8-1話 火種
第八章 :城塞都市イリィタナルの内紛:
大翔が、タウバァから死に戻りした翌々日。始まった今期の広域戦闘期間は、互いに精彩を欠いたまま、小競り合いを繰り返しただけで終わる。それは彼が記憶する中でも、最も消極的な戦期となった。
その原因が、アルテミス側の士気の低下と、主力メンバーの多数の故障にあった事を、ディメテル側の誰も知らなかった。たった一人でトップランカー100人単位を、行動不能に陥れた、真紅の鬼神 を含むイリィの災厄を、激しく警戒しての緊急措置だったのだ。
そんな事を、まったく想定していない、本人とその仲間達…。
大翔のデスペナルティで落ちたレベルを戻すために、巨大カルデラ湖とそこに点在するテーブルロックを、新しい狩場として走り周っていた。
このエリアのレイドボス、特に『ジヒダの 狂気の暴君 Unique BOSS 』を頭にする同シリーズは、リポップが早く例の吊橋を使って上手く巡回すれば、かなり効率よく経験値が稼げたのだ。
そうして久しぶりに、A.ドボルザーク のメンバー全員でレイド狩りを繰り返せば、二週間程で少年は再び到達者へと復帰した。
◇
イリィタナルに転移した一行は、Noisy Labyrinth に向けて、だらだらと主街道を昇っていく。
「修理した妖魔軽防具の具合はどうだ? あれだけ酷く破損してたからな… つか、あの神強化のバケモノ装備を、あそこまで壊すお前が信じられんぞ?」
幸太郎は、少年の背を平手でバンバンと叩いた。大翔が戻ってからこっち、彼もすこぶる機嫌が良い。
「さすが高レベル鍛冶師様ってところだよ。あの状態から良く修理できたよな?」
少年が防具の胸部をさらっと撫ぜる。妖魔シリーズは妖聖剣との相性も良く、彼には欠かせない装備のひとつなのだ。
「そこは鍛冶師MAXの、恩恵ってやつだな!」
「え? マジに? いつの間にレベル10になったんだよ?」
少年の武器師スキルは、ずっとレベル8で止まったままだ。
「ヒロトが加わってこの半年、アイテムドロップも何倍にもなったからな… おかげで防具合成で経験値がウハウハだったわ」
「くそ… 武器はそう簡単に合成なんか出来ないからな…」
それでも彼の魔改造されたドゥッカの短剣は、複数回の武器合成に成功した希少品なのだが。
そんな兄と弟のようなやり取りを見て、後ろを歩く香音と彩葉が、にこにこと頷き合っている。
「ヒロトは、だいぶ元気になったみたいね…?」
セクシー系ダークエルフが少し屈んで、癒やし系僕っ娘エルフに耳打ちをした。
「ほんとうに… 無事に戻って来てくれて、嬉しいよ…」
少女は無意識に、彼の後ろ姿を眼で追ってしまう。
「あれだけボロボロの死に戻りだったのよ… 無事とは呼べないんじゃない?」
もちろん復活した際に、失った左腕や身体的外傷は完全に修復されていた。消耗していたのは心の方だ。
あの日の早朝、フォートBに帰還した少年は、直後に食堂のソファで力尽きるように眠ってしまった。その隣に香音も潜り込み、彼を膝に抱いてずっと頭を撫ぜていた。
失くした宝モノを、再び手にした子供のように、その瞳は熱を持ち離すまいと身を丸める。
その愛しそうに眼を細める姿は、朝日に輝く女神のように尊く、また危うい脆さも感じさせた…。
彼等は見慣れたラテン系酒場風の店内で、いつもの席へと腰掛ける。まだ午後の中途半端な時間で、店内はかなり空いていた。
「いらしゃい… って貴女達、大丈夫なの…?」
珍しくNoisy Labyrinth の女店主であるナオミが、自ら水のピッチャーを運んで来る。
「あら? ナオミがホールに出るなんて珍しいじゃない?」
少しふくよかでいて、女を強く感じさせる妙齢の女店主が、彩葉の隣で腰を屈める。
