久方ぶりの
「…………ふぅ」
ある平日の朝の頃。
深く呼吸を整え、どうにか緊張に対処する。そんな私がいるのは、教室の扉の前――もう随分と久しい気のする、一年二組の教室の扉の前で。
『――無理はしないで良いからね、蒔野さん。急がなくて良い、自分のペースで良い、来れるようになったらで良いから。僕は、いつでも待ってるから』
あの日――文字通り命を救ってもらった日の帰り道にて、あの暖かな微笑で由良先生が言ってくれた言葉。なので、そんな彼に甘える形で……それでも、あまり心配させるわけにもいかないので意を決して教室までやってきたのが、あの日の三日後の今日で。
とは言え……意を決したとは言うものの、いざ学校に――教室にくると、やはり緊張は最大限に高まって。それこそ、室内に聴こえているんじゃないかと思うくらい鼓動の音が鼓膜に響いて。……うん、やっぱり明日でも――
『――僕は、いつでも待ってるから』
刹那、彼の言葉が蘇る。……うん、駄目だ。ここまで来て逃げちゃったら、きっとこれからもずっと逃げる。そして、そうなってしまったら……うん、流石にもう顔向け出来ないし。なので――
「…………ふぅ」
再度、深く呼吸を整える。そして――
「…………失礼、します。遅くなって、申し訳ありません」
控えめに扉を開き、控えめに謝意を告げる。……ところで、扉の前に――いや、そもそも廊下に誰もいなかったのは、もう授業が始まっているから。もう、一限目が半分ほど過ぎてしまっているわけで。
久方ぶりの登校で、時間を間違えた――なんて理由ではもちろんなく……ただ、怖気づいたから。だから、せめて教室に辿り着くまで――扉を開く瞬間までは誰にも会わぬよう、敢えて時間をずらした。……思えば、欠席は数え切れないほどあれど、遅刻は初めてかも。
……だけど、今は反省なんてしている余裕はない。そもそも、つい昨日までずっと欠席だったのに遅刻で反省したところで……まあ、開き直りだとは自分でも分かってるけど。
ところで、この空白の一ヶ月についてだけど――これまた由良先生のお陰で、無断欠席にはなっていない。更には、足踏みする――あるいは、怖気づく私に代わって彼が私の父と話をしてくれた。恐らくは父と私の双方のため、例の件について詳しい事情は話さず父と話をしてくれた。なので、初日のようにあちらこちらをうろつくことなく、普通に欠席できて……いや、この言い方もどうかとは思うけども。思うけども……まあ、それはともあれ……ほんと、感謝してもしきれないなぁ。
ともあれ、そろそろ現実に――目の前の光景に向き合わなければ。卒然……それも、随分と久方ぶりに姿を現した私に対し――
「――おはよう、蒔野さん! ううん、気にしないで。どうせ僕の授業だし」
「……いや、どうせって」
そう、真っ先に声を掛けてくれたのは――やはりと言うか、教科書を片手に壇上から微笑みかける担任教師たる由良先生で。……いや、どうせって。
ともあれ、そんな彼の自虐に――決して暗い雰囲気にならない和やかな微笑での自虐に、室内のところどころから笑い声が起こる。……ほんと、流石だなあ先生。
あと、ついでに白状すると……再登校の日を今日に選んだのは、一限目が古文――即ち、由良先生の授業だと分かっていたからで。うん、意を決してなんて言ったけど……まあ、何とも情けない打算があったわけで。
…………ただ、それはそれとして――




