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6-9話 棄てられた人々

第六章:歪みゆく世界:


 彩葉(イロハ)の口からは、少年が聞いたことの無い、隠された街の名が語られていた。


「つまり… 高レベルの魔物に守れた都が『リスティア』で、もうひとつは『クシャネ』という、これもまた地図には無い街って事か…?」


 腑に落ちないといった表情のまま、彼女と視線を合わせてしまう。


「そ、そうよ、まぁ『リスティア』はあくまで伝説… お伽話(とぎばなし)ってやつね。廃都『クシャネ』のほうは、実在する脱落者(デラシネ)達のスラムかな」


 何で顔を赤らめる……。


「イロハは、その廃都に行った事があるのか?」


「わたしは無いわよ… でも、昔の仲間達がね……」


 そこで表情を曇らせた彩葉(イロハ)は、エルフ耳を哀しそうに垂らしてしまう。彼女の仲間達は、その廃都とやらに脱落したのだろうか?


「悪かった… 余計な事を聞いちゃったな」


 あまり語られる事がない、彼女の過去の一部なのだろう。


「ううん、昔の話よ…… もう割り切っているから大丈夫だわ」


 だから… 何でそこで、乙女の顔で照れるんだよ…。


「三番戦区、湖水エリアの北東方向のずっと先に、両陣営の貧民落ち(ブラックスタンプ)や、互いの都市を追われた犯罪者たちが、所属を捨てて流れていくの」


 彼の気づかいで、すぐに気分も持ち直したようだ。


「当然だけど、敵味方もまぜこぜになって、あまり良い環境では無いらしいけど、少なくても戦争に強制参加させられる事は無くなるから…」


「そんな逃げ道もあるんだな」


 確かに月歌(ツキカ)とふたりで暮らした頃は、大抵の物は自給できていた。陣営を放棄して平和に暮らすのも、可能性としてはアリらしい。彼女との望んでいない敵対関係が、絶対では無い事に少しだけ気持ちが明るくなった。


「それで、この町はどんな様子なのだろう? 見たところは平穏に暮らせているようだけど。この里以外に、人は住んでいないのかな?」


 再び香音(カノン)の質問攻めが始まった… 彼女の好奇心は、この手の知的探求には貪欲だ。


「君等も南を見て来たなら、察しはついているんじゃないか? この里以外には、細々と暮らす小さな集落が、山脈沿いに点在しているぐらいだよ。此方(こっち)の世界でも、過去には陣営戦争に似た戦いがあって、数万人規模の人間が居住していたらしいが… それはずっと古い言い伝えだな」


「言い伝え… その戦争を実体験した住民は居ないんだね?」


「ああ… 彼らにとっては、200年以上も前の昔話しだな」


「200年…… それは随分と古いお話だ…」


 少女は蜜色の髪を片手で纏めて、考え込むように視線を落とす。


「当時は、鋼鉄の兵器と銃による戦いで、この里の住人はその修理や整備をしていた、支援部隊の末裔なんだよ」


「なるほど… その技術を今も継承しているから、全員が銃で武装できるんだね?」


「さっきは銃を向けて悪かった… 普段から、流れ者を想定した訓練をしていたんだ」


 柳田は、香音(カノン)大翔(ヒロト)に丁寧に頭を下げた。


「平気だよ。殺気の薄い行為なんて、まったく怖さを感じないし。だいたい、僕らに銃弾なんて効かないと思うよ?」


 彼女らは小銃弾より、初速も威力も高く、しかも追尾効果付きの影の槍(シャドウ ランス)系の魔法でさえ、触れてから(かわ)す事が出来るのだ。その高敏捷(AGI)攻撃速度(AS)の異常さで、重い物理的貫通力のある弓矢の一撃を、簡単に剣で弾いてしまう。


 だいたい、大剣の斬撃や巨大な戦斧の破壊力でも破れない高防御を、7,7mm程度の鉛の弾が抜けるとも思えない。陣営のトップランカーの彼らにとって、それは空気銃で撃たれたような、当たれば痛い程度の攻撃だろう。


「そうか… それは違う意味で恐ろしいな」


「そういう柳田だって、銃弾ぐらいは避けれるよ… スキルMAXの狩人(ハンター)さん」


「まぁ… 避けるのと逃げるのと、隠れるのは得意だな…」


 その答えに、全員がにやりと笑った。


「それで、その銃を使った前大戦は、どういう形で終ったんだろう?」

 

