最終兵器の彼女その1
短編として書いたはずでしたが…あれれ?
故に話に全くひねりがない、展開が早め…等々がダメな方は速やかにお逃げください。
危険です。
私の知り合いに二つ名が『リーサルウェポン』の男がいる。
「りっちゃーん!リーサルウェポンがーーーー!!!」
「知らない」
「またまたそんな…」
「私は関係ない」
「そんなああああ」
落ち着いて、静かに、心行くまで読書を堪能していたのに、読み始めてたったの五分で邪魔が入る。
目に涙をたたえて机に顎をのせこちらを見上げるのは去年同じクラスだった知り合い。
蛍光灯の光を反射してうるうると揺れる瞳は異性がみたらきっと庇護欲なるものをそそられるのだろう。
だが私は知っている。
「…今日は何に投入するつもりなの」
「えっとねえ、ハンドボールとサッカーと…あ、バスケにも出てほしいんだけどさすがに辛いと思ってー」
それは妥協しようかなって。
頬を薄紅に染めてえへ、と微笑む彼女に、あの男ともども今年はクラスが離れて本当に良かったとしみじみ思う。
外見は俗に言うゆるふわ天使系女子だが、中身は真っ黒。利用できるものはとことん利用する狡猾小悪魔・・・いや魔王系女子だ。
だいたい、妥協ってなんだ妥協って。
「ときに、麻生さん」
「んもう、りっちゃんったら私たちの仲じゃないー、気軽にまゆ、あ、ニックネームでまーちゃんとかー」
どんな仲だ。
いらっとしないでもないが問えばけろりとした顔で『えー、親友だよう』と返ってくるんだろう。
経験済みだからここはスルースキルを発動。
「ここをどこだと思ってさっきから騒いでいるの」
「図書館」
「そうね」
読みかけの本にしおりを挟んで閉じる。
ニコニコと笑っている麻生さんの背後で男の子がぽう、とこちらに意識を向けているのが見える。
ぐるりと見回せば、ちらちらとさりげなくだが注目されているのがわかる。
思わずため息をついた。
「…出よう」
「はーい」
ぴょんこと擬音がつきそうな動作で立ち上がると出口へ向かう。
彼女が動けばその場の空気も動く。
注目の根源が遠ざかって視線を感じなくなり、そっと息を吐いた。
どうして自分が注目を浴びているのを承知でさらにそれを増長させるようなことができるのだろう。
「りっちゃーん、どうしたのー?」
……私が無視できないようにか…。
ほんとうになんというか。
「性格悪い…」
とりあえず図書館で次に喚いたら容赦しないと言おう。
私語厳禁、私語厳禁。
**************
彼女について行った先は駐輪場のそばのベンチ。
わざわざこんなところで休む人もいないからほぼオブジェと化しているが、なるほど人はいないから静かで職員室からも見えない位置にある。
さっさとベンチに座る麻生さんにさっそく注意をする。
「麻生さん、図書館は静かに本を読むところです。あんな風に騒がれると困る」
「えー、りっちゃんだって授業サボってるじゃない」
「私のクラスはこの時間自習なの」
「知ってるよー。橋本先生が出張だから次回の授業に使う資料をまとめておけって言われたんでしょ?」
「…どうしてそこまで知ってるの」
「ふっふっふ、私の情報網にかかればこんなことくらい」
「気持ち悪いよ」
「ってひどいよう!」
もっとオブラートに包んでくれないと傷ついちゃう!とぷりぷりおこる彼女に嘆息した。
こんなことであなたが傷つくなら、大半の人は同じことを言われるだけで死ぬだろう。
「とにかく。またあんなことをするならあなたとは二度と口をきかな…」
「ごめんなさい、もうしません」
殊勝なことで。
ぺこりと頭を下げる彼女に、まあ謝るならと溜飲を下げる。
しないといったからにはしない、結んだ約束はきっちり守る。
麻生さんのそういうところは個人的に尊敬していた。
「で、なんの話しだっけー」
「…今度の球技大会についてでしょう」
おお、そうだそうだと頭をあげ手を叩く彼女の様子にこめかみを抑える。
これは早いところ話をつけないと本気で頭痛に苛まれそうだ。
「で、頼みごとなんだけどー」
「悪いけど私では力になれない、以上。それではさようなら」
「ちょちょちょい、待って待って!」
きびすをかえす私のカーディガンをつかまれ、そう簡単にはいかないかと心の中で舌打ち。
だけどこれだけは譲れないのだ。
あんな思いはもうしたくない、したくないなら抗うしかない。
「まあまあ、座ってよー、あ、お茶飲む?」
「飲まないし、第一お茶なんてそんなもの…」
持ってきてないでしょう、と続くはずの言葉は差し出されたカップに押しのけられた。
立ち上る湯気の香り的にはダージリン。
何故持ってきている。
「あ、クッキーもあるんだよ、どうぞー」
「…」
きっと今眉間にしわが寄ってる。
憮然としたまま受け取り、くぴりと口に含むと紅茶特有の苦みと香りが広がった。
