じた。
「そういえば、私のあげたバンダナはむこうの世界に置いてきているとエイト君に聞いたんだが」
「はい、一度エリザの街へ来てしまったことがあったでしょう。それからなんとなく持っているのが不安で・・・・。せっかくくれたのに、ごめんなさい」
申し訳なさそうに謝る星羅に、ナオトは笑顔で答える。
「いや、私もそのほうがいいと思っていたんだ。そうだ、ちょっと見せたいものがあるんだ、こっちへ来てくれ」
人混みを離れ、ナオトは建物と建物の間の細い道に入っていく。星羅も慌てて彼の背中を追いかけた。
「あの、どこまで行くんですか?」
表通りの喧騒は聞こえるが、人の姿はまったくない路地裏を歩きながら、星羅は不安になってナオトに声をかけた。だが、ナオトは黙ったまま歩き続ける。
「ナオトさん、待ってください。どこに、わっ!」
ナオトは突然立ち止まったかと思うと、片手で星羅の手首を掴みレンガ造りの壁に彼女を押し付けた。もう片方の手で口を塞がれてしまった星羅は、なんとか彼の腕をほどこうともがくが、力では敵うわけがない。声も出せないので、助けを呼ぶことも魔法で逃げることもできなかった。
「んん、んんん」
恐怖と息苦しさで涙が出てきたが、それをみてもナオトは星羅を自由にしようとはしない。
「星羅、君には申し訳ないが、一晩だけ君に力を貸してもらうよ」
そう言うナオトの顔は、これまで見たことのないような冷たい目をしている。星羅はますます恐怖にかられ、身体をねじって逃げようと試みたが、ナオトはそれを許さなかった。
「君を傷つけたいわけじゃない。ただ、私はあいつに罰を与えたいだけだ。だけど、居場所をつかむのに時間がかかってね、未だにどこにいるかがわからない。だから、君の力を借りることにした。君のほうが私よりも強い魔力を持っているからね」
罰?あいつ?誰のこと?一体、何を言ってるの?
星羅の顔に疑問の表情が浮かんだのだろう、ナオトは「何を言ってるかわからないだろう」と冷笑を浮かべてみせた。
「星羅には協力してもらう手前、きちんと説明しておかなくちゃね。私が罰を与えたいのは、自分の父親だ。私に弟がいたのは知っているだろう。両親が離婚した後、弟は父親についていった。そこでいじめにあい、自殺するなんて誰が予想してたと思う?だけど、あいつは父親でありながら、一番近くで弟をみていながら、仕事仕事で弟の辛さに気づいてやれなかったんだ」
話す声音が徐々にきつい言い方になっていくのと同時に、星羅の手首を掴んでいる手にも力が込められていく。その痛みに彼女は目に涙を溜め、顔をしかめるがナオトはそれにすら気がついていない。
「それだけでも、私にとっては許せないことだった。だけど、母親と離婚する前から仕事で家に居ないことが多かったのは事実だ。だから、なんとか怒りを抑えようと必死に努力していた。父親は父親で、弟が苦しんでいたことに気がつけなかったことを悔やんでいると思っていたからな。だけど、あいつは違った。弟が亡くなってすぐに、再婚し、子どもを作ったんだ」
やめて、もう聞きたくない。離して・・・・
星羅の瞳から涙がこぼれ落ち、ナオトの手に落ちる。が、彼は話すのをやめなかった。
「私はショックを受けたよ。だけど、その時はあいつに罰を与えてやりたいなんて、まだ思っていなかった。だけど、二年前、母が亡くなる前に話したことをきいて私は、あいつがどうしても許せなくなった。私と弟は、両親が別れる理由がお互いの仕事のすれ違いで夫婦関係が崩れてたからだと聞いていた。それも、嘘ではなかったんだろうが、一番の原因はあいつの浮気だった。わかるか?あいつは、母親以外に女を作って仕事と偽ってその女と会ってたんだ。それで家族を壊しただけじゃない。その後も、弟を放ってその女と会ってたんだよ。弟がどれだけ苦しんでいたかもしらずに・・・・・」
一瞬ナオトの表情に深い悲しみの色が表れたが、またすぐにそれは憎悪の表情へと変わった。
「あいつを殺してやりたいほど憎んだよ。だけどそんなことをすれば、母親が悲しむだろう。その母親が死んだ後は、本当にあいつを殺してやろうかと何度も考えた。だけど、どうしてもできなかった。なぜかはわからない。あいつのもとに生まれた子どものことを考えたら、不憫になったのかもしれないし、人を殺すことにためらいがあったのかもしれない。私が。あいつへの憎しみと葛藤している時、初めてエリザの街へ来た。私は最初こそ驚いたが、すぐにこの世界であいつの居ない世界で暮らしいくことを決めたよ」
