――今まで、よく頑張ったね。
「…………そんな、ことが……?」
唐突な僕の言葉に、唖然とした様子で呟く蒔野さん。信じられない――そう思ってくれている印象さえ窺える、唖然とした表情で。そんな彼女の反応に、不謹慎ながら少し嬉しくなってしまう。
――だけど、これは事実。もう決して取り返しのつかない、紛れもない事実に他ならなくて。
『……すみません、恭さん。ですけど……俺、もう限界みたいです……』
――今でも、幾度となく脳裏に蘇る。通話越しに彼が残した、最期の言葉が。
「……ですが、由良先生にそのような過去があったとしても……私と同じだなんて、そんなはずはありません」
「……うん、そうだね。同じでは、ないかもね」
すると、か細い声でそう口にする蒔野さん。うん、同じではないよね。僕と違って、蒔野さんには罪がないんだから。話を聞いて、彼女自身が罪の意識に苛まれる理由は理解できるけど……それでも、僕は蒔野さんに一切の罪もないと思っている。もちろん悲しい出来事ではあるけれど、藤本さんのことはやはり不幸な事故――僕のせいで自ら命を絶った彼の場合とは、やはり決定的に違うわけで。だけど――
「……だけど、蒔野さん。僕の言いたいことは、理解してくれるよね?」
「……それは」
そう、軽く微笑み尋ねる。――そう、今重要なのは実際に同じかどうかじゃない。重要なのは……彼女と同じような罪の意識を、僕も背負っていると思ってもらうこと。贖罪を理由に彼女が自ら命を絶つのであれば、生徒を導く立場である教師も同じことをしなければ示しがつかない――そんな理屈を、彼女の心中で真実味を持たせることが重要なわけで。
「……でも、由良先生。だとしたら、私は……私は、どうすれば……」
すると、声を震わせそう口にする蒔野さん。だけど、恐らくは彼女の中でもう答えは出ているのだろう。それでも……その答えを肯定することを、自分自身が許せない。ならば、僕のすべきことは――
「……そうだね……だったら、僕を許してくれる?」
「…………ゆる、す……?」
「うん。一人の尊い命を奪った罪深い僕を、どうか君が許してほしい。それで、もし僕を許してくれるなら……君も、君自身を許してあげてほしいんだ、蒔野さん」
「…………あ」
そう、彼女の瞳を見て告げる。すると、少しの間があった後――
「……ほんと、ずるいですよ」
「……蒔野さん」
「……そんなこと、言われたら……もう、許さないわけにはいかないじゃないですか……私のことも」
先ほど以上に声を、身体を大きく震わせ言葉を紡ぐ蒔野さん。そう、本当にずるい言い方だ。今、僕らは同じ罪を抱えているという前提で話をしている。そして、彼女が自身の罪を贖うため死を選ぶ――即ち、やはり自身を許せないという選択をしたのならば……それは、同じ罪を抱える僕のことも許せないという意思表示になってしまう。彼女にそのつもりがなくとも、そのように僕に解釈されてしまう可能性は大いにある。そして、彼女に許されなかった僕がどのような選択をするのかも、当然ながら命を絶ってしまった後では確認する術もない。つまりは――僕を救うためには、彼女は自分自身を許すということ以外に取りうる選択などないわけで。
……もう、大丈夫かな。それでも、あくまで慎重を期しつつゆっくりと距離を縮める。そして、震えたままの彼女の身体をぎゅっと抱き締め――
「――今まで、よく頑張ったね。でも……もう、大丈夫だよ」
そう、心からの言葉を告げる。すると、少しの間があった後――
「……う、う、ゔ……ゔあああああああああああああああああぁ!!!!」
堰を切ったような叫びと共に、ガクリとひざから崩れ落ちる蒔野さん。そんな彼女を支えるように、いっそう強く抱き締める僕。その華奢な身体を壊さぬよう……それでも、離れないよう、離さないよういっそう強く抱き締める。
すると、ややあって僕の背中へ手を回す蒔野さん。そして、彼女の声と……感情と比例するように、その力は強くなっていく。そして暫しの間そのままで、静謐な屋上に響き渡る彼女の慟哭を聞いていた。




