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058.吹き飛ばす一撃

「クーデター……」


 ドキリとして、その言葉を呟いたのはゼトラだった。

 ユングスタイン王国を決定的な崩壊を招いたクーデター。


 それが今度はカールウェルズ魔創公国に蔓延る和国排除のために起ころうとしている。

 顔つきが少し厳しくなったゼトラの横顔を見て、甘えるようにその手を握っていた両隣の少女は手の力を込めた。


「クーデターねぇ」


 メルキュールもまた同じく呟き、じっとベアトリシュを見た。


「まさか、トリシュもそれに参加するつもり?」

「うぅん。参加しないわ、というより、このクーデターは多分失敗するもの」

「どういうこと?」

「クーデター派にも和国の毒が入り込んでいるようで、度々情報が漏れてるんです。内密の政治集会にも公国警察の介入があり、徐々に機能しなくなっています」

「すごいわね。そこまでやるんだ」


 ベアトリシュに代わって応えたデュアルトにメルキュールが首をすくめる。


「ただ、手はもう一つあるの。クーデターはそのカムフラージュよ」

「それ、私たちに話しちゃっていいの?」


 メルキュールが慌てたように遮ろうとして、ベアトリシュが口元を隠して、うふふ、と笑う。


「だって、今の貴女たちは冒険者でしょ?『相互不干渉協定』っていうやつで、政治には関与できないじゃない」

「そりゃそうだけど……」


 よほどメルキュールに信頼を置いているのか、ベアトリシュはニコリと笑った。

 そして明かされる、もう一つの手。


「今から大体三ヶ月後の九月に、十年に一度の次代公王決定会議があるわ。そこに反和国派を送り込んで、明確に反和国政策を打ち出す公王を据える。それがもう一つ手なの」

「そんなのできるの?」

「そうね……可能だと思ってる」



 カールウェルズ魔創公国という国は、その成り立ちから言って特殊な国だった。

 元はカーボンウェルズ山地という地名であり、特にどこからどこまでという国境もなく、ドワーフ族国、エイベルク王国、バインクレ王国の三国の飛び地が入り組んでいた。

 鉱物資源は豊富だが農耕には向かない土地で、便宜上エイベルク王国とバインクレ王国の共同管理化にあったが、その実態は山地を好むドワーフ族が住み着く土地。

 それがカーボンウェルズだった。


 およそ千二百年前、エイベルク王国の王女イザベラと、バインクレ王国のカール王子が婚姻を結び、その祝いとしてカーボンウェズの両国の地を与えた。

 そこでカール王子はドワーフ族長と話し合い、ドワーフ族が好む山奥の山地をドワーフ族の地、海岸から山地の半分ほどをカール王子の地として明確に境界を引いた。


 ここにカールウェルズ王国が興り、首都を王女の名を取ってイザベリアと定めた。

 カール国王とイザベラ王妃の間には八男五女の子宝に恵まれた。

 だが、カール国王が亡くなると正当後継者たる長子の身体が弱いこともあって、それを不安視した兄弟たちは、その後継を巡って武力衝突も交えた激しい内乱に発展してしまった。


 その内乱に勝利し国王の座を継いだ二代目の王は、内乱状態となってしまったことを詫びると、国王就任後直ぐに王の座を明け渡した。


 このような争いが続いては初代国王も悲しむだろう。

 ならば初代国王の血を受け継ぐ者たちより最も王たる者にふさわしい者を第三者で構成する公王決定会議で公明正大に選出して王の座を継がせるべし、と定めた。


 その後三代目に選出された王は、自らを公王と名乗り、先の内乱の反省に立って、平和を愛し学問に励み、世界に貢献する国たれ、と宣言するとカールウェルズ魔創公国と国名を改めた。


