7-10話 吹雪と焦り
第七章:君に逢いたくて:
タウバァの廃屋に潜んで丸2日が経過した。残念ながらこの間に、月歌が神殿を利用する事はなかった。
やはり2万人単位の居住者の中から、人ひとりを探すのは想像以上に難しく、その事実を大翔は痛感していた。
考えが甘かった… そもそも月歌が街から移動せず、ずっと中心街にいたら、ここで張っていても意味がない…。
そうは言っても、今すぐ通りを横切るかもしれずに、朝の監視を怠ることも出来ないのだが。
それにしても毎朝の、神殿に向かう人の流れが、まるで通勤で不自然に見えていた。彼等の表情は、一様に何かに急かされているようで、ずっと妙な違和感がある。
その波が収まると、今度は数十人単位のグループが、整列した状態で進んで来くる。その統制された様子に、初日は正規兵かとも思ったが、全員が低レベル帯の新人ハンター達なのだ。
その大人数の集団が、数組続けて通過すれば、彼等を補佐するようにベテランらしい上位装備のハンター達が、雑談をしながら続いて行った。多分、彼等の行動には、何らかのノルマ的なものがある気がする。
これ、組織的に新人ハンターを育成してないか…?
大翔は、それを目の当たりにして、兵士としての明確な焦りを感じたのだ。味方は新人を食い潰し、一方の敵方は兵士として鍛えている。それは戦期を繰り返す程に、大きな戦力差となるだろう。
この街って、一つのクランに統合されたとか言ってたか…?
彼等の組織立った行動は、自由を粗暴と履き違えた、ディメテル連合のハンター達とは大違いなのだ。
これ、近い将来に、砦のひとつも落とされかねないぞ…。
思い返せば『氷華の防塞』の守備兵達も、効率的な巡回コースを定めていた。それさえもディメテル側ではありえない事で、平時の守備など、すぐに酒盛りを始めるのがオチだろう。
そうして三日目も、無駄に一日を費やすと、その日の夜半から大きく天候が崩れ始め、その後の二日間は猛吹雪となって、何もすることが出来なくなった…。
◇
ゴウゴウと空が鳴っている。壁に叩きつけられる、雪や氷の飛礫が、同じ間隔で何度も音を立てていた。街はすっかり積雪に埋もれ、白一色に閉ざされていた。
「くそ… ここに来てまで、雪に邪魔されるんか…?」
狭い寝台に不貞腐れたように寝転がり、寝具に潜り込んだ少年が愚痴を吐く。未だに何の手掛かりも無く、雪に埋もれた廃屋の中で、ただ寝転がっているだけなのだ…。
こんな敵地で、オレは何をやってんだよ……?
ずっと心の底で燻っている、焦りと無力感が膨らんでいく。
深夜のフォートBを出発して、すでに10日余り。次期広域戦闘期間までは、残り一週間しか無い。ギリギリまで粘ってもあと5日しか、この街には留まれないだろう。
君は何処に居るんだよ… ツキカ……。
大翔は、うとうととした浅い夢見の中で、背に抱きつく少女の温もりを、何度も繰り返し感じていた…。
◇
散々に吹き荒れた、冬の嵐が抜けたのは二日目の夜更けになった。避難小屋に籠もったまま、時間を無駄にした大翔は、大きく行動方針を転換した。
定点観測するのではなく、深夜に積極的に住宅地区を巡って、寝静まった住民達を走査することに決めたのだ。しかし当然、敵の密集地区へと踏み込む訳で、敵に看破される危険は高くなる。
大翔は雪に埋もれた木戸を、魔力腕で押し広げると、深夜の敵地へと飛び出した。厚く雪の積もった屋根の直上を飛びながら、すでに当たりの付けてある中層へ、潜伏を繰り返して近づいていく。
そうして居住区との境にある、廃屋の影に潜り込み、静かに空間知覚を広げていった。
小ぶりの住居が、斜面に積まれるように密集して、少人数でその一軒ずつを共有しているようだ。この区画は新人ハンターが多いらしく、レベルの低い者が目立っていた。
ショウジ ヤマネ LV13
ケンタ アキシマ LV14
リク オンダ LV13
エイイチ セガワ LV12
MAP上に表示された睡眠中のハンター達が、次々にポップアップされていく。
チサ サンノミヤ LV12
タクト ヤブウエ LV14
この二人の男女は密着したままで、離れた少年の所まで、熱く上気する感情が伝わってきた…。
これは真っ最中という事か…… 失礼…。
やはり此方でも、色事と食事が大切な娯楽らしく、そんな事が数回続くと、何だが自分が覗き魔のような気分になった。
時間的には深夜の2時ぐらいなのだが、やはり朝が遅い分、起きている者も結構多い。浸透型の空間知覚でも、魔力感知の高い魔法職なら、気づかれるリスクも0ではなかった。
そんな緊張の中で、2時間以上を丁寧に探索したが、この区画に月歌の名前は見つからなかった。少年はすぐに3区画程、横移動すると、再び街を走査していく。
