回復の経過観察
この年はダトベ城に転送ゲートを付けなかった。城内の雰囲気があまりに歓迎ムードだったせいだ。人気が出すぎて裏で警戒されているような気がした。それで距離を詰めない方が——物理的な意味ではないんだけど——いいだろうという決定をした。
ま、次の年にはゲートで繋げるんだけどね。
ラブパレードが終わってその年も終わるという頃には“草と風のドラゴン”キリュ゠チャ゠リヘツイブン゠テゾツ゠ノーニューヒャーのお腹の半分くらいまでが緑色になった。背中を中心にまだまだ灰色だったけど、それでも見た目はかなり綺麗になった。緑の部分の色彩もどんどん鮮やかになっていった。
全身が緑になったらそれで回復という単純な話ではない。しかし分かりやすいのは確かで、城のみんなは彼女が半分くらい回復したんだと思っていた。
実際にはもっと回復していた。
彼女は巧妙に隠していたが、それでも無詠唱で魔法を発動できることには私も気づいていた。最初の立ち会いのときに『風刃』の詠唱はなかったはずだ。竜語で魔法を唱えながら、どういうわけか彼女は無詠唱で別の魔法を同時に発動できる。人類にはまだ分からない技術だ。
現時点では10メートル以内の戦いであれば私たちにアドバンテージがあった。杖による詠唱の短縮と、古代精神魔法と現代物理魔法の同時攻撃にはいかにドラゴンといえど対処できない。しかし精神魔法の射程は極端に短いし、ネゾネズユターダ君の『連鎖爆裂光電球』の射程も短い。10メートルより離れると私たちで彼女に勝てるかは怪しくなる。
彼女が見ている場所で『連鎖爆裂光電球』を使っていないのは幸いだ。これはドラゴンの知識には無い魔法だ。見せるわけにはいかない。
ほかにも私のオリジナルの精神魔法や遺伝子操作魔法はあるけど、それらはほぼ接触しないと使えない。アドバンテージと言うには弱い。
ただ、逆に言えば触れていれば私1人でも彼女と渡り合える。そこは有利と言えた。
何が言いたいかというと、これ以上回復されたら私たちの手には負えないということだ。
とはいえ、私たちに彼女を攻撃する意思はなかったけど。
回復してくると彼女の気難しさというか口数の少なさは本質ではなかったと気付く。警戒心も減って、朗らかな部分が表に出てくるようになった。回復するに従って強くはなるんだけど、攻撃性が減ったのでむしろ安心できるようになった。
ただ関係性としてはやはり別の生き物であるという距離感を越えられるものではないと感じた。貴族が使用人と仲良くなることはあるし、ちょっと身分の差を越えるときもある。けどその使用人が家の中で盗みをしたら処刑するしかない。そこに躊躇はない。そんな感じ。これが家の使用人ではなく別の貴族が出来心で盗みをしたとしたら、全然親しくないとしても処刑することはない。そこには厳格な区別がある。
私たちがどんなに竜語を理解して、互いの価値観を共有できたとしても。
まあ、食べ物はさんざんあげたし、親切にした恩というのは多少の効果はあると期待していた。
ちなみに竜語の理解が一番早かったのは6歳の娘パビュ゠ヘリャヅで、一緒に遊んでいるうちに自然と言葉を覚えてしまった。次に得意なのは一緒に過ごした時間の長さのおかげで私。次に4歳のピュゴダ゠グスとネゾネズユターダ君が続く。
そして忘れてはならないのが世話係として雇ったレシレカシの研究者や南西蛮族の使用人たちで、こちらは帝国時代の古代語をめきめき覚えてコミュニケーションがうまくなっていった。
彼女は暑い午後の昼下がりによく空を飛んだ。
ちょっと大きな鳥くらいの大きさで遥か上空を飛ぶ。
ブユ族はそれを指差して、「今日も“草と風のドラゴン”が飛んでいる」と言って目を細めた。
ドラゴンが自分たちの町を守ってくれているようだった。
私もそういう姿を見上げて、憧れを抱いた。ドラゴンになって空を自由に飛びたいと、子供みたいなことを思った。
無詠唱の風魔法があってこその竜の飛行だと分かっていたけど。
ヂゲリュツ城のあたりは午後になるといつも雨が降った。すると雲に隠れて彼女は見えなくなった。雨が止んだ頃に地面に戻ってきて、城に入って食事をすると彼女は眠った。
ある日、気になっていたので私は聞いてみた。オレンジ髪と呼ばれてよく話し相手になっていたのだ。
「アミュヘゾパウユ゠サパイウビイテ゠カツプノサの加護って何? 神様の名前なのは知ってるけど、今の私ってどうなってるの?」
「お気に入りであることの印だな」彼女は古代語で言った。「他の奴は手を出すなという警告でもある」
「その印って何か影響はあるの?」
「実害という意味では何もない。ただの印だ。ただ、向こうからお前が見つけやすい」
「ああ。『マーカー』みたいなものか」私が子供たちに使っている魔法である。『追跡魔法』とは違っていつでも居場所が分かるわけではないが『探知』を使うとすぐ見つけられる魔法だ。「もしかしてあなたの加護も私に付いてる?」
「付けてない」彼女は即答した。「あの女は何考えてるか分からないから関わりたくない」
「知り合いなの?」
彼女は四つん這いの姿勢からちょっとだけ身じろぎした。どこまで話していいか迷ったときに人間がやる仕草に似ていた。「うーん。トゴゥギャパ゠ヤセリの知り合いだ」
トゴゥギャパ゠ヤセリ゠キタカレノ゠ツペルレヌヅギはブユ族にとって馴染みのある海の神様である。「トゴゥギャパ゠ヤセリとあなたが友達?」
「そうだな。それはそう言っていいと思う」
「なるほど」リアクションに困って馬鹿みたいな返事をしてしまった。
とはいえ、このときはこれ以上の話は聞けなかった。
どうやら私は知と白痴の神に観察されているらしい。資料を調べて予想はしていたけど、ドラゴンに証言までされてしまった。




