外伝1:あの雲のように
執筆:みなせしき様
サイト7周年のお祝いに、リアル先輩から強奪した短編です。
当時、この視点で書いてもらえたことが嬉しすぎて音声化もしました。本当にありがとうございます!!
今日もバイトが終わり、後は家に帰るだけ。
ロッカーから私服を取り出して、さっさと着替えてしまう。
制服を脱いで、私服に袖を通す。
ああ、暑い。
エアコンは効いているんだけれども、ロッカーの中までその冷気が届かなかったらしい。
むわっとした熱気が、服にまとわりついていたのだ。
そういえば、もうずいぶん暑くなってきたな。
この前、都と海の近くの店に遊びに行った時も、海から吹く風が涼しくて心地よかったのを覚えている。
そろそろ、もっと夏服を買いに行こうかな。
今度の休み、都も誘って、そうだな。また駅前にでも行ってみようか。
そう思っていた。
「あー、新谷君、ちょっといいかな」
「え?」
だけど、その計画は結局実行には移されなかった。
なぜなら……。
「やぁ、待った?」
次の休日。あいにく、天気は冴えない曇り空。
俺を駅前で待っていた人は、都じゃなかった。
いきなり、ばっさりと切って驚かされたショートヘア。
涼しげな淡い色合いのブラウスとスカート。
その姿は、どこか中性じみていて、一瞬どちらなのか迷ってしまう。
それまでのロングヘアを見ていれば、女性だと思って疑いはしなかっただろう。
だけどこの人は、男性なんだよなぁ。
藤原千佳さん。俺、新谷薫にとっては、バイトの先輩に当たる。
もちろんそれだけじゃなくて、色々と相談に乗ってもらったり……いじられたりいじられたり。そういう間柄である。
まぁ、周りから見たら、デートの待ち合わせにでも見られるんだろうけどな。
「いいえ、そこまで待っていませんよ」
「あれれー? どうして少しご機嫌ななめなのかな」
「そんなことないですよ」
「ははーん?」
ニヤリ、と意地悪そうな笑みを浮かべて、その人は俺の顔を見る。
「実は、都ちゃんと買いに行きたいなー、なんて思ってたのを、邪魔しちゃったからかな?」
「うっ」
図星を突かれた俺は、思わず答えにつまる。
「ははは、悪いね新谷君。だけど、友情も大切にするべきだよ?」
そう言いながら、藤原さんは俺の手を取った。
手をつなぐ……なんていい雰囲気のものじゃないんだけど。
「さぁ……たっぷり、付き合ってもらおうかな」
「あはは……お手柔らかに」
周囲の喧噪。
賑やかな声、店内放送。
だけど、それは俺の耳にまで届いてこない。
人の目を気にしなければ、今座っている喫茶店のテーブルに突っ伏したい気分だった。
「これだけ買いこめば、いいかな」
もうクタクタだ。
自分の分を見ようか、なんて考えていたんだけれど、そんな暇はとてもなかった。
とにかく、店を回る回る。
都はあんまり頓着しないけれど、やっぱり普通はこのくらい見るものだろうか。
しかも藤原さん、買い込むしなぁ。
しかも「こういうのは男の子が持つものだよ」とか言って俺に全部持たせるし。
「……」
「あー、ごめんね? 重かったと思うから、ちゃんと埋め合わせはするよ」
たぶん、今休憩と称して入った喫茶店の代金で済ませるつもりだろう。
俺の荷物持ちの代金は、目の前のアイスコーヒー一杯らしい。
「けど……」
今まで俺の手にぶらさがっていた荷物。
今、足元にいくつも並んでいるそれを目の端に入れて、俺は思わずつぶやく。
「うん?」
「あ、いえ。なんでもないです」
「こら、言いたいことははっきり言いなさい」
そう言って俺の鼻をつまむ藤原さん。
「~っ、何するんですかっ」
「ちゃんと、言えることは言いなさいよね」
「……じゃあ、言いますよ」
「どーぞ」
俺は意を決して、言った。
「服。まだ女物ばかりですね」
「ああ」
