第6話:冒険をあきらない
私はすぐには答えられなかった。
ミリアリアさんとフェイさんの視線が静かに私を待っている。
頭の中でぐるぐると同じ問いが回り続ける。
役に立てるかわからない。足を引っ張るかもしれない。
それでも──
「アニー殿」
ミリアリアさんの声が、静かに室内に落ちた。
「少し、話をしてもよいか」
私は顔を上げた。
蒼い瞳が、まっすぐにこちらを見ていた。
「……はい」
「貴殿は冒険者を志したと言っていたな。その理由を、もう少し聞かせてもらえるか」
フェイさんが静かに壁に背を預ける。
促すでもなく、急かすでもなく、ただ待っている。
私はしばらく迷ってから、ゆっくりと口を開いた。
「……誰かの役に立ちたかったんです。戦う力がなくても、知識とスキルで──誰かを助けられると思っていました」
「それだけか?」
ミリアリアさんの問いは、鋭くはなかった。
でも、どこかを見透かしているような声だった。
私は少し黙ってから、答えた。
「……イカロスタワーに、行ってみたかったんです。誰も知らない場所に、何があるのかを、昔からの夢でした。私なんかがって、笑われるかもしれませんけど」
「ほう」
ミリアリアさんの口元が、かすかに動いた。
「では、一つ聞こう。"天使の零落"という名を知っているか」
その名を聞いた瞬間、胸の奥が跳ねた。
「……知っています。S級フロンティアの中でも、最難度とされているダンジョン。誰も最深部に辿り着いたことがない、と」
「そうだ。我らが次に向かうのは、その天使の零落だ」
室内が静まり返った。
私の心臓が、ゆっくりと、しかし確かに速くなっていく。
(天使の零落……イカロスタワーと並ぶ、S級の頂点)
本で何度も読んだ。
辿り着いた者がいないというだけで、内部の記録すら断片的にしか残っていない。
そこへ行く──。
「怖い?」
フェイさんが、静かに尋ねた。
私は正直に答えた。
「……怖いです」
「そっか、俺たちも怖いよ。でも、怖い以上に、知りたいことがある。だから、行く」
フェイさんの言葉が、胸の奥にゆっくりと降り積もった。
慰めでも、励ましでもなかった。ただ、同じ場所に立っているという、静かな確かめだった。
「アニー殿」
ミリアリアさんが、静かに続ける。
「天使の零落を攻略すれば、貴殿は強くなれる。経験と知識が得られるはずだ。それは冒険者にとって剣や魔法以上に価値あるものになる」
私は黙って聞いていた。
「貴殿が目指している冒険者の姿は、その果てにあるのではないか。我はそう思っている」
胸の奥が、じわりと熱くなった。
ミリアリアさんは、私の夢を否定しなかった。
戦えない私が、S級フロンティアを夢見ることを──笑わなかった。
それどころか、その夢の先に天使の零落があると言った。
──恐怖がなくなったわけじゃない。
自信が湧いてきたわけでもない。
私にできるのか、本当に役に立てるのか──その問いには、まだ答えが出ていない。
「……おかあさん、いっしょに、いく?」
膝の上で、メグーちゃんがふわりとまぶたを開けた。
銀の瞳が、まっすぐに私を見つめている。
その瞬間、残っていた迷いが、すうっと消えた。
理屈じゃなかった。
ただ、この子の隣にいたいと思った。それだけだった。
「うん。一緒に、行こうね」
私はそっと彼女の手を握った。
小さくて、温かい手だった。
ミリアリアさんが、静かに微笑んだ。
「ようこそ、アニー殿。我らの旅は、容易いものではない。だが、貴殿のような者が加わってくれるのなら、きっと乗り越えられる」
フェイさんは何も言わなかった。
ただ、少しだけ目を細めた。




