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優等生な俺  作者: きいな
3/4

第3話

 ◇



「泉に何で星があるんだ?」

 奇妙な世界では疑問が山のように出てくる。それらはあまりに非常識で、惣太には想像もつかないことばかりだ。


 次の質問にも瞬一はやはり呆れたように答えた。

「泉で作らないでどこで作るんにゃ?」


 その答えもまた、惣太には理解に苦しむところだ。


「星は宇宙でできるんじゃないのか? どうやってできるのかは知らないけど。ヌシの沼じゃないことだけは断言できるぞ」

「ユシの泉にゃ」


 瞬一は訂正しかしなかった。呆れて物も言えないといったところだろうか。


 辺りは見覚えのある風景なのに――季節外れに桜は咲いているが――非常識な常識が存在している。奇妙な現実が目の前に広がって行く。まるで手品か催眠術か、あるいは夢でも見ているようだ。


「ほら、泉が見えてきたにゃ」

 瞬一が――かろうじて――指をさす。

 森が小さく開けたそこに泉はあった。


「すっげーっ! めっちゃくちゃキレーっ!」

 惣太は駆け寄って「綺麗」を連発した。


 淀んでいたヌシの沼は、底がはっきり見えるほど透き通っている。白い砂がわずかに吹き上がっているところをみると、水が湧き出ているらしかった。苔むした倒木や差し込む太陽の光が神秘的な雰囲気を演出している。


「すっごい綺麗だな、瞬一! 神様でも住んでそうな感じだよ!」

 ここまで綺麗に生まれ変わった不気味な沼の姿に、惣太はいたく感激した。


「お前は正直者だな」

 瞬一ではない、少し高い声だった。


 倒木の上にふわふわと人が浮いていた。いや、人らしきものと言ったほうがいいだろう。それは確かに人間の姿はしていたが、サイズは子供よりも小さく、背中にトンボのような四枚の半透明の羽がついていた。


「おぉ、人間っぽい」

 奇妙な世界に慣れてしまったのか、新たに登場した生き物に、惣太は大して驚きもしなかった。

「人間っぽいとは何だ。無礼なやつだな」

 女の子のような可愛らしい顔をしているわりに、言葉は乱暴だった。


「この泉で星を作っているにゃ。妖精にゃ」

 瞬一がこそっと耳打ちしてくれた。


「こいつがヌシか?」


 どう見ても淀んだ沼の下で水面を揺らめかせそうな生物ではない。可憐な姿の妖精は、湧き上がる澄んだ水と戯れているのがよく似合う。むしろその存在で邪なものを浄化しているといってもよさそうなものだ。

