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7-15話 ふたりの再会

第七章:君に逢いたくて:


「ウィラ…… 君に貸しひとつあっただろ…? あと10秒このまま待ってくれないか…?」


 片腕を失って(ひざ)を付く少年と、対峙する忍者(くノ一)の少女は、まるで時が止まったかのように十数秒を動かないでいた。遠巻きにするハンター達は、レイド組の惨状に恐怖して、ただ固唾を呑んで傍観している。


 氷点下の外気の中で、上半身むき出しで脱力する、血に(まみ)れた大翔(ヒロト)。夜空を静かに見上げていた彼が、ふいにひと雫の涙を零した。


 ……… ツキカ。


 此方(こちら)に向かって夜空を駆けるのは、その軌道を結界に映し込む、白馬(ペガサス)の凛々しい姿だった。


ーー それじゃ、こうしましょう、経験値稼ぎをしてわたしをLV25まで育てるのよ! そうすれば憧れの空飛ぶ白馬を召喚できるわ ーー


 あの時、からかうように言った、月歌(ツキカ)の言葉が蘇る。


 その純白の翼が羽ばたく度に、緩くまとめた黒髪が跳ね、上品なアイボリーホワイトの外套が軽やかになびいている。


 間違いない… 見間違うはずもない、ずっと逢いたいと焦がれていた少女が、いま視線の先で空を行く。


 この世界に…… 居てくれた……。 互いに生きて、また逢えた……。


 死別して半年以上… あの乱雑で汚く、廃墟ばかりが目立つイリィタナル城塞都市で、いつでも彼女を想っていた…。


 「ヒロト…」と君がオレを呼ぶ… 君の愛らしい声が蘇る… ねぇツキカ、君が好きだ。


 背に触れる細い指の感触、柔らかく艶のある黒い髪が頬に触れ、怒ってるのか困ってるのか分からない、目尻を下げた甘える表情が特別だった…。 


 ずっと君が恋しかった…… 君に逢えなくて哀しかったんだ…。


 純白の白馬(ペガサス)に騎乗する戦乙女(ワルキューレ)が、彼の探知エリアにまで接近する。




:鑑定:

 ツキカ ササラギ LV25 


 連突きLV13 火炎弾(フレイム バレット)LV15 居合突きLV12 火炎爆破(フレイム ボム)LV11 マジックシールドLV10 三日月斬りLV9 闇影破魔矢(シャドウ ミサイル)LV15




 スキル上(LV10)限超えてるだろ…? やはり君も… 呆れるぐらいの規格外(イレギュラー)だな……。


 ポップアップする懐かしい月歌(ツキカ)の表示に、大翔(ヒロト)は小さく苦笑する。三重表示のネームフレームが、赤白赤と赤青青の間で戸惑うように揺れている。


 白馬(ペガサス)が裏路地に達すると、身を傾けて大きく頭上を旋回し始めた。そこで始めて切れ長の眼が、地上の大翔(ヒロト)と重なった。艷やかな藍色の瞳が、戸惑いに揺れ動き、苦しそうに視線を泳がせてしまう。


 この現状では、それが当然の反応だろう。旋回する合間に幾度も見える月歌(ツキカ)の表情は、困惑と歓喜が入り混じって、今にも泣いてしまいそうだ。


 困らせてゴメン… でも、やっと君に逢えた……。


 あの日、守る事が出来ずに、腕の中で息絶えた愛しい少女。抱きしめた手の合間から、七色に解けていく絶望が、今でも鮮明に蘇る。


 この雪に埋もれたタウバァの街中で、声の届かない距離のまま、二人は敵同士として再会していた…。

 

 大翔(ヒロト)は涙したまま微笑むと、無意識に小さく手を空に差し上げる。再び二人の視線が重なれば、月歌(ツキカ)の瞳も涙で濡れ、鼻先が赤く色づいていた。その瞬間、覚悟が決まったように、フレームは赤青青の『内面的友好状態』に固定する。


 それでもこの場では、言葉を交わす事さえ叶わない… ふたりは、雪に埋もれた路地裏と天翔ける白馬(ペガサス)の騎乗から、互いに見つめ合うしか出来ないでいる。


 たまらずに、月歌(ツキカ)の口元が「ヒロト」と小さく形を動かした。


 そのまま少女は、騎乗から身を乗り出すと、真っ直ぐに手を差し伸ばしてくる。それは、紛れもなくその手に掴まれという意味だ。


 バカ…… その手を取ったら、君が街を追われるだろ……。


 それだけで十分だった。確かに気持ちは伝わった。ずっと抱えていた焦燥感と葛藤が、優しい温かさで癒やされていく。その幸福感はすぐに、側に居る事が出来ない悔しさに、すり替わってしまうのだが…。


