第13話【 祖母の店番指令と、シェアハウスの噂 】
母は沖縄で、父は北海道で、
それぞれ
リモートワークしている。
妹は、
未だ実家の都営アパートで暮らしている。
最近、
「友達とシェアハウスして部屋を借りる」
とか、
「狭くてもいいから、一人で借りようかなぁ」
などと、言っている。
昼前、祖母が診療所の予約票を片手に、
階段の下から声を張り上げた。
「零ー、ちょっと歯医者行ってくるから、2時間ほど店番よろしくね」
零はのそりと起き上がり、
パジャマの上にレジ番用の薄手のカーディガンを羽織って1階へ降りた。
店番自体はもう慣れたもので、
レジに座って古びた文庫本をパラパラめくりながら、
客をぼんやり待つのが零のルーティンだ。
(この店番、もはや無償労働ではなく
『実家への出資』に近い。プラス90は堅い)
30分ほどすると、古馴染みの常連客がふらりと入ってきた。
祖母と長い付き合いのある近所のおばあさんで、零のことも子供の頃から知っている。
「あら零くん、今日はばあちゃんの代わり?
そういえば、
妹ちゃん最近シェアハウスがどうとか、
この間ばあちゃんが話してたわよ」
零は思わず本から顔を上げた。
「え、シェアハウス、決めたんですか?」
「さあ、詳しくは知らないけど。
友達と一緒に住むとか住まないとか、悩んでるみたいって」
零は
「そうなんですね」とだけ返し、
内心では少し驚いていた。
妹の口からは
「まだ決めてない」としか聞いていなかったが、
水面下では話が進んでいるのかもしれない。
(妹の動向、
思ったより気になっている自分がいる……
いや、これは単なる情報収集だ。
家族の近況把握、プラス40)
そんなことを考えているうちに、
常連客は文庫本を一冊買って店を出ていった。
零はレジを打ちながら、
珍しく妹のことを少しだけ考え続けていた。
2時間後、祖母が「ただいまー」と
歯医者帰りの顔で戻ってきた。
心なしか、片頬が少し腫れているように見える。
「ばあちゃん、大丈夫?」
「まあ、詰め物が取れただけだから平気よ。店番、どうだった?」
零はレジの売上メモを差し出しながら、
得意げに報告した。
「文庫本3冊と、雑誌1冊売れたよ。
あと、常連の田中さんが来てた」
「あら、律儀にメモまで取って。ありがとね」
祖母の労いの言葉に、
零の脳内電卓が再び動き出す。
「2時間の店番、労働プラス100。
しかも売上メモという事務処理まで完遂、
几帳面さプラス30。合計プラス130の大黒字だ」
零は上機嫌のまま2階へ戻ろうとしたが、
ふと足を止め、階段の下から祖母に声をかけた。
「そういえば、妹のシェアハウスの話、
ばあちゃん知ってる?」
祖母は湯呑みにお茶を注ぎながら、のんびりと答えた。
「ああ、この間ちらっと聞いたけど。
友達と気が合うかどうか、まだ迷ってるみたいよ」
零は「そっか」とだけ返し、
階段を上っていった。
自室に戻ってベッドに寝転がりながら、
零は珍しく、
妹の新生活のことを少しだけ想像してみるのだった。
窓の外では、
夕方の神保町がゆっくりと色を変え始めていた。
9/13 に、第14話を投稿します。




