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7-2話 身近な諜報員

第七章:君に逢いたくて:


「ここが三番砦、レスラニィ戦区か…」


 初めて訪れた広場は、かなり高度があるらしく、曲面の仕切りの向こうには、壮大な草原が広がっていた。時間は深夜、月に照らされた芒野(すすきの)は、穂を白く輝かせて、まるで雪原のように世界を覆っている。


 ん…? なんだか胡散臭い砦だな…。


 岩場の高台に建つ巨大な円塔状の戦砦。その全域に展開された空間知覚(エリアセンス)には、多数の人員が知覚されていた。特に基礎部の地下室には、多くのハンターと、何故か赤い敵のマーカーまでが混在している。


 戦時でもないのに、やたらハンターが多いな? これ敵を引き入れて密会している?


 まぁそれ自体は、大翔(ヒロト)にとってはどうでも良かった。むしろ彼も似たような事をしているのだから。


 階段が複雑に絡む砦内部と、要所に置かれた正規兵の詰め所を嫌って、彼は潜伏(ハイド)して夜空へと飛び上がった。そのまま一気に高度を上げると、広大な森影の中に、大小様々な湖水の繋がりが見えてくる。それらは鏡面のように満月を返して、暗闇の中に美しく映えていた。


 彼は地図上に続いている、最も東の細道へ向けて、星空の下を滑空していった。


 数分も飛行すれば芒野(すすきの)原は森へと塗り替えられ、少し遠いが、乳白色の湖が二つ、樹海の中で近接するのが見えてきた。


 前に幸太郎(コウタロウ)が言っていた、白の池(ホワイト ポンド)ってやつかな?


 過去に激しい死闘があったという湖水は、ディメテル側にかなり入り込んでいる。つまり相当に追い込まれた戦いだったのだろう。


 砦の高い視界から、ようやくと隠れると、木々の合間の細道に音もなく着地した。人ひとりがようやくと通れる、踏み硬められただけの荒れた道が、森中の闇へと伸びている。


 その暗闇へ滑るように疾走を始めてすぐ、彼は唐突に立ち止まってしまった。


「何で… 君がこんな場所に? ちょっと引いたぞ…?」


 並んだ幹の陰から姿を表したのは、可愛い白金色の猫耳を持った、猫人族の美女だった。


「ふふっ、()()()のついでなのよ」


「こんな場所でか? アイナ…?」


 そこには Noisy Labyr(ノイラビ)inth のセクシー系ウェイトレスが、妖しい立ち姿で微笑んでいた。






 ◇






 

 何の情報も無く、闇雲に敵地を縦断する程、彼も愚かではない。


 約一ヶ月前… アイナに接触を試みたのは、大翔(ヒロト)の方からだった。そのレアな情報源として選んだ、最初のひとりが彼女なのだ。


 夜更けの四の刻(PM8:00)、城塞都市の飲食店が閉店する時合となり、Noisy Labyr(ノイラビ)inth の裏手から、仕事を終えたアイナが店を出る。


「あら? 珍しい人に出待ちされちゃった?」


 解かれた美しい白金の髪が、背の中ほどで軽やかに風に踊っている。髪を下ろした彼女を見るのは、これが初めてだ。


「やぁ、アイナ。ちょっと話がしたいんだけど、何処(どこ)かで食事でも… って時間ではないか?」


 女性を誘うのに慣れないのか、照れた印象を隠せていない。


「そうねデートするには、少し時間が遅いかしら?」

 

 からかうような言い方には、多分に好奇心が込められている。大きな吊り目が笑みで緩み、ペルシャ猫を思わせる見事な尻尾を、立てたままで揺らしていた。


「悪いな… 人に聞かれない場所が良いんだけど…」


「ふふふ、貴方が誘ってくれるなんて嬉しい。そうね、それじゃ特別にわたしの部屋に招待するわ」


 自然な仕草で寄り添い腕を抱くと、すぐ裏手に有るアパートメントへの小道を登り始める。その後姿は、どう見ても同伴出勤する、魅力的なコンパニオンとお客様にしか見えなかった…。