クッキーはコーヒーの香り。
甘さ控えめのそれは私の大好物だ。
「ふふふ、変な顔ー」
「…それは学校の誇る美少女と比べれば」
「そうじゃなくてー」
おいしいのに、認めたくないっていう顔。
無言でカップを置くと、真向から麻生さんを見つめる。
「…私は何を言われてもあの男とは接触しない。何回も言ってるよね」
「うん、言われてるね」
こくんとうなずかれ、微かに苛立ちを感じる。
去年もそうだった、この女の子と話をすると…いや、あの男もか。
この人たちと接すると同じ土俵に立っていないというか、のれんに腕押しぬかに釘、というにふさわしい感覚に襲われるのだ。
それが私の感情を逆撫でてしようがない。
「麻生さんくらいの美人さんだったらさっきやったみたいにすれば大抵のことは聞いてくれると思うよ」
と、ここまで言ってさっと血の気が引く。
今のセリフ、なんとなく嫌味っぽいというか、まるで自分を卑下して彼女にあてつけているようだ。
「それが聞いてくれないからこうして頼んでるのにー」
困っちゃうなあ、肩を竦める彼女。
気にしていないような彼女の様子にほっとする。
ちっちゃくてふわふわして、可愛くて何よりしたたか。
私とは正反対の彼女でもできないこと。
「だとしても、私には関係が」
「それがあるんだなあー」
ぐびりと上品とはとても言えない動作でカップをあおるとにいまりと笑う。
なんとなくあの男の笑い方に似ていてまた不快指数が上がる。
「私さ、一年の終わりから今まで何度もこうやってあれこれリーサルウェポンがらみでいろいろ頼んできたでしょう?」
「…うん」
うんうんと私と一緒に何度も首を振る。
確かに両手が足りないほどの回数色々頼まれた、いちいち数えてはいないけど。
確か最初の頃は『休んだから数学のノートを貸して』とかそういう小さなことだった気がする。
すべて麻生さん経由だったけど、また私も麻生さん経由で頭のいい友達からノートを借りて彼に渡していた。
これでいいだろうと思っていたら麻生さん経由で『李緒のノートじゃないと勉強する気になれない』ときてこめかみに青筋が浮かんだのはよく覚えている。
それ以降もことあるごとに麻生さんがリーサルウェポン関連の厄介ごとを持ってきてうんざりした時期もある。
けれど直談判する気は毛頭なかったからすべてあしらい耐え抜いてきた。
「今回もどうせ『私が応援したら言われた通り球技大会に参加する』とかなんでしょう?」
「あはは、惜しいけどそんなかんじかなあ。みんな今回は本気で優勝したいらしくて、『今すぐ頼んで来い!』って言って教室追い出されちゃった」
これがあの男がリーサルウェポンと言われる所以だろう。
勉強もできれば運動もトップクラスの絵にかいたような完璧な彼を獲得できた麻生さんのクラスは二年進級最初に狂喜乱舞したんだろう。
けれど一年の時にあれだけ注目を浴びた彼も、どうやら二年生で借りてきた猫のようにおとなしくなったそうで。
もちろん本人のスペックは全く変わってないけど、何故か私が絡まないと動かない、文字通り諸刃の剣、最終兵器になった…というのは麻生さんの言い分。
私としてはそんな阿呆な、という感じだ。
どうして私が、こんな平々凡々の女全く関係ないだろうに。
「で、ここまで色々頼んできたんだけどー。これで金輪際最後にするから」
「…え」
にっこりと笑う麻生さんに、なんとなく驚いた。
いや、もうこんなことで頭を抱えることもなくなったのだから喜んでしかるべきだ。
実際嬉しい、けれどすがすがしい顔をした麻生さんを見るとなんとなくもやっとして。
そして、ああそうか、と納得した。
「とうとう付き合うことになった?」
「へ?!」
ぎょっとこちらを見る彼女に首をかしげる。
図星?
「やや、どうしていきなりそんなことに?!ていうかとうとうってどういうことー」
「え?ああ…いや、なんとなく」
変なことには詳しいくせに、自分の噂は無頓着なのだろうか。
とにかくうそはついていなさそうなので何でもないとごまかす。
「ま、とりあえずそういうことだから。今までごめんねー」
「あ、いえ…」
ぎ、と錆びたベンチのパイプが悲鳴をあげる。
立ち上がった麻生さんはこの日一番の笑顔だった。
「じゃ、あとはがんばってね」
「え、」
何…………。
「うん、足止めありがとう」
「良いってことよー。あとは君次第だ、せいぜいがんばれ」
麻生さんは、そう言って颯爽と退場した。
いっそ鮮やかなほどの裏切り。
いや、麻生さんは最初から私の味方では無かったんだ。
「…久しぶり」
にこっと人懐っこい笑顔で、目の前の男が笑う。
麻生さんを味方につけ、今の今までグルになって私をからかい振り回し続けた男だ、どんなに神様が愛していたって私は嫌い。
大嫌い。
誤字脱字等あればお手数ですがご指摘お願いします。