「それについては、あまり詳しくは伝わっていないんだ。ただ、突然と海が(あふ)れて、それが沿岸のあらゆる軍事施設を破壊したらしい」


 大翔(ヒロト)の想像した終焉の一部は、どうやら当たっているようだ。


「数日に渡って、空からは大量の雨と氷塊が降り続き、大地は幾度も大きく地揺れしたそうだ… そして、その天罰のような日々を堺に、新たな兵士が現れなくなったんだ」


「それは俺たちのようなハンターが、目覚めなくなったという事か?」


 話しの壮大さに、思わず少年が口を挟む。


「ああ… 戦士だけでなく、正規兵の補充や、追加支援の人間達がやって来なくなった。調べてみれば地下通路が、半ばで塞がれていたらしい。彼らはこの山脈の向こうにあるはずの、帝都を守っていたそうで、当時は本国に棄てられた… と感じたそうだよ」


「つまり、俺たちと同じく… ありもしない架空の自国を、守るために戦っていたと…?」


「ああ… この里は、元は山脈を抜ける山岳路と地下通路を、守備していた拠点だったのさ。現在の城塞都市と同じ様にな……」


「……………………」


「つまり、此方(こちら)の世界の人の流れは、その時点で破棄されたわけだね。そしてゆっくりと衰退していった… この里の人たちは、この棄てられた世界の生き残りというわけだ」


 そう言うと、香音(カノン)は再び蜜髪を弄りながら考え込んでしまう。


 これまでの情報が何に繋がるのか、まだ整理が出来ていない。だが不明瞭で掴みどころのない悪意が、大陸(アレス)と自分たちを、覆っている事は確かだった…。











「それじゃ、こんな所まで案内ありがとうね」


 不自然に行き止まったトンネルの内部で、香音(カノン)が柳田に礼を言う。そこは四辻(よつつじ)ノ里を貫いて、山脈へと伸びている、主街道のどん詰まりだった。


 そして逆側から見れば、城塞都市が守っている紛争街道の、出口に当たるはずの場所だ。


「こっちこそ、色々と融通してもらって助かった」


 痩男はぎこちない作り笑いを浮かべると、来た方向に向き直る。結局最後まで、美少女エルフには慣れないようだ。


「まぁ、君等が陣営の紋章を捨てたくなったら、いつでも訪れてくれ。歓迎するよ」


 そう言って、ひょうひょうとした足取りで、地下通路の暗闇に消えていった。彼のおかげで、裏世界のある程度の状況は把握できた。まぁ、どこまでが真実なのかは、言い伝えの部分が多すぎて、怪しくはあるのだが…。


「割と良い奴だったわね」


 服飾関係を大量に譲った彩葉(イロハ)には、特に何度も感謝していたのが好印象のようだ。


「ふふっ、70過ぎのお爺ちゃんには見えないね」


 何故か香音(カノン)が、小悪魔の表情で小さく舌を出す。


「んで… これだよな……?」


 幸太郎(コウタロウ)が、目前の岩盤を見上げてため息をついている。隠しトンネルに良く似た構造の地下通路は、まるで掘削工事を中断したかのように、不自然に岩盤に突き当たっていた。


「うーん、地層が厚くて向こう側までは走査出来ないな…」


 大翔(ヒロト)が、岩盤の荒れた壁面に手を触れて言った。


「この奥に道が続いていると思うかい? 地図上ではイリィタナルまでの、主街道が表示されているけれど…」


 香音(カノン)も隣に並ぶと、その行き止まりのずっと先を、意識するように眼を細めた。


「ちょっとまってくれ… それじゃ城塞都市に出入りしている、行商人や補充の正規兵は、いったい何処(どこ)から来てるんだ……?」


 その重大さに、ようやく気づいたらしい幸太郎(コウタロウ)が、つい声を大きくしてしまう。彼の渋めのイケメンボイスが、暗い地下に反響した。


 城塞都市では、背後の主街道は正規軍の管轄で、ハンター達は近寄れない。その実、山岳路を実際に見た者は居ないのだ。


「ちょっと幸ちゃん、気づくの遅すぎだよぉ?」

 

 桜咲(サクラ)が背伸びをして、彼氏の頭をよしよしする。


「そう、此方(こっち)の世界の真実を知って、一番に疑問に思うのはそれだよね。毎日主街道を行き来する彼らは、いったい何処(どこ)から来るんだろうって? その答えが、この壁の向こうにあるのかも…… だよね? ヒロト」