 大翔(ヒロト)は自分の手を静かに下ろすと、小さく首を降ってから笑って見せる。そして最後の力を振り絞ると、(ひざ)付きから再び立ち上がっていた。


 悪いツキカ… 今日はこれまでだ… 必ずまた逢えるから……。


 そこでウィラが、頭上の月歌(ツキカ)に声を投げた。


「私は平気よ! ツキカは負傷者の回復をして!」


 彼女は自分に向けて、手を差し伸べたと勘違いをしたようだ。


 これで良い……。


 彼は残りの気力(VIT)を消費して、神速の疾風の極意(クイックムーブ)で、ウィラとの間合いを一気に詰める。互いの姿が重なると、彼女は悲痛な表情で唇を噛んだ。


「あんた… ワザとでしょ……?」


 反射的に突き出した大太刀は、無防備な大翔(ヒロト)の胸を、見事に刺し貫いていた。突きの(かた)のまま、密着した少年を見る瞳は、寂しげに彷徨っている。


 (つか)の直前まで深々と刺さった愛刀を伝い、彼の鮮血が漏水のように流れ落ちた。少年はゆっくりと残った右腕を上げると、忍者(くノ一)の背をぽんぽんと軽く抱く。


「流石に… ウィラの手で討ち取らなきゃ… 収集がつかないだろう…?」


 そう言って苦しそうに咳き込んでしまう。


「もう… 引き際まで格好つけちゃって…… それに名前を呼ばな…… てもう良いわよ!」


 そのまま自分から、コツンと額を押し付けると、一気に反した刀を斜め上へと斬り上げた。


「……… ありがとな… ウィラ…」


 裸の胸板から脇へ向けて、身体の半分を切断されると、ドバっと血肉が霧状に吹き出した。


 これで今は満足だ……。


 彼はそれで力尽きると、背中から雪面へと大の字に倒れ込んだ。


「ゴフ! ゴフっ、ゴホっ…!!」


 今回は… 酷い痛みだな…… いつもの()()()()()が仕事してないか……。


 苦しげに吐いた、白い息の向こう側に、舞い降りてくる月歌(ツキカ)の姿が霞んで見える。唇を引き絞る悲痛な表情は、今にも泣き出しそうで逆に心配になった。


「大丈夫…」と言ったはずが声にはならずに、咳き込むように細かく吐血した。


 ツキカ………。


 白馬(ペガサス)の騎乗で黒髪を舞い上げる少女は、神々しい程に美しい。


 オレ達は… どうして一緒に居れないんだろう…?


 最後の意識が、そう本音を漏らしていた…。




:ヒロト シマナ:

 体力(HP) 0/3012   〔Died(死亡)

 魔力(MP) 0/4210   〔Impossible(使用不可)

 気力(VIT) 6/2881    〔Warning(警告)


  

ー You(あなた) are() dead(死亡した) ー




 この世界に転生して7ヶ月… それは二度目の死となった。







 ◇



 




 その凍えた早朝に、約束通り大学病院を訪れた大翔(ヒロト)。病棟一階の個室の窓から、彼女に手を引かれて室内へと入り込んでいた。


瑛太(えいた)でなくて悪いけど… 彩々楽(ささらぎ)さん」


「ううん… 此方(こっち)も… 小夕(さゆ)じゃないけど… でも、ありがとう」


 その細すぎる華奢な手は、今でも小刻みに震えている。細長い四畳ほどの個室の中は、飛び散った血で凄惨に汚れ、差し込む朝日がそれを、溶かした水彩具のように鮮やかな赤に照らしていた。


「こいつが君の養父だった男…?」


 ベッドの傍らで、身を丸くして横たわる、赤く染まった白衣の男は、すでに事切れて微動だにしない。背に刻まれた数本の刺創(しそう)の横に、一本の果物ナイフが突き立ったままになっている。


 始めての遺体、しかも刺殺死体を見下ろしているのに、彼の傷んだ心には、何の感情も湧いてこない…。


「そう… 表では病弱な義娘を治療する、献身的な専門医を装って… 命の代償に、毎晩月歌(わたし)を犯した酷い(ひと)…」


 向き直った少女の右半身は、返り血で赤黒く汚れている。


「さっき… 小夕(さゆ)が表に現れて、わたしの代わりに殺してくれたの… 今はまた眠ってしまったけれど」


 血に塗れて少しだけ上気する、感情の無い横顔は、冷ややかでいて酷く妖艶だ。この悲惨な殺人現場でさえ、彼女の儚げな姿を引き立てる、舞台仕立ての1幕のようだった。


瑛太(えいた)が約束は守るって… そう()()言ってるけど君は良いの?」


 その意味を悟った大翔(ヒロト)が、悲しそうに少女を見下ろした。


「えぇ…… お願いしたいわ… ほんとに、もう疲れたの…」


 ふぅっと長い溜息をつけば、少し乱れた前髪を、指で()いて片耳にかけた。血の匂いに混じって、甘い香りが彼にも届く。


「ヒロトくん… こんな汚れて惨めなわたしだけど… 最後に、ハグしてくれないかな…?」


 自虐気味に(うつむ)月歌(ツキカ)に、たまらなくなると、少し強引に自分の胸に抱き寄せる。


「君は汚れてなんかない… ほら、こんなに素敵で愛らしい……」


 その細い腰に腕を回すと、幼子のように大事そうに抱きしめる。自分と同じぐらいに壊れてしまったその細身は、氷のように冷たくて、それが苦しくて必死に温めようとした…。

 






