第97話:終焉を告げる者たち
膝をついた。
両手が地面につく。
冷たかった。
(ミリアリアさんが……最初から……ずっと……)
声が、景色が、意識が、遠くなっていく。
まるで、世界が闇に沈んでいくような…そんな感覚がした。
声が聞こえる。
誰の…声…だろう。
ダメだ。
このまま…沈んじゃ…ダメ
ダメ…
なのに…
抗え…ない。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「アニーさん!!」
ケビンの叫びが、静寂を裂いた。
駆け寄ろうと一歩踏み出したが、フェイが無言で一瞥をくれるだけで、その足が止まった。
フェイは淡々と言い放つ。
「安心して、殺してはいない。ま、もう目覚めないだろうけどね」
「ふざけるな!!」
「ケビン!落ち着いて!取り返せば良いわ!」
「ぐ…こ、これが狙いだったんですか!?」
「そうだ…アニーを仲間に入れ、ケビンも仲間に入れた…そして、お主らの力でフェイが龍を取り込んだ。これが私の狙いだ」
ミリアリアの声から、かつての温かさが完全に消えていた。
老成した口調はそのままに、刃のような冷たさが言葉に宿っている。
「ケビン、お前を見つけられたのはまさに幸運だったがな。最初は、メグーとアニーさえいれば、フェイに龍を取り込ませることができると考えておった」
その言葉に、場の空気が一層張り詰めた。
だが、その沈黙を破ったのは、遠くから響く重い足音だった。
瓦礫を踏みしめる音が近づき、怒気を孕んだ声が空気を裂く。
「姉御ォ!それに兄貴ィ!?何が起きてんだァ!?」
オーグだった。血走った目でミリアリアとフェイを睨みつける。
倒れたアニー、動けずにいるケビン、そして冷然と立つミリアリアとフェイ──
その光景に、彼の顔が険しくなった。
「おい…何がどうなってやがるゥ!?答えろォ!!」
「オーグ、お前は引っ込んでいろ」
「……は?」
オーグの目が見開かれた。
その声色に、何かが違うと感じたのだろう。
「姉御ォ……今、なんて……」
言葉を紡ぎきる前に、フェイが無言で手を突き出した。
瞬間、空気が歪んだ。目に見えぬ衝撃が空間を裂き、オーグの巨体を容赦なく吹き飛ばす。
彼の体は宙を舞い、背後の石造りの建物に激突した。
鈍い音と共に壁が崩れ、瓦礫が雪崩のように降り注ぐ。
「オーグさん!!なんて…なんてことをするんだ!!」
ケビンの叫びが響く。だが、ミリアリアもフェイも、まるで何も起きていないかのように静かに佇んでいた。
「アニーには感謝せねばなるまい。ケビン、お前のことは見捨てるつもりであったが…そうしていたら、私達の計画は失敗していた」
「そうだね。感謝してもしきれない。本当にありがとう」
その言葉に、メグーの銀の瞳が怒りに揺れた。
「ふざけないで!!」
「ふざけないで…か。メグー、お主は我らのことを疑っておったのではないか?」
「…そうよ!怪しいとは思っていたわ」
「ならば…なぜ、私を止められんかったのだ?」
「な、何を…」
「疑っておったならば…問いただすことすらせんかったのはなぜだ?」
「それは…貴方を最後まで信じようとしていたからです!!」
「ふん…その結果が…これだ」
ミリアリアの視線が、地に伏したアニーへと向けられる。その瞳には、哀れみも後悔もなかった。
「…この装置の女性、なぜアニーに似ているのかは気になるが…龍と封印なんぞ繋がっておらんのだろう?」
「気付いていたのね」
「うむ…その反応で私のことを確かめようとしたのだろうが、浅はかであったな。いや、遠回りすぎるやり方だ。こういう時は、いっそのこと、シンプルに動いた方が良い」
メグーとケビンは言葉を失った。
「それで…アンタ達は龍を使って…どうするつもりなのかしら?」
メグーの問いに、ミリアリアが一歩、また一歩と歩み出る。
金色の髪が風に揺れ、蒼い瞳が冷たく光る。
「……ようやく、ここまで来たか」
「ミリアリア……?何を……」
「メグーさん下がって!!」
ケビンの声に、メグーも構えを取る。
だが、ミリアリアの微笑みは、もはや慈愛のそれではなかった。
「私の目的は、龍を使って世界を終わらせることだ」
その言葉が放たれた瞬間、空気が凍りついた。
「な……何を言って……!?歪んだ子供みたいなことを言うな!!」
ミリアリアは静かに、しかし確信に満ちた声で続ける。
「この世界は、あまりにも長く、歪んだ均衡の上に成り立ってきた」
「歪んだ…均衡?」
「だから、一度、完全に滅ぼして作り直す」
その瞬間、風が止み、音が消えた。
フェイが静かに一歩前へ進み、膝をつく。
その動作には一切の迷いがなかった。
「すべては、あなたの意志のままに…」
そして──
フェイの背後に、黒い魔法陣がゆっくりと浮かび上がる。
空間が軋み、闇が渦を巻く。魔法陣の中心から、赤き龍の幻影が姿を現した。
咆哮にも似た低い唸りが空気を震わせる。
アニーの持っていたロールのスキル──彼女の力を、フェイが奪い、今まさに龍を呼び出そうとしている。
地に伏したアニーの手が、ほんの僅かに地面を掴んだ。
それだけが、彼女がまだここにいることの証だった。
龍の幻影が姿を現したとき、空間そのものが赤く染まり始めた。
世界が、終わりの鐘を鳴らし始めていた。




