第7話:聖女の依頼
教会の依頼は、ギルドのルールも国家の命令も超える。
それがこの世界の絶対的な序列だ。
そんな人たちと、自分が今、同じ飛空艇に乗っている。
そのことが、まだ信じられなかった。
「あの……」
声が震える。
皆の視線が一斉に私に向けられ、心臓が跳ねた。
次の目的地が決まり、場が和んだこの瞬間を、私はずっと待っていた。
「今さら、なな、なんですけど……私たち…」
“私たち”という言葉に、思わず言葉が詰まる。
私の中で「仲間」という言葉が、ふと重さを持って落ちてきた。
仲間とは何か。
ただ一緒にいることだけを指すのか。
支え合い、信じ合い、時には命を預け合うことまで含むのではないか。
私は、本当にその覚悟を持てているのだろうか。
この人たちは、私とは比べものにならないほど強くて、賢くて、何よりも必要とされている。
私は──ただの農民。
作物を生み出すことしかできない、戦うことも守ることもできない、無力な存在。
それでも、あのとき「仲間にしてください」と叫んだのは、私自身だった。
あの言葉に、どれほどの重みがあるのか、今になってようやく実感している。
そんな私の逡巡を見透かしたように、フェイさんがふっと微笑んだ。
その微笑みは、夜の闇の中でもなお輝く月のように、静かで、優しい。
だが、その笑顔の温度は、言葉を紡ぐときにほんの少し冷たくなる。
微笑むときの柔らかさと、情報を語るときの含みのある口調。
その差が、私の胸に小さな違和感を残した。
「アニー、何かあれば、何でも聞いてね」
その一言に背中を押され、私はようやく続きを口にした。
「あ、えっと…、そ、その…わわわ、私達の冒険者ランク…どれくらいなんですか?」
言い終えた瞬間、胸の奥がきゅっと締めつけられる。
質問自体は何の違和感もないのだが、"私達の冒険者ランク"の言葉が心をざわつかせた。
フェイさんのあの砂竜を一撃で仕留めた姿を思い出す。
あれほどの力を持つ人が、低ランクであるはずがない。
だが──
「実はね、俺たち……パーティーとしては、ギルドに登録してないんだ。ギルドに登録しているのは、オーグとアニーだけかな」
「え?」
思わず顔を上げると、オーグさんがこちらを見て、満面のドヤ顔を浮かべていた。
赤い肌に浮かぶ自信満々の笑みが、焚き火の光に照らされていやに眩しい。
正直、オーグさんの等級は気になっていた。
でも、あの人が素直に教えてくれるとは思えない。
下手に聞けば、機嫌を損ねて怒鳴られるのがオチだ。
そう思って黙っていると──案の定だった。
「おいィ、チンチクリン。俺の等級、気にならねェのか?」
眉間に皺を寄せたオーグさんが、こちらを睨みつけてくる。
「そ、それは、気になります。え、えっと……オーグさんの等級は、どれくらいなんですか?」
恐る恐る尋ねると──
「はん!教えてやらねェ」
「そ、そう、ですか……」
「お、おィ!!チンチクリン!!」
「は、はいっ!?」
「てめェ、もっと、聞いてこいやァ!」
「え、えええええ!?そ、そんな、り、理不尽です!!」
「ああん?」
「え、えっと、そ、その、すっごーく、すごく……き、気になります!お、お、おし、教えてください!お願いします!」
「チッ……仕方ねェな。よく聞けよ……俺はな──」
「オーグは、これでもティア1の冒険者だよ」
静かに、だが確かな響きで、フェイさんの声がオーグさんの言葉を遮った。
その一言が、私の身体を貫いた。
膝がふわりと抜けそうになり、息が一瞬止まる。
心臓が早鐘のように打ち鳴らされ、言葉が出てこない。
オーグさんは、さっきまでの不満げな顔を一変させ、誇らしげな笑みを浮かべていた。
その姿は、まるで勝利を確信した戦士のようだった。
だが、それも当然だ。
この世界で、個人ティア1に到達した者は、わずか21名──まさに伝説の存在。
国家戦力級と呼ばれ、ギルドの象徴でもあるその等級が、目の前にいる。
私は、ただただ呆然とするしかなかった。
──まさか、私たちが教会から依頼を受けられたのは、オーグさんのおかげだったなんて。
「でも、教会から依頼を受けたのは、俺たちじゃなくて……船長だけどね」
フェイさんの言葉が、私の思考を静かに断ち切った。
その言い方には、どこか軽さが混じっていた。
だが、その軽さの裏に、何か計算された意図があるようにも感じられた。
「え?」
「うむ。我は、ミリアリーデ様と縁があってな。ギルドを通さず、直接依頼を受けているのだ」
「ミリアリーデ様!?」
その名を聞いた瞬間、空気が一変した。
ミリアリーデ様は、七元徳が聖女の一人。
「救恤のミリアリーデ」とも呼ばれる、慈愛の象徴のような存在だ。
彼女の奇跡の逸話は、教会の書物や街の噂話で何度も耳にしてきた。
病を癒し、飢えを満たし、戦場で命を救ったという話。
私にとっては、遠い空の星のような存在だった。
まさか、その人と直接つながっている人が、目の前にいるなんて──。
「でも……“天使の零落”って、ギルドの管轄ですよね?ギルド通さずに入れるんですか?」
「案ずるな。ミリアリーデ様の直筆の依頼状がある。……まあ、門番には、ものすごく嫌な顔をされるだろうがな」
フェイさんは不敵な笑みを私に見せた。
その笑みの端に、ほんの一瞬だけ影が差した。
教会の直筆依頼状があれば、ギルドも門を閉ざせない。
噂では、教会の依頼を断れば国家反逆に等しい扱いを受けることもあるという。
「天使の零落」──その名を聞いた瞬間、私の背筋が凍る。
昔、村で読んだ恐ろしい逸話が頭をよぎる。
天使の像が崩れ、光が消え、周囲が静寂に包まれたという話。
フェイさんとオーグさんの表情が、一瞬だけ引き締まるのが見えた。
(これは、ただの依頼じゃない。行くべき場所が、普通じゃない)
オーグさんの理不尽な掛け合いに、私は心の中で小さくツッコミを入れた。
だが、その直後に訪れる緊張感が、私の笑いを飲み込む。
メグーがいない場面だからか、空気は少し大人びている。
私は深く息を吸った。
仲間であるということの重さを、改めて胸に刻みながら。