 美少女エルフが、意味ありげな上目遣いで、愛らしく微笑んだ。


「ぇ…… それは暗に、この岩盤を切り裂けって言ってます?」


「うん、話が早くて助かるよ」


 その満面の笑顔に「はぁ…」と小さくため息をつくと、腰の妖聖剣(ネルフィヌ)を抜刀した。すぐに全員が壁から少し距離を取る。すでに彼の手の愛剣は、夜闇を吹きながら、藍色の大剣へと巨大化していくところだった。


妖聖剣(ネルフィヌ)… 岩盤の厚さが分からない。最長身の物理特化で頼むよ」


 «お任せを… 御心を具現化いたしましょう»


 途端に幅広の刀身が、細身の刺突剣(レイピア)のように凝縮すると、その先端が十数倍にも引き伸ばされていく。陣営の重歩兵が使う、6メートル超えの長槍(サリッサ)のように变化した剣を、腰を落として引き絞る。


 ー 三段突き ー


 少年はその構えのまま微動だにしなかった。ただキンという金属音と壁から吹き出す白煙が、スキルの発動を確信させた。


 仲間でさえ視認できない、超高速の三連突きが、分厚い地層の奥深くまでを切り裂いていた。少年は摩擦熱で煙を上げる、逆三角形の開口部に手をかざして、切り出された数十トンにもなる部位を収納しようとした。と、その途端に石柱は光に砕けて、周囲に溶けて消えてしまった。


 その不可思議なエフェクトに、全員が無意識に身構えてしまう。


「まるで消失(ロスト)したような… って、何だこれ? ありえないって…」


 開口部から奥を走査した少年が、驚きに声を上げてしまった。


「な、何? 何があるのよ?」


 彩葉(イロハ)が怯えた声を漏らす… そういえば此処(ここ)は、彼女の苦手な地下の暗がりだった。


「何でこんな巨大な空間があるんだ…? 壁の向こうには、俺の空間知覚(エリアセンス)の領域を越える、バカでかい空洞が広がってるぞ」


 それは底なしの谷間を見下ろしたような、何と言えない不安感だった。


 少年の必死さに、全員が三角形に空いた暗闇を、恐る恐る覗き込む。ずっと続く黒色の先に、真っ白な光がぽつりと見える…。


 次の瞬間、凄まじい純白のハレーションが、世界の全てを飲み込んでいた。


 突然の自由落下が、心と身体を引き離していく感覚… 何度も繰り返す強烈な立ちくらみに飲まれて、仲間の姿を見失ってしまう。


 何だ此処(ここ)は… み、みんなは? どこいった…?


 何故(なぜ)か声にはならなかった。ただ無限の広がりを感じる白色の世界に、影のない正方形(キューブ)が幾つか縦に積み重なっていた。周囲には誰の姿も無くて、それどころか自分の姿さえも確認できない…。


 

 いや、そうじゃない…… 此処(ここ)は、前に来たことがある… そして、その時オレは……。


 目前に浮かぶ、上質紙のような正方形(キューブ)の表面に、自分の名前やステータスが表示されていることに気がついた。




:ヒロト シマナ: 人族(ヒューマン) ♂

職業(ジョブ)

 暗殺者(アサシン)

 魔道士(メイジ)

 ・

 ・

 ・

 ・

 ・

 ・

 


:所属陣営:  ディメテル連合





 そこで唐突に、あの日に湧いた、疑問の答えを見つけてしまった。


 そうだ… これが後悔だった… 今この初期設定で、アルテミス銀翼同盟を選べば……。


 意識が、陣営選択の欄に集中しようとした瞬間、A.ドボルザークのメンバーたちと、寂しそうに口を引き結ぶ、可憐なエルフ少女の姿が浮かび上がった。


 カノン……。





 ー 領域への不正アクセスを確認 ー



 :混入したエラー因子を遮断、隔離:



 :正常化シークエンス稼働中 3秒 2秒 1秒 0 実行完了:




 :エラー因子を登録座標に強制転送します:





 その一瞬の躊躇の間に、緊急アナウンスが続けざまに流れ込み、急激に白色が間延びしながら遠のいていた。その放射状に伸び切った、白色と闇の合間に飲まれて、大翔(ヒロト)の意識も薄く希薄に引き伸ばされていく…。


 もう少しだけ… 今はまだ… これで良い……?


 消え入りそうな最後の意識が、そう呟いて納得をする。そうして永遠のような転移に流され、その想いも暗転してしまった…。








 これにて第六章:歪みゆく世界:は完結です。


 まるで運命のように、世界の真実へと近づいていく彼等… いつか、その残酷な現実に行き着いてしまうのでしょう。


 引き続き、次章:君に逢いたくて:をお楽しみ下さい。



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