 以来、カールウェルズ魔創公国は十年に一度公爵家より王を選出しながら世代を重ね、世界最高の学府を抱える平和と学問の国として発展していくことになった。


 なお、公王決定会議のメンバーは必ず毎回入れ替わることとなっており、およそ一年前ほどからその準備が始まる。


 ベアトリシュの話によると十名からなる会議のメンバーは国内外から招聘されるが、既に過半数は反和国派で決定しているため、あとは公王の候補である。


 公王になるためには、優れた政治的才覚は勿論、次期十年を繁栄させる具体的な政策も提示しなければならない。

 しかし最も厄介なのは、武力を示さなければならないことだった。


「それは大変ね。文武両道と言えば聞こえはいいけど、ハードル高すぎない?」

「そうなの。だから代理制度があるの」

「へ~?」


 公王決定会議の一ヶ月前。つまり今から約一ヶ月半後に、公爵家八家が集うトーナメント戦が行われる。

 それに次代公王を目指す本人自ら参戦しても構わないのだが、その力量が及ばないことが多々あった。


 そこで考え出されたのが、代理制度である。

 そのような強者を見抜き、代理に立てる慧眼こそ公王に相応しいのではないか、という理屈から設けられた制度だった。


 よってここ数百年程は公王候補自ら参戦することは無くなり、代理制度によるトーナメント戦となるのが常だった。

 公国民もむしろそれを楽しみにするようになり、十年に一度のトーナメント戦はお祭り騒ぎとなっていた。


「なるほど。じゃあトリシュは、反和国派の公王候補の代理を探してるのね?」

「察しが良いわね!さすがメルだわ!」


 喜ぶベアトリシュだったが、すぐに表情を曇らせた。


 当然のように和国政府はこれに干渉しようとしていた。

 親和国派の公王候補の代理に、相当な強者を用意しているらしい。


「私も詳しくは知らないんだけど、東国一の剣豪アロウズ・ロドルゲスっていう人を呼び寄せたらしいの。噂じゃ、一振りで九つの太刀筋を生じさせるとか、空間を斬り裂く刃を持つ凄腕だって……」

「へ~。それは大変そうね」


 言葉の割には大したことはなさそうな反応に、ベアトリシュが少し気になったようだ。

 それもそうだろう。

 何しろそれ以上の剣技を振るう、ゼトラという存在を知っているからだ。

 メルキュールの反応の違和感をそっと胸にしまい、続ける。


「それでね、私たちもこうしちゃいられないと思って、エイベルクに行こうと思ったの」

「どうして?」

「なんでも、ヴィシャールって都市で魔獣の氾濫騒動があったんだって? それを解決した冒険者を代理に立てようと思って……」

「へ、へぇ……」


 ギクリとして、メルキュールが横目でマーカスを見る。

 マーカスはそんな事は聞こえていない、と言わんばかりにお茶を一口飲んで、ほっこりとした表情を浮かべる。

 キャッキャウフフやめなよーとイチャイチャベタベタする少年少女の姿を見て微笑ましく目を細めている。


 ――こん野郎(にゃろう)!面倒事を私に押し付ける気ね!


 メルキュールは内心、マーカスに呪詛の言葉を叩きつけると、ニコリと笑ってベアトリシュに視線を戻した。


「それで?」

「でさ、メルもエイベルクで冒険者やってたんでしょ?知らない?『明けの明星』て言うらしいんだけど!」

「……」

「私たちもエイベルクに行ってその『明けの明星』を探し出して説得しよう思ってたんだけど、先行していた仲間から既にカールウェルズに向かったようだって通信が入って、こうしてトンボ返りだったの」

「……」

「どこかで入れ違いになって、その冒険者が和国側についたら大変だわ。トーナメント戦の結果も重視されるから、いくら会議の過半数が半和国派であっても、候補がどれも親和国派だったらどれが一番マシな親和国派の公王かって話になっちゃうもの!」