ナオトに押さえられている手首の痛みと、口を塞がれているせいで思うように呼吸ができない息苦しさ、そしてナオトへの恐怖心から、星羅はうつむき、こぼれ落ちる涙を止めることができなくなっていた。次から次へと、星羅の瞳からこぼれ落ちた涙がナオトの手へと伝っていく。
「ここに来て、自分に魔法が使う力があることを知った時はあいつにこの力で復讐しようと考えたものさ。だけど、そんなことをすれば法の番人によって魔法を取り上げられることを聞いて私は躊躇した。だが、あいつに罰を与えるためならこの世界で魔法をなくして、元の世界に戻り、今まで通り生活すればいいだけだ。だけど、そう思ったときには私はむこうの世界に戻れなくなっていた。元々エリザの街へ来たのも、偶然だった。どうやって帰ればいいのか、何を試してもうまく行かなかった」
そこで言葉を切るとナオトは星羅の顔を無理やりあげさせ、視線を合わせた。その拍子に、涙が数粒こぼれ落ちる。
「一度はあきらめかけたよ。そこへ現れたのが、星羅、君だよ。しかも、むこうの世界とこちらを自由に行き来できるときた。それを聞いたときから、君を利用させてもらおうと考えていたよ。君を媒介にして、私ももう一度向こう側へ行こうと思ってね。そしたらどうだ。まさか、君の家と私の住んでいた場所が近いときたのさ。私は神を信じているわけではないが、この時ばかりは神に感謝したよ」
男の憎悪の表情が、嬉々としたものに変わった。星羅は逃げられない代わりに、せめて男をみるまいと顔を背けようとすると、ナオトは少女の頭を乱暴に壁に押し付けた。
「君に渡したバンダナ、あれにはちょっとした細工がしてあってね。君が間違えてエリザの街へ来たのは偶然じゃないんだよ」
驚きの言葉に、星羅の瞳が大きく見開かれる。
「君を媒介にして、私も向こうとこちらを行き来しようと思ったがどうもうまく行かなかったんだ。君が腕につけてるそのブレスレットのせいだろうな」
そう言ってナオトがちらりと見たのは、星羅の手首に巻かれた淡褐色のブレスレットだ。星羅がこの世界にきて間もないころ、2つの世界をきちんと行き来できるようにとレンがくれたものだ。
「そのブレスレットを君が身につけている限り、君自身が媒介になることはできない。だから、君にバンダナを渡し、気づかれないように君があのバンダナをつけた時、私の元へ来るように術をかけた。それが、演劇の時だ。あの時、汚れがついていると言って君のバンダナに触れたのは、そのためだったんだよ」
ナオトの口から出てくる真実に、星羅は驚きを隠すこともできず、頭は混乱し始めていた。
「そして、君は私のシナリオ通りの行動をしてくれた。あのバンダナをつけてエリザの街へ来てしまってからは、君は自分の部屋にあの媒介となるバンダナを置いてくるようになった。それこそが、私の狙いだったんだ。一度、君が寝ている時にむこうの世界へ行ったことがあるんだ」
「ん!んん?」
思い当たるのは、金縛りにあったあの日のことだ。
「その反応はやっぱりあの時起きていたんだね。念のため、君に術をかけておいてよかったよ。どうだい?金縛りだと思っただろう」
ナオトが得意そうに笑うのをみて、星羅の背中に冷たい汗が伝った。
「さて、話はこれくらいにしよう。あまり遅くなると、エイト君とレンくんが不審がるからね」
ナオトの笑みが消え、星羅をみる目に冷たい光が宿る。視線を外そうとしても、なぜかナオトから視線を反らせることができず、星羅はされるがままの状態だ。
「星羅、今晩君は私と一緒にあの男を探すんだ。深夜の12:00、君の部屋に行くからそこで待っていなさい。なに、君を危険な目に合わせたりはしないさ。ただ、抵抗されるのは嫌だからね。今晩は君の意思は取り除かせてもらうよ」
そう言って星羅を手と口を自由にすると、一瞬のうちに懐から小瓶を取り出し、それを彼女に飲ませた。星羅の些細な抵抗も虚しく、液体は彼女の喉の奥に流れ、彼女自身はそのまま気を失ってしまった。
「目覚めても頭がすっきりしないだろうね。さっきの薬には、君が私の言うことを聞くように術をかけてあるからね」
言いながら、彼女を自分の膝に抱き抱える。
「それから、君が目覚めた時、今聞いた話はすっかり忘れている。大丈夫、君は私に従っていればいいんだから」
そう言って愛しいものを手にしているかのように、星羅の頬についた涙を拭うナオトは不気味に笑っていた。




