第97話:終焉を告げる者たち
廃墟の瓦礫を踏み越えながら、私たちは奥へと進んだ。
崩れかけた柱、砂塵に霞む空間。
それでも、その光だけははっきりと見えた。
赤黒い光が、廃墟の奥から滲み出るように広がっている。
瓦礫の陰から覗いたとき、二人の姿が視界に入った。
ミリアリアさんとフェイさんだ。
フェイさんの背後に浮かぶ黒い魔法陣。
その禍々しい光を見据えるメグーちゃんの銀の瞳が、鋭く細められ、まるで氷の刃のように光を帯びた。
──見える。
空間を這うように走る魔力の波動。
目には見えぬはずのそれが、はっきりと見えていた。
巨大な心臓が脈打つように、魔力は規則正しく震え、空間に赤黒い脈動を刻んでいる。
魔法陣の中心から放たれる魔力の塊は、まるで生き物のように蠢きながら、周囲の空間をじわじわと赤く蝕んでいた。
空気は重く、肌を刺すような圧力が辺りを包み込む。
その時、フェイさんが目を細めた。
ミリアリアさんも、視線だけをこちらに向ける。
驚いた様子はなかった。
まるで、来ることを最初からわかっていたような、静かな目だった。
「止めてください。こんなこと」
「……来るとは思っていた」
ミリアリアさんの声は、穏やかなまま揺れなかった。
「だが、言葉だけで、我らを止められるとは思っておらんだろう?」
答えられなかった。
言葉が出なかった、というより、言葉が意味をなさないことはわかっていた。
それでも、止めなければいけない。
隣でメグーちゃんが、赤黒く脈打つ魔法陣をじっと見つめていた。
目を細め、空間を這う魔力の波を辿るように、視線がゆっくりと動く。
「……召喚には、まだ時間がかかるわね」
メグーちゃんの囁きは、まるで風の音のように静かだったが、確かな確信を帯びていた。
彼女の視界には、魔法陣の外縁に浮かぶ七つの魔力の"核"が、青白い光を放ちながらゆっくりと回転しているのが見えていた。
それぞれが、まるで星の軌道のように正確に、中心へと魔力を注ぎ込んでいる。
「みんな、今なら止められます!」
声が震えていた。
でも、私は叫んでいた。
「……やるしかない!止めましょう!!」
震える声の奥に、確かな決意が宿る。
ケビンの瞳に宿った光が、彼の内に秘めた勇気を物語っていた。
「おう!いくぜェ、アンポンタン!!」
「はい!」
ふたりは、同時に駆け出した。
「させんぞ!」
オーグさんの拳をミリアリアさんの剣が受け止める。
「姉御ォ!やるじゃねェか」
「ふん!」
オーグさんはニヤリと笑うと地面を蹴る。
「天の怒りを知れ!これぞ神の雷!!唸れ!!雷矢──ヴォルト・ストライク!!」
すかさず、ケビンさんの雷の矢が飛ぶ。
ミリアリアさんは難なく剣で弾くが、その隙をオーグさんは見逃さない。
「おらァ!!」
気の灯った拳を返す刃で受けるミリアリアさん。
そんな攻防が続いていた。
「私たちはフェイを止めるわ!」
「うん!」
メグーちゃんの視界には、魔力の波が幾重にも重なり、まるで時間の層が折り重なっているかのように見えていた。
フェイさんの詠唱が進むたび、魔法陣の中心が脈動し、赤い光が空間を染め上げていく。
空気が震え、耳鳴りのような魔力の唸りが響く。
「魔力の流れが……まだ不安定。今なら、干渉できる!」
メグーちゃんは地を蹴り、宙へと跳躍した。
だが、空間がねじれ、目に見えぬ魔力の壁が彼女の進路を阻む。
空間そのものが拒絶するかのように、彼女の身体を押し返す。
「くっ……!」
「蔓糸草!!」
メグーちゃんの身体がふわりと宙に浮かぶ。
慌てて、蔓でメグーちゃんを引き寄せた。
「すごい魔力の奔流……あれを突破しないと……」
魔力を放っているのはフェイさんだ。
私たちを近づけないようにするため、召喚を遅らせてでも対抗している。
「お母さん、あの核を狙って!あれが魔力の供給源!」
「我は天空の支配者……我が名において命ず……天よ……風よ……雷よ……刃となれ!」
震える声を押し殺し、詠唱を開始する。
手には聖剣が握られていた。
その刃には天龍の翠の輝きを宿している。
「はぁっ!」
剣先から白銀の稲妻が奔った。
天龍の咆哮のような轟音とともに、魔物剣の刀身が眩い光を迸らせる。
その一撃が魔法陣の外縁を貫いた瞬間、赤黒い脈動がびりと乱れた。
規則正しかった魔力の波動が歪み、奔流の勢いが一瞬、息をのんだように細まる。
今だ。
メグーちゃんは空中で短剣を抜いた。
小さな手に馴染むように軽く、だが確かな重みを持っていた。
フェイが顔を上げ、指先を動かす。
「私の周囲の時間の流れだけ!!加速して!!」
コンテクストマジックが発動し、メグーの身体が光に包まれる。
メグーちゃんの視界では、その動きすらも遅れて見えていた。
彼女の意識だけが、時間の流れを超えていた。
「これで終わりよ!!」
時間の檻を突き破り、彼女の短剣が閃光となって魔力の核を貫いた。