それは藤原さんにもわかっていたのだろう。
ちら、と買い込んだ紙袋を見て、また俺の方を見た。
「まー、まだね。色々あって"俺"も少しずつ変わってはきてる」
そこまで言って、言葉を切った藤原さんは、一度カップのコーヒーを口に運んだ。
「でも、やっぱりまだ……ね。悩んでいる最中、って感じかな」
「……そうですか」
どこか間が空いて、その間を埋めるように、コーヒーを口に運ぶ。
砂糖の入っていない黒い液体は、喉に熱く苦かった。
「ただ」
そのコーヒーが胃まで落ちるだけの時間を空けて、藤原さんの声。
「自分の本当の気持ちには、気づけたよ」
「気持ちに?」
どういう意味なのだろう。
次の言葉を探すように視線を泳がせた藤原さんを見る。
「……真雪への気持ち。"あたし"としてじゃなくて、"俺"としての気持ち」
また少し言葉を切って、再び続ける。
「やっとね、気付いたんだよ。真雪のことをどう思っているのか。"俺"が、どうしたいのか」
そう言いながらも、藤原さんの目は揺れている。
それは、目指すべき目標を見失っているためじゃない。
目標へ至る道を探し求めて、迷う目。
「なぁ、新谷君。人を好きになるっていうことは、どうにも難しいことみたいだ」
くしゃ、と短くした髪をつかむ藤原さん。
「自分の気持ちはわかる。だけど、どうすればいいのかわからない。本当に、面倒だ」
「でも……それを、乗り越えたいと思ってるんでしょう?」
「もちろん。だからこそ、悩んでる」
藤原さんの苦悩。
俺には理解できるところもあるし、理解しがたいところもある。
俺は藤原さんじゃないから、彼の気持ちのすべてを理解するなんて傲慢な考えだ。
だけど、彼が答えを見つけるまで、支えることはできる。
「藤原さん……」
「今日はありがとね。つきあってくれたおかげで、少しだけ心が晴れたよ」
そういえば、普段は上田さんと一緒に買い物は行くのだろう。
それなのに、俺を誘って買い物に出た。
それは、心に沈み始めた迷いのせいだったのかもしれないな、と俺は思った。
結局その後、俺達は話題もつなげられずに店を出た。
なんだか重い空気をまとう俺達は、周囲からはどう見えているのだろうか。
「新谷君は、都ちゃんとはうまくいって……ああ、聞かなくてもいいか」
唐突に口を開いた藤原さんは、俺に答えを言わせるまでもなく自己完結する。
そしてハァ、とため息をついて。
「あいっかわらずのバカップルぶりだね」
「ええ」
「はっきり言うね」
俺の返答に、ニヤリ、と笑う藤原さん。
「"俺"達も、そうなれるかな」
「なれますよ」
その笑みに続いて出た弱気な声に、俺ははっきりと言う。
「だから、がんばってください」
「……ありがと」
まだ、完全に吹っ切れてはいないだろう。
だけど、少しでも心の負担を軽くできたら、今日の買い物は意味があったのかもしれない。
見上げれば、曇っていた空に少しずつ切れ間が入って、黄金の光が差し込み始めていた。
「新谷君、空なんか見上げてどうしたの?」
「あ、いえ……なんでもないです」
あの雲のように、藤原さんの心にも道が差し込んで、きっといい結果になりますように。
そう願って、俺は歩き出した藤原さんの後を追った。
★みなせさんのあとがき
ひょんな縁でリアルな先輩・後輩な間柄ということを知り、それからちまちまと交流があったわたしですが、今回声をかけていただき、大変嬉しく思っています。
今回は「TSIS」の外伝なんていうものを書かせていただきました。
本編に逆らうかのように「男性のみ」の登場となる友情なSSとなってしまいましたが……お気に召していただければ、ネットの片隅に生きる創作屋としては嬉しい限りです。
今後の霧原さんの活躍を期待しつつ、あとがきのくくりとさせてもらいます。
7周年、おめでとうございます♪