「上からの嫌がらせが酷くてね… あんたら狩りに出ていたんだろ? ハンター会議の連中が、ろくでもない事言ってきたわよ」
そこで大翔が、何かに気づいて顔を上げた。店の厨房とトイレのある通路から、仁王立ちするアイナが、満面の笑顔で手招きをしている。
うわ… これ絶対に絞められるやつだ……。
「ちょっとトイレ逝ってくる…… 適当に注文よろしく」
テーブルのメンバーに一声掛けると、肩を落としてトボトボと通路へ向かっていった。
「まったく!!」
白金色のネコ耳をピンと立てた女給が、開口一番に毒づいた。
「ちょっと裏に来なさいな!」
元々の猫目をさらに吊り上げて、少年の耳たぶを掴むと、ぐいぐいと引っ張っていく。どう見ても舎弟を連行するヤンキーだ…。
「い、いてててててててっ……」
完全に説教モードに入っているアイナに、当然抵抗出来るわけもなく、彼は店の裏へと連れ去られていく。
「まったく!! もうっ!」
「お、落ち着けアイナ… その罵倒は二度目だぞ…?」
「お黙り!!」
美しい毛並みの尾を立てた、セクシー系お姉さんが、指先で彼の額をグリグリと責めて立てる。
「何が人探しするだけよ!!! どんだけ一人で暴れてきたのよ!」
かなりご立腹のご様子だ…。
「いや… ほら、正当防衛って知ってるか?」
「はぁ!! ひとの街荒らしておいて正当防衛ですって? 真紅の鬼神とかいう、ご立派な二つ名までもらっておいて?」
ご、ごもっともです……。
両手を揃えての、直立不動の姿勢で固まる大翔。
「オ、オレも必死だったんだって… 戦う気は無いって言っても、大人数で襲ってくるんだぞ?」
「だったら無抵抗で斬られなさいよっ!! 薄々は気づいてたけど、まさか単騎でうちの主力120名を戦闘不能にするなんて… 貴方って悪魔? いや、だから鬼神なのか…」
「でもさ、誠意を見せるために剣は抜かなかったんだぞ…? 多分死人は出てないはずだけど…?」
「この馬鹿者め!! それが更に話をややこしく……」
うんつくって… どこの方言だよ……。
「貴方は、ほぼ素手と非攻撃系のスキルだけで、アルテミス側のトップランカー200名と戦って、そのうち122名を戦闘不能に陥れたのよ? これは完全な戦力的バランスの崩壊よ?」
彼女は額に手を当てて、はぁぁっと大きくため息を漏らす。
「ただでもカノンのクランは、余りに抜き出た戦闘力で危険視されてきたのに、そこに貴方が加わったのを知って、本国は大きな危機感を感じているわ」
「そ、そんなに… 大事なのかな?」
「そうよ! しかも武器を抜かずに防御に徹した、貴方の気概を評価して、敵ながら半分英雄的な扱いになってるのよ…」
「うそ? ちょっと格好いい感じ…?」
「なに嬉しそうにしてるのよ!」
そう言って彼の胸をぽすぽすと殴りつける。
「その結果、私達には、鬼神ヒロトを含むイリィの災厄メンバーの監視と、可能ならばアルテミス側への引き抜きの勧誘を… という面倒な指令が届いたわ… もう、何だか本当に二重スパイみたいじゃない私…」
「目的を果たせたのは、アイナの情報のおかげだしな… 何だか迷惑かけてゴメンな」
「……… そういうところよっ! 駆け引きしているように見せ掛けて、本心ダダ漏れなんだから貴方は…」
彼の謝罪に、気怠そうなペルシャ猫のように、土壁にゆるりと身を預ける。
「そう… 目的は果たせたのね…?」
「あぁ……」
その答えの割に、彼の表情は寂しげだ。
「ねぇ… その娘と一緒に居るためにも、本当にアルテミス側に来ない? もちろんカノン達も一緒にね… 貴方達にはこの腐った街は似合わないもの」
その提案はそれなりに魅力的だ… ま、だからと言って、味方を散々に殺しまくった災厄のメンバーを、暖かく迎えてくれるとは思えない。あくまで戦力強化的な意味合いなのだろう。