寒さに震えながらも、居住区の半分を調べたところで、快晴の星空が白み始めていた…。
◇
その後も、二日間を掛けて、中層の居住区から城下の貴族エリアまで、大胆に探索を広げたが、未だに彼女を見つける事が出来ない。
人出の多い夕食の時間、除雪された大通りに繰り出す者達や、裏路地の道具屋で商談する店主と顧客、さらには女性ばかりが席を埋める妖しい店まで、商業地区のすぐ背後に潜んで、まさに密偵のように少女を探し続けている。
この街には居ないのか…? もしくは……。
少年は、時間的な焦りと共に、月歌の復活さえも疑うようになっていた。
すでにかなり緻密に、街の大半を調べていた。これでも見当たらないとなれば、残るは中心部の主城か正規軍の駐屯区画、もしくは狩場に遠征に出ているという可能性もある。
街に潜入した時の高揚感はすでになく、このまま逢えないという最悪の結果が、恐れとなって伸し掛かっていた。
何でも良いんだ、彼女の情報が欲しい… せめて、この世界に存在しているという確証を…。
大翔は、パブやレストランが集まった、飲食街の一軒の屋根に伏せて、大声で騒ぐハンター達に聞き耳を立てていた。すでにそこまで無遠慮に、半ばヤケになって彼等の側に張り付いているのだ。
「そんでも、やっぱ『リノ ディヴァイン』は凄いってなっ。たった三ヶ月で、荒くれの巣窟だった『クラック ハピネス』を含めた、30以上の上位クランを統一しちまうんだからよ」
直下のパブのテーブルから、数人の会話が聞こえてくる。
「そうね、結構厳しいルールを押し付けてくるけど、あいつには不思議な魅力があるものね。あの宣言以来、ほとんどのハンターはやる気になったっていうか、お尻を蹴飛ばされた感じよね」
渋い声の男に、若い女性が同意する。
「確かに、なんか感動的で、心一気に持ってかれたよな… あの男なら、本当に大陸統一も夢じゃないぜ」
どうやらアルテミス銀翼同盟のタウバァ統一を成したのは、『リノ ディヴァイン』というクランらしい。
今の話しだけでも、敵対したくない相手だな… まぁガチで敵だけど。
「そういえば、例のレイドというか… 作戦? は成功したみたいね。初物を確保した精鋭部隊が帰還したみたいだよ」
「そりゃ凄え! まさに英雄共の帰還ってやつか!」
「そうね、でもこの街のトップランカーの大半を引っ張っていったんだけどねぇ」
「それぐらいの大捕物って事だろ?」
そこで、こっそりと屋根から立ち上がる大翔。彼等の話を聞く限り、トップランカーの大半が、大規模レイドに出払っていたようだ。この時間、神殿経由の帰還ラッシュになりそうだ。
潜伏したまま、屋根伝いに瞬間移動と疾風の極意を繰り返すと、慌てて神殿下の拠点を目指した。
考えてみれば当然か? オレだってこの時期は、ずっと遠征に出てたもんな…。
敵の精鋭達が不在だった事実は、新たな希望を少年に与えていた。
大通り沿いに数ブロックを移動すると、神殿方向から多数のハンター達が、向かって来るのを知覚する。大翔はすぐに、直下の屋上へと着地して、そのレイドからの帰還兵達を伺い見た。
元『クラン サーダス ネスト』の200人隊長 ユイト ナルサワ LV24
全身を真っ赤な竜鎧で武装した、アルテミス側の最凶タンク ミツキ フジシロ LV23
『クラック ハピネス』の刺客、豪腕ゴウ バントウヤ LV23
『リノ ディヴァイン』の大規模飛行隊総長 トシマサ カナヤ LV22
レイドボス狩りの鬼人、ハオガン カイトウ LV23
慈悲無き殺戮魔道士 ウタノ L フェルニード LV23
ハンターとしてはまだ新人の彼に覚えは無いが、アルテミス銀翼同盟の有名ランカー達が、次々にポップアップしていった。まさにこの街の主戦力といった面々だ。
これは怖いな… レベル20超えの手練れが、100人単位でご帰還かよ。
少年は薄く空間知覚を浸透させ、まだ距離のある神殿を望遠鏡で観察する。
っ… !?
神殿の出口で溜まっている集団の中に、見覚えのある艷やかな黒髪が目についた。腰まである長い髪が、風になびいてさらさらと揺れている。
……… あれは?
その瞬間、動悸が激しく胸を打ち、色んな感情が交錯して硬直してしまう。ただその立ち姿は、月歌にとても良く似ていた…。
大翔はふらりと無意識に立ち上がる。
ツキカ……。
少年は自分の探知距離まで近づこうと、無防備に雪溜まりから飛び出していった。
ヒロトはひとり、敵の本拠地に潜み、必死に少女の姿を探します。
それはただ、失った温もりを見つけたいと願う、純粋な想いなのですが… 冷静に見れば、愚かで偏執的な行動なのかもしれませんね。
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