 ◇




 



 その柔らかな感触が、心地良いと感じている…。


 夢の悲しい残り香に、まだ薄幸な少女を、抱きしめているつもりでいた。


「ヒロト…」

 

 慈愛を含んだ優しい呼び掛けに、ようやくと意識が戻り始める。一瞬見えた明るい朝焼けが、蜂蜜色の髪に隠れて、彼の視界を柔らかく遮った。


「おかえり…… 僕がわかるかい?」


 覗き込む香音(カノン)の泣き顔が、切なそうに小さくしゃくりあげている。


「カノン……? そうか… オレは復活(リバイブ)したのか…」


 開きっぱなしのステータス窓に眼をやると、レベルが24に落ちている。死亡による、経験値(EXP)マイナスのデスペナルティだろう。


 そこで自分が、可憐なエルフの(ひざ)上で、抱えられている事に気がついた。彼女の香りに包まれて… とても懐かしくて、そのまま身を預けていたくなる。


 周囲に眼をやれば、黄泉返りの石碑(ポータルストーン)の足元で横になり、差し込んだ朝日を眩しく見上げていた。


「こんな早朝に…… カノンが見つけてくれたのか?」


「君が… ずっと泣いているから……」


 感極まった少女は、小さく嗚咽を繰り返すと、その質問にも、しばらく答える事が出来なかった。


「オレ… 泣いていたの…?」


 少年は驚いて涙を拭うと、寝転がったまま少女の頭を優しく撫ぜる。


「うん… サクラの未来予(占い)知だよ…… ねぇ… 君の目的は叶ったの?」


 ようやくと身を起こした少年に、赤面した香音(カノン)が、とぎれとぎれに聞き返した。


「目的……?」


 その瞬間、この二週間の出来事が、次々と脳裏に浮かび上がってきた。


 アイナの助言や咲霧(サギリ)との旅、廃都クシャネで出会った天使シオリコと、何故か親近感を覚えた前線都市タウバァにて、必死に月歌(ツキカ)を探した吹雪の日々…。


 そう、目的は果たせたよな…? ツキカに逢えた… 彼女もまた成長していた…。


 白馬(ペガサス)の騎乗から、必死に手を差し伸ばす彼女は、凛々しくて、とても愛らしくて…。


 …… いや? そうじゃない、何か大切な事を…… 酷く悲しい記憶が……。


 朝方の夢のように、それはもう(とら)えようもなく、指の隙間から零れて思い出すことが出来ない。


 ただ突然と手脚は震え出し、動悸が激しく胸を打つ。酷く狼狽える少年を、香音(カノン)が小さな体で支えようとした。


「カノン…… オレは… オレ達は……」


 上手く言葉に出来ずに、子供のようにポロポロと涙を零してしまう。


 再び月歌(ツキカ)と離れてしまった寂しさや、思い出せない夢の悲痛な感覚や、置き去りにした香音(カノン)への後ろめたさが、一気に渦巻いて押し寄せていた。


「大丈夫だよ… ヒロト… 泣かないで……」


 華奢な身体で大翔(ヒロト)の長身を抱き寄せると、その背を母親のように優しく撫ぜる。早朝の転移石(ポータルストーン)の目前で、二人はしばらく抱き合ったまま動けないでいた。


「おいおい、何だよニュービー! お前また死んだぐらいで泣いてるんか!」


 朝帰りらしい、ドランクエッジの野郎共(メンバー)とクラマスの勝治(カツジ)が、少年を指差して大爆笑を始めた。先日の事件もあり、子供の仕返しのように、泥酔した赤い顔で下品にゲラゲラと笑い合う。


「あんたら本当に間が悪いわね。マジ殺すわよ…?」


「ぐ、ぐぇ………」


 その一団の背後に、彩葉(イロハ)幸太郎(コウタロウ)が張り付くと、奴らの肩を抱いて広場の外に連行していく…。


「ヒロトくん…… おかえりなさい♪」


 桜咲(サクラ)が後手で腰を曲げると、優しい表情で、少し寂しげなハミングを歌い始めた…。

 


 





 これにて第7章:君に逢いたくて:は終了です。


 言葉を交わすことさえ、叶いませんでしたが、互いに生きている事が分かっただけで、心は軽くなったのではないでしょうか?



 ふたりを逢わすだけで、5章も掛かってしまいました。本当の再会は、もう少し先になりそうです…。



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