「そうだな… 少し考えさせてくれ…… 現状を変える一案には入れておくよ」
「そうね… でもそんなに悠長な事を言ってられないかもね? アルテミス側に火の粉を振り撒いたように、貴方はこの街でも、もう火種として燻っているのよ。テーブルに戻ってみれば意味が分かるわ」
そう言ってもう一度ため息をつけば、ようやくと説教タイムから開放してもらえた。
「この街も、ついに危なくなってきたな?」
少年がテーブルに戻ると、幸太郎の不機嫌な声が聞こえてきた。
「どうした? 声が裏まで聞こえてきたぞ?」
彼が椅子に腰を下ろすと、彩葉がピッチャーの水を注いでくれた。
「ハンター会議と特権階級のお貴族様が、フォートBの返還要請を決定したらしい… これ絶対、クライ レブナントからの圧力だろ?」
「返還て… あの土地と隣の教会は A.ドボルザーク の名義だろ? システム上、どうにも出来ないんじゃ?」
この街の不動産は、入り口の看板で売買や賃貸を自動契約する仕組みになっている。こういう所だけ不自然にゲームぽい。
「だから嫌がらせなのよ… 街全体から圧力を掛けて、わたし達に屈しろと言ってるの」
彩葉はそういうと、珍しく不機嫌そうなクラマスの背に、優しく手を添えている。
「それに、このNoisy Labyrinthの借地権も無効にするって、言い掛かりを付けてきたらしい… ふざけんな!」
幸太郎は何処から出したのか、自前のブランデーをショットグラスで飲み始めた。
「コウちゃん、声大きいからね?」
桜咲は彼の腕に柔らかく抱きついて、自分のグラスにも注げと掲げて見せる。本当に彼女は甘え上手だ…。
「と、そういうトラブルなんだよね… 僕はクランの資金を使って、お店ごと買い取ってしまおうと考えているけれど… みんなはどうかな?」
香音が真剣に全員を見渡してくる。その眉間にシワを寄せる表情で、内心かなりご立腹なのがよく分かった。彼女の提案に一同は問題なく同意する。使い道の無い共同資金が、数億単位であるはずだった。
彼女は店主のナオミと話をまとめると、二人で入り口のパネルに向かい合う。すぐに店の所有権をクランで買取り、それをナオミが賃貸するという形に書き換えてきた。
「ありがとうねカノンちゃん! それじゃ賃貸料はメンバーの飲食代の完全無料という事で良いのね? 何だか優遇してもらって悪いわね」
ナオミは笑顔で腰を折ると、ホールの給仕に詳細を説明している。
「これで Noisy Labyrinth の所有者は A.ドボルザーク という形になった訳だね。そしてこれは僕らからの、明確な反抗の意思表示でもある」
「それでも所有権が変わっただけで、お店への嫌がらせは、どうにもならないわね… クラマスとしてカノンはどうしたい?」
全員がお怒りの中、彩葉だけが、お姉さん的な冷静さを保っている。
「挑んで来るなら潰そうかな? 結局は街中だって、力が全ての無法地帯だからね」
愛らしい笑顔なのに、眼だけがまったく笑っていない…。
「とりあえず明日のハンター会議で、向こうからアクションを起こしてくると思うんだ」
「そろそろ見逃してあげるのも無理かもね…?」
桜咲がさらりと怖いひと系の発言をする。
「僕らとしては、内戦状態も辞さない覚悟でいこうかな?」
小柄で可憐な美少女エルフが、更に恐ろしい物言いをした…。
第八章が始まりました。
水面下で燻っていた、A.ドボルザークとクライレブナントの軋轢が、現実的な対立として表面化します。それは街全体を巻き込むと、陣営戦争とはまた別の、街の覇権を掛けた闘いに…。
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