「……」

「ね!お願い!知ってたら教えて!」

「……」


 だんまりを決め込むメルキュールに、一気にまくし立てたベアトリシュは流石にちょっと苛ついたようだ。

 少し語尾を強めて、メルキュールを睨むように見つめた。


「あー……うん。そうねぇ」


 重い口を開いたメルキュールがマーカスに助け舟を求める。

 マーカスも少し躊躇したようだが、仕方ない、という風に頷いた。


「その『明けの明星』って私たちよ……」


 その言葉を聞いて、一瞬理解できなかったのか、ポカンと口を開けた。

 だが、ベアトリシュも、そしてデュアルトも、掘り炬燵のローテーブルを蹴り上げるように、飛び跳ねた。


「えーーーーーーーーッ!?」




 ――面倒な事になってきた。


 マーカスは一人ごちた。

 マーカスは、カールウェルズ魔創公国に溢れかえる和国人を見て、より速く移動できる手段を手に入れたらこんな国はさっさとおさらばしよう、と思っていたからだ。

 和国政府介入による政治の混乱の解決なんて『相互不干渉協定』がなくたって冒険者には荷が重い。もし仮に首を突っ込めばより一層面倒な事になるに決まっているからだ。

 だからこそ、何か相談を持ち込まれても、政治の混乱はどうぞ公国民のみなさんで解決してくれ、と突っぱねるつもりだった


 しかし先程から続く、ベアトリシュとデュアルトの説得がとても煩い。

 代わる代わる『相互不干渉協定』には抵触しないことはギルドにも了承済みであるという説明から始まり、公国の窮状を訴え、二人が支持する次代公王候補が如何に人格に優れるか、政治的才覚が優れるか、と滔々と語る。


 メルキュールも流石にそれには閉口したようだ。


「待って待って。わかった!わかったから!ちょっとこっちでも検討させてよ!」

「ホント!親友として一生のお願い!ね!」

「わかったってば!」


 一生のお願いなんぞ何ひとつ信用できないが、しかしそれほど深刻なのだろうとは理解はした。

 理解はしたものの、はいそうですか、とは頷けない。


「ちょっとそこ、イチャつくのやめて、こっち来なさい」

「は~い」


 掘り炬燵から抜けると、内緒話を始めようとベアトリシュに聞かれないように背中を向けた。

 なお、どういう経緯があってそういう事になったかまでは分からないが、フィオリーナがゼトラの膝の上にニコニコ顔の満面の笑みで座り、それをアイビスが羨ましそうに見て、ゼトラの右腕に絡んでイジイジとしている。

 それを呆れた表情でマーカスが見つつ、小声でゼトラに聞いた。


「一応聞いておきたいが、全力を出せばどれくらいのことができるんだ?」

「え……」


 ゼトラが戸惑ってその答えに窮するように言葉が詰まる。


「んと……正直、全力を出したことがないから分からない……」

「そうか。聞き方が悪かったな。お前は『この辺り一帯を吹きとばせ』と言ったらできるか?」

「えぇ……?」


 その質問に驚いて目を丸くしたが、顔を伏せて自らに問いかけるようにうーんと唸る。

 だがそう待たず、頷いた。


「うん。多分」

「それを聞ければ十分だ」

「ま。ゼトラに負ける要素はないわね」


 苦笑しながらマーカスとメルキュールが頷き、ゼトラもそれに釣られて苦笑する。

 だが問題はトーナメント出場及び優勝に伴う『明けの明星』に降りかかるであろう、面倒事である。


「正直、政治のゴタゴタは、ニアベルクの一件でもう懲り懲りだ。関わりたくないのが正直なところさ。ついでに言うと、何が起きるかも想像できん」

「同じくよ」


 マーカスもメルキュールも、生きる世界が全く異なる政治には無縁だったし、これからもそうだろう。

 どういう理屈を並べ立てれば降りかかる火の粉を消し払う事ができるのか、想像もつかないという弁はその通りだろう。


 だが、ゼトラは違う。

 いずれそこに身を置く立場である。

 恐らく、トーナメント出場を打診すれば、即答で快諾するのは分かりきっている。

 困っている人を放っておける未来の王ではないのだ。


 だからと言って、じゃあ後は任せたとゼトラに丸投げする気は起きないマーカスとメルキュールである。

 ゼトラ一人に、その責を負わせることに躊躇する大人たちを救ったのは、意外にもフィオリーナとアイビスだった。

 うんうんと唸り、逡巡する二人を、フィオリーナがその美しい瞳で見た。


「ね、マーカスとメルキュールは怖いんだよね。もしトーナメントに出たら『明けの明星』がめちゃくちゃになっちゃうかもって」

「うーん……まあ、そうだな。そうかもしれん」

「そうね。ゼトラ一人に全部任せて後はよろしく、なんて出来ないわ。私たちはかけがえのない仲間だもの。ゼトラの問題は私たちの問題でもある。その後起きるであろう厄介事を考えると、ゼトラ一人に任せるなんて言えないわ」