 その部屋は分厚い鉄扉に守られた、飾りの無い一部屋(ワンルーム)で、アイナの華やかな印象とは違い、必要最低限の家具だけが置かれていた。


「珈琲で良かったかしら? あとで葡萄酒(ワイン)でも空ける?」


 慣れた手付きでカップに珈琲を注ぐと、大き目のラブソファーに恋人の距離感で腰掛ける。スプーンを指先で摘み砂糖を溶かす姿は、繊細で美しいプロの所業だ。


「お構いなく。何か話し辛くなったな……」


「お話ってなんだろう? まさかの恋愛相談かしら?」


 上機嫌のアイナは、彼の耳元に顔を寄せて妖しく呟いた。


「まぁ、あれだ…… 単刀直入に言うと、君は敵陣営の諜報員(スパイ)だよな?」


 その瞬間、どこから抜いたのか、彼の首元に短剣の切っ先が押し付けられていた。その素早く冷静な手さばきは、一介(いっかい)女給(ウェイトレス)のものではない。


「ゴメン、言い方が唐突だった… つかそれ自体はどうでも良いんだよ。興味もないし、正直なところ紛争関係には関わりたくない…」


「そうかしら? 接触してくるあたり、随分と深入りしていない?」


 営業スマイルのままで、眼だけがすっと細くなる。


 アイナって結構怖いんだな…。


「いや、オレが知りたいのは、前線都市タウバァへの安全なルートと周辺情報… と言ったらそれで刺すのか?」


「やっぱり怪しい方向に話が行くのね? 敵の前線都市に何の御用?」


 両手で短剣を逆手で握り、自分の膝を少年の太股に押し付ける。一見すると甘えているようにも見えるが、自分の体重で相手を立ち上がらせない、絶妙な立ち位置だった。


「アイナが考えるような、軍事的な話じゃないって。人を探してるんだ… 敵陣営に居るはずの女の子を…」


 その答えに、少し驚いたように剣先がブレる。と、その一瞬で彼女の腕は大翔(ヒロト)の手で掴まれてしまった。こちらも相変わらず、視認出来ない超速だ。


「それをわたしに言って良いの? 本国に筒抜けだと思わない?」


「それぐらいの誠意は見せるって… 結構、無理なお願いをしているのは自覚してる」


「ふーん… ふたつ聞いていいかしら? その(たず)ね人さんとの関係と、私が諜報員(スパイ)だって気づいた原因? 貴方の前では、普通のセクシー系ウェイトレスだったはずだけど?」


「ははは、セクシー系ってだけで普通ではないだろ? まぁ、この先も気心の知れた、お姉さん路線でお願いしたいかな」


 彼はアイナの腕を離すと、軽くホールドアップしてみせる。彼女も少し呆れたように、その暗器を太ももの裏へと収めていた。


 ヤバイって… それ猛毒効果付きの魔法短剣だから!


「探しているのは、オレの大事な(ひと)だよ… 同じ日に森で目覚めて、しばらく生死を共にした… 敵対陣営なんて知りもしなかったから」


「そう……」


 彼の真剣でも優しい言い方に、一瞬だけ、表情を緩ませる白猫美女。


「君達の秘密を知ったのは、高レベルの鑑定と看破の複合能力かな? 詳細は省くけど、オレはその人物との関係性を、客観的に視覚化できるんだ」


 実際に、これらのレベルMAXのスキルのおかげで、固有ネームの外枠を三重表示に拡張できた。フレームの内側から標準表示、現状の感情や敵意、そして内面の相対関係… 大翔(ヒロト)からアイナは、常に青、青、赤に見えている。つまり内面的には敵対という意味だ。


「何だか嫌な能力ね… それじゃ街に潜伏する他の諜報員の情報も?」


「ああ、それらしい人物の当たりはついてる。君との交渉が上手くいかなかったら、そっちにも()()()しようと思ってさ…」


 彼女は珈琲のソーサーを上品に手に持つと、軽く口をつけて眼を閉じる。彼の気持ちひとつで、この街に潜入する諜報員の全てが排除されかねない… そうすればアイナの目指す目的から、遥かに後退する事になるだろう。


「ふぅ… たとえ無事に、前線都市にたどり着いたって、侵入は不可能に近いわよ? 特に最近はクランがひとつに統一されて、組織だって行動してるし、警戒も厳重だわ」


「それでも、オレは行かなくてはならないんだ。それはどうあっても譲れない」


「人探しといっても、発見されれば戦闘になるでしょ? そんな危険人物を手引なんて出来ないわよ」


「確かにその通りだな… オレからは仕掛けないけど、立ち塞がるなら全てを斬り捨てても進むつもりだ」


 その意志のこもった瞳には、強い決意が満ちている。


「まさか貴方に、追い詰められるなんて思わなかったな…」


 アイナも正面から彼の視線を受け止めた。


「そこは悪いけど、これは取引だよ? 君が情報をくれるなら、お()()には口出しをしないし、組織の秘密も漏らさない。君には世話になってるからね。約束は守るよ」


「感謝のお返しが脅しなの…? もう! これじゃゆるい二重スパイじゃない! んもう! 分かったわよ! 提供するのはルートとその周辺の情報だけよ? 戦闘になって欲しくないし」


 その満額回答に、大翔(ヒロト)は良い笑顔で手を差し出してくる。


「んもぅ!!」


 アイナその手を握らずに、パンと良い音で手打ちした。






 ◇






「それで… まさか着いてくる気じゃないんだろ?」


 ふたりは深夜の細道を外れると、針葉樹の大木の影に身を隠す。


「ちゃんと別件の密偵(おしごと)よ? まぁ貴方を軽く監視する気持ちもあるけれど」


 それ別件じゃないだろ…?


「貴方の案件とは別だけど… このレスラニィ戦区は、クラン クライ レブナントが事実上私有化してるの。あのゴミ共が此処(ここ)で何をしているか知っている? その鬼畜の所業を…」


 怒りを隠せず口を引き結ぶその表情は、いつもクールビューティな彼女には似合わない。


「あの砦の地下で何が行なわれているのか… 一度貴方も確かめて欲しい。その能力なら余裕でしょ?」


「あいつらこそ関わりたくないな。最近はあっちから絡んできてウザいけど… アイナも良く知ってるだろ?」


「これもまた別件だけど… 上層部に圧力を掛けて、A.ドボルザークに裏から嫌がらせするつもりみたい。貴方の良い()も大事だろうけど、カノンを見捨てたら許さないからね?」


「……… ああ、分かってる」


「はぁ… 変に間が空いたけど? もう頼りないんだから…」


 アイナは大きくため息をつくと、細道へ戻ろうと歩き出した。


「この先で奴らが何をしてるのか… その眼で見てみると良い。普段は使われていない、この道が何処(どこ)に続くのか… ちゃんと教えたんだから、少しは予想出来るんじゃない?」


 そう言ってアイナは一瞬だけ眼をつむる。


 ー サモン シルバースワロー ー


 夜闇の大気が集約して、5匹の銀色のツバメが周囲を舞う。それは久しぶりに見る、召喚術師(サモナー)の召喚スキルだった。












おっとアイナさん! 結構キャラ濃いと思っていたら… まさかの敵国スパイとは!?



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