 ただ、姿は可憐でもその口から飛び出す言葉はごろつきのようだった。


「だれがヌシだ。俺様はユシだ、ユ、シ。お前らも星をもらいにきたんだろ? やらんでもないが、どうすっかな」

 ユシは偉そうに腕組みをし、横目で惣太を見て意地悪く笑った。


「何だよ、みんなにあげたんだろ? だったら俺たちにもくれよ」

「ただでなんかやってないぞ。代わりの物を置いていくんだからな」

「代わりの物?」


 怪訝な惣太に、ユシは両手を上に伸ばして何かを支えるような仕草をして見せた。

 ユシの頭の上で白いもやが渦巻き始めた。それは段々と色濃くなって、最後には小さな雲のようなものができあがった。


「おぉ、すげー! 雲ができた!」

「フフフ。お前は一々いい反応をするな」

 そう言ってユシは惣太に片腕を差し向けた。


 すると雲の中から何かが飛び出し、惣太の目の前で止まってそのまま浮いていた。

 どうやら桜貝のようだった。

「これはさっきニワトリが置いてった」


 一瞬、ニワトリが何で!? と思ったが、すぐにクラスメイトの誰かだと思いついた。


 桜貝は惣太の目の前から弧を描いて雲の中へ帰って行き、代わりにヒマワリの種が数粒飛び出した。

「これは二年前にシマリスが寄越した」

 きっと大事に取っておいたものだろう。一粒に噛み跡がついていた。


 ヒマワリの種も弧を描いて飛んで行き、今度は白いもやが一筋流れてきた。それは惣太の目の前で小さな塊を作り、手のひらに乗るくらいの大きさになった。

 これは何だ? と凝視していると、雲は甲高くも美しい鳥の鳴き声を発した。

「おわっ! 何だこれ!?」

 ユシは惣太の驚きっぷりに満足してグフフと笑った。

「これは俺様の一番のお気に入り。カナリヤの鳴き声だ」

「カナリヤの? ……鳴き声?」

「五年くらい前かなー。ひとしきりさえずってくれたんだ。綺麗だろ?」

「すげー! すげー! 俺も欲しい!」

 思わず手を出し、もやを捕まえようとした。しかし指の隙間からすうっと溢れて、散り散りに消えてしまった。


「あー、消えちゃった。いいなぁ。お前すごいな。羨ましいや」

 半ばやっかみながら言ったが、ユシは褒められた嬉しさを抑えようとして、またグフフと妙な笑い方をした。


「お前は何くれる?」

「何って……」

 惣太は何もないとわかっていながら、制服のポケットをあちこち探った。

 ワイシャツの胸ポケットに、みんなの中で一番大きいらしい桜貝が入っているだけだ。これはテストの課題でもあるし、渡すわけにはいかない。テストが終わったら返してもらうつもりでもいた。


「あげるものなんてあるか?」

 惣太は瞬一に聞いてみた。


 瞬一はズボンのポケットから、小さな枯れた木の枝を取り出した。

「これにする」

 その枝を鼻につけ、匂いを嗅いでうっとりとした。


「何それ?」

「またたび」


 名残惜しそうに何度も匂いを嗅いでからユシに差し出した。


「ずりーな、お前。何でそんなもん持ってんだよ?」

「またたびは必須アイテムだろ?」


 俺はネコじゃないからなー、と思いながら、弧を描いて飛んで行くまたたびを目で追った。


 ユシはまたたびを手に取り、瞬一のように匂いを嗅いだ。

「俺様には匂いはわからんな」

「わかったらすげーよ」


 ネコじゃあるまいし。


 ネコ云々より、そもそも妖精にまたたびが有効かどうか、初めから惣太にはわからないのだが。


「よし、それじゃ、お前に星やる。好きなの持ってけ」

「やったぁ! ありがとな!」

 瞬一は身を乗り出し、泉の中を物色し始めた。


「星ってどれだ?」

 独り言のように惣太が言うと、ユシは、はぁ? とバカにしたような声を上げた。

「その辺に転がってるだろ。赤やら緑やら」

 目を凝らせば、所々にいろんな色の石が見えた。


「これが星かぁ。ビー玉みたいだな」

「ビー玉とは何だ?」

「このくらいのガラスで出来てるヤツ」

 惣太は指で輪を作って見せた。

「ふうん。綺麗か?」

「まあな。でもここの星のほうが綺麗だと思う」

 惣太の答えを聞いて、そうだろう、とばかりにユシは何度も頷いた。


 その間に瞬一は気に入ったのを見つけたのか、泉の淵に膝をついた。しばし悩んで、すぐ手の届く赤い石に手を伸ばし……引っ込め、また伸ばそうとしてためらった。


 惣太は、ネコが水嫌いだとどこかで聞いたような気がしたのを思い出した。


「俺が取ってやるよ。赤いのでいいのか?」

 そう言って袖をまくり、泉に手を突っ込んだ。

「さんきゅ……」

 瞬一はちょこんと座って俯き加減に言った。惣太が赤い星を掴み取るのをおとなしく見ている。


 水から上がった赤い星は、惣太の手のひらの上で差し込む陽光を反射して輝いた。


「おぉっ! これが星か! 宝石みたいだなぁ。綺麗だなぁ。母ちゃんの持ってる指輪よりすっげー綺麗」


 惣太の宝石の知識と言えば、母親が結婚記念日にもらったといって見せびらかしていた指輪のみだ。あれは赤いルビーだった。


「おいおい、もうその辺にしとけよ。褒めすぎだろ?」

 そう言いながらも、両手でにやける口元を隠し、グフグフ笑っている。


「いやぁ、ほんとに綺麗だよ。めちゃくちゃ綺麗。こんな綺麗なの見たことない」

「そうか? お前は正直なヤツだな。よし、お前にはとっておきの星をやろう!」

 ユシはにやけながら手招きした。

「え? いいのか? お前にあげるものはないぞ?」

「そんなもん、気にするな。早くここまでこい」


 自分から何か寄越せって言ったくせに。


 そう思ったが、折角のチャンスに機嫌を損ねられても困るので、それはそれは大げさなくらいに喜んでユシを褒めちぎった。

 ユシはそんな惣太を制したが、言葉とは裏腹にその顔は照れと嬉しさで崩れっぱなしだった。


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