「……」


 フィオリーナの問いに頷くマーカスとメルキュール。

 それを聞いてゼトラは感激したように瞳を潤ませ、沈黙して嬉しそうに微笑む。


「それでね……私とフィオで決めたの……」


 アイビスがおずおずとゼトラの手を優しく握ったまま、上目遣いで見る。


「もしゼトラが王様になっても、ならなくても……私たち二人は一生かけてゼトラを支える……。どこまでも一緒についていこうって……」

「そうなのー!だから『明けの明星』のことは、気にしなくていいよ!」


 にっこり微笑み合うフィオリーナとアイビスを見て、マーカスとメルキュールは驚いた。

 二人の成長ぶり、というよりは、その覚悟に。


 まだまだこの世界のことを知らない純粋な二人。

 もっと汚いことがある。嫌な思いをすることもあるだろう。腹わたが煮えくり返るほど、ずる賢い相手もいるだろう。

 しかしだからこそ、純粋に、一途にゼトラを想い、既に覚悟を決めているのだ。


「そうか……そうだな……」


 マーカスは思い知った。

 メルキュールも同じだった。


 大人二人の前提には『明けの明星』を守る、というものがあった。


 しかし二人の少女は違う。

 ゼトラを守る。支える。という前提があった。

 それは別に『明けの明星』じゃなくてもいいのだ。


 もし仮に『明けの明星』がバラバラになっても、少なくともこの少女二人は、ゼトラと共に生きていく覚悟が既に出来ているのだ、とマーカスとメルキュールは知った。


「……そうね……わかったわ。二人の気持ち」

「ああ……、すまなかった。少し俺たちは勘違いしていたようだ……」


 ふう、と息を吐いて、マーカスとメルキュールは目を合わせた。

 少女はいつまでも子供ではなかった。……いや、無邪気に笑うフィオリーナは多少怪しいが、少なくともアイビスの真剣な表情を見れば、どれだけ本気か、ということはよく分かった。


 ――ゼトラのために。


 その言葉を内心呟き、二人は頷いた。


「じゃあ、トーナメント……でるか?」

「そうだね」


 ニコリと微笑んだゼトラを見て、力強く頷き返すのだった。


「あ、でもさ、タダでって言うわけには行かないよね」

「ん?」


 ゼトラが珍しく、悪戯っ子ぽい茶目っ気たっぷりの笑顔で笑う。

 ゼトラは小声で、そっとマーカスに考えを打ち明けるのだった。




 結論を出した『明けの明星』の答えに、ベアトリシュとデュアルトの二人は歓喜した。

 ヴィシャールの太陽、と賞賛される英雄なら仮に決勝で東国一の剣豪に敗れたとしても善戦は期待できるし、その結果、会議の候補にも残るはずだ、と見込んだ。


 だが、それを水を差すように、マーカスが遮る。


「ただし条件がある」

「なんでしょう。お金のことなら満足できる相当額は用意できますよ。それ以外のこと、例えば個人情報の秘匿だって、可能な限りは努めます」

「それは期待するが、そうじゃないさ」

「な、なんでしょう……」


 マーカスの睨みつけるような気迫あふれる真剣な表情を見て、デュアルトが少し怯む。

 しかしそれを安心させるようにメルキュールが微笑んでいるのを見て、首を傾げた。


「ドワーフ族の救出を手伝ってくれ。それが条件だ」

「え……っと、それはつまり……?」


 しかし、さらに詳しく話を聞き出そうとするのを妨害するように、個室の扉がノックされた。


「お客様、申し訳ございませんが、そろそろお時間でございまして……」

「ああ、失礼。では積もる話の続きはそちらの部屋にお伺いしても?」

「構わないぜ」


 ひとまず、新婚夫妻と『明けの明星』はレストランを後にした。

 ジロリジロリと、こちらの様子を伺う視線を感じながら。

予告。

旧友から明かされるクーデター計画。

カールウェルズ魔創公国の窮状を訴える言葉に『明けの明星』はどう応えるのか。


次回「059.曇天に振りかざし」

お楽しみに。


ブクマ、評価をつけて頂き御礼申し上げます。

本当にありがとうございます。

ブクマ、評価、感想などいただけると嬉しいです。

次回更新は2020年10月23日お昼頃の予定です。

よろしくお願いいたします。

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