第46話:始まりの出会い
天使の零落が私に見せるものは、封じていた欲望だった。
あの頃に戻りたい。五人で旅したあの時間へ。
笑い、怒り、泣き、手を取り合っていたあの世界へ。
そして、やり直したい。
あのとき、もっと早く気づき、もっと強く抱きしめていれば、カレンにあんな顔をさせずに済んだだろうか。
私の視界は再び遠い日の情景を映した。
木造の床が足音に応じて軋み、その音が静寂に不気味に響いた。
窓のない部屋は外界から切り離され、ランタンの揺らめきが壁に影を落としていた。
この場所に王族がいるなど、常識では考えられない。
だが今は、それで構わなかった。
部屋の中央に据えられた年季の入った木の机と椅子。
私はフェイと向かい合って座っていた。
扉の前には漆黒の鎧に身を包んだサキュウスが立ち、無言で周囲の気配を探っている。
「フェイ様、このような場所で申し訳ございません」
「いえ、俺のことはお構いなく」
少年は平静を装っていたが、背筋の張りが警戒を物語っていた。
「早速ですが、本題に入りましょう」
私は微笑んだ。
この子は嘘をつかない──広場での目がそれを証明していた。
「まずは、フェイ様に誤解があってはなりませんので……申し上げにくいのですが、フェイ様の処刑は中止ではなく延期です」
「……つまり、処刑を回避するには条件があるということですね」
動揺を見せない。九歳とは思えぬ応答だった。
(泣かないのか、この子は)
そう思った。
怒りでも、懇願でもなく、ただ受け入れて次を考えている。
広場でも感じたことだが、改めて──この子は本当に泣かないのだ、と私は思った。
「はい。フェイ様は、巫女のことはご存じでしょうか?」
「私もアルヘッザル家の人間です。魔王復活の件は聞いています」
「そして、同時に、勇者の誕生も巫女は予言していた。確か、そんなお話だったかと思います」
私は静かに頷いた。
「教皇から魔王復活に際して密命を受けています。私の使命は、勇者が魔王討伐に用いた12の聖武具の回収です」
「……神話の話だけで、その1つも見つかってすらいないのでしょ?」
「いいえ、フェイ様。12のうち6つは教会で確保、2つは所在判明、1つは持ち主が判明しています」
「……うえぇ!?」
声が裏返った。
それまで完璧に保っていた冷静さが、一瞬だけ崩れた。
私は思わず笑みをこぼしそうになる。やはり、九歳の子供だ。
「フェイ様?」
「あ、いえ、すみません。驚きのあまり取り乱しました」
「それでですが……私の処遇と、その聖武具に何の関係があるのでしょうか?」
「フェイ様が聖武具の選定者の可能性があるのです」
「お、俺が?……い、いえ、私がですか?」
また素が出た。
私は静かに続けた。
「はい。順序立てて説明いたします。まず、聖武具は選定者でなければ、装備や使用はおろか、その場から動かすことができないのです」
「……確か、2つは場所が判明していると仰っていたのは、聖武具は見つけたけど、選定者が見つかっていないということですね?」
「はい。その通りです。もし、フェイ様が選定者であれば、その2つの武具は回収できると考えています」
「……私が選定者というのも、巫女の予言でしょうか?」
「フェイ様、申し訳ありませんが、お話できないこともあります」
「分かりました。詮索はしません。別の質問なのですが、選定者は12人だと思っていましたが、違うのでしょうか?」
「はい。選定者は4名で、各人が3つずつ用いた計12の武具を聖武具と呼びます」
「なるほど……つまり、4人でそれぞれ3つ、ということですね」
「ええ、よく整理できましたね」
少年の目に静かな光が灯った。
情報を整理し、状況の輪郭を自分で描いている。
これほど冷静に考えられる子が、なぜ盗賊のロールを──
私の思考を遮るように、彼が口を開いた。
「もしかして、すでに勇者は見つかっているのですか?」
「いいえ、現在、判明している選定者は2名ですが、どちらも勇者ではありません」
「……教会で確保している聖武具は6つなのでは?」
「3つは元から教会で保管していたものです。3つは教会に協力的な選定者が発掘したものです」
「私の役目は分かりました。もし、私が選定者であれば、私に対応する聖武具を集めること……そして、魔王を倒すことが求められているということですね」
「はい。その通りです」
「フェイ様、ご安心を」
「はい?」
「聖武具がどこにあるのかは別の者達が調査しております。フェイ様が選定者であれば、ただ聖武具を回収するだけです」
「つまり、探す手間までは考えなくて構わないってことですね」
「はい。フェイ様が選定者であれば、いずれ復活するであろう魔王を倒すことだけに集中していただければと思います」
「……私が選定者かどうか、それは聖武具を目の前にするまでわかりませんか?」
「残念ながら」
「そうですか……」
もし選定者でなければ──処刑。
その可能性を、彼は理解しているだろう。
だが、彼の表情は揺れなかった。
「フェイ様、ご安心ください。もし、フェイ様が選定者でなくとも……聖武具の発掘にご協力いただけるのであれば、処刑されずとも済むように手配することはできます」
その言葉は優しかったが、同時に彼を縛る言葉でもあると私は知っていた。
「誤解を招いていれば申し訳ありません。聖武具の発掘に尽力したという実績があれば、フェイ様の処刑を回避するには十分な材料となります。他意はありません」
「なるほど……確かに……」
フェイは静かに頷いた。
黒い瞳の奥に、わずかな決意の光が宿る。
こうして旅が始まった。




