6-8話 四辻ノ里
第六章:歪みゆく世界:
ユヴィスの都(?)に残存する、碁盤の目状の小路裏に降り立たったメンバーたち。藪と塗り壁に隙間から、向こうの路を眺めてみると、古い宿場町のような景観が続いていた。
(これ炊事の煙とかじゃないだろ… えらい鉄臭いぞ?)
思わず鼻を隠しながら、大翔が魔導通話に漏らした。
確かに鉄錆と、焼けた金属の匂いが立ち込めて、薄っすらと煙が地を這っていた。古い木造の戸口や、漆喰の倉や、瓦屋根の長屋のような佇まいは、昭和初期の町並みのように見えていた。
柵越しに並ぶ子供のように、全員が顔を並べて小路を伺うと、数人の質素な着物姿の女性が、辻の角で世間話で盛り上がっていた。これが此方側の住人との、ファーストコンタクトになった。
(なんか… お母さんたち着物よね… わたしの格好を見たら、破廉恥って悲鳴を上げそう)
彩葉が赤いミニドレスの裾を、ちょこんと摘んで引き上げる。その真剣な眼差しは、着物の縫製に興味がありそうだ。
(でも何だか懐かしいよねぇ。ザ昭和の主婦ぽーい)
テンション高めの桜咲が身を乗り出すと、それを幸太郎が、ぐいっと引き戻した。
(で、どうすんだ? あっちから見たら、俺ら神か悪魔だぞ?)
悪魔騎士が、一同を見渡すと自虐的にそう言った。
おんぶ紐で背負われた赤子が、こっちを指差して「あーあー」と小さく暴れている。
(オレが潜伏して先行しようかな?)
(それじゃヒロト、僕も一緒に様子を見に行こう)
香音から積極的に手を握ると、互いに頷いてから潜伏した。こそりと藪を迂回すると、ふたりは小路の中心へと進んでいく…。
すぐに漆色の戸口から、金属を叩く響きや、何かを削る音が聞こえてくる。戸の横に設置された鉄箱には、鉄屑や金属の削りカスが山になって錆びていた。
(何かの金属加工か、精錬をしてるようだな?)
(そうだね、町工場か工房のような雰囲気だよ)
ふたりは主婦たちの横をすり抜けて、その辻を左折した。途端に左右に並ぶ商店と、そこを行き交う多数の町民が目に入った。そこは町の中心のようで、木造の二階家が雑然と建ち並んでいる。
(思ったよりも活気があるな… とは言っても都と呼ぶには狭いけど)
男達はみんな、茶色やカーキ色のいわゆる国民服といったズボン姿で、茶屋らしい軒下の長椅子で、串団子や焼き餅を齧っていた。確かに抹茶と餅の組み合わせは美味そうだ。
大翔が周囲を探知すると、300人程の住人が白枠表示でポップアップされていく。
(今現在の人口は312名だな… 敵でも味方でもない白表示か… ん? 一人だけは青枠だな…?)
後ろから近づいてきた、ひょろっと背の高い青年が、突然ふたりに向けて手の砂を投げつけてきた。その悪戯のような行為で、二人の潜伏は解除されてしまう。
「こいつら余所者だぞ!!」
突然と響く男の叫びに、周囲の住人が一斉に懐の銃を抜いた。MAP上の人々の白枠に、敵対表示が二重に表示されていく。楽しげに食事していた男達も、商店の女将さんや、二階窓から見下ろしていた少年までが、拳銃や小銃を構えて、大翔たちを囲んでいた。
(どうしよう? これって戦ったほうが良いのかな?)
とりあえず敵意が無いことを伝えるために、二人して手をホールドアップしてみた。まぁ、逃げる気になれば、どうにでもなるだろう… 住人達のレベルは殆どが一桁なのだ。
「あ… えっと… オレ達怪しい者のじゃないから…」
いや、その紫と黒の暗殺者的な革装備に、天女のような白と金色の神官服は、どうみても怪しさ満点だった…。
「お前達は山向こうの住人だな? いったいこの里に何をしに来た!?」
長身の三八式小銃を構えた、初老の男が前に歩み出る。何処と無くリーダー的な立ち位置の人物に見える。
「絶壁沿いに、鉄の廃船が埋まっている場所を知ってるかな? 僕らは其処にある洞窟を抜けて来たんだ。簡単に言えば… 迷子に近い…?」
その小さな美しいエルフが、にこっと笑って全員を見渡した。銃を向けられてはいるが、明確な殺意は感じられないのだ。修羅場を潜ってきた彼女らは、本気の殺意には敏感だ。
「里長… この者たちに悪意は無いようだ。俺がこの場は引き継ごう」
先程、砂を投げつけてきた痩男が、周囲にも聞こえるように大声を出した。
「まぁ術士の柳田が言うなら… 任せようか。みんなも危険は無いとの事だ。解散だ解散!」
途端に全員が銃を下ろすと、一触即発の空気から、代わりに好奇心の眼を向けられていた。いつの間にか子供たちまで、軒下から顔を出して、こちらを覗き見している。
「とりあえず、信じてくれてありがとう。クランリーダーの向井奈 香音だよ。君は城塞都市の元ハンターだよね?」
香音は、痩男に丁寧に名乗ると、子供たち向かって手を振った。その天女のような、白金の衣を纏う美少女に、子供たちが顔を赤らめて小さく手を振り返してくる。
「ああ… 俺は柳田 智和… 柳田と呼び捨てしてくれ。お察しの通り貧民落ちの逃亡者だ。向こうのお仲間も呼ぶと良い、茶でも出すよ」
「逆に騒がして悪い… オレは島名 大翔、よろしく」
そう、彼が味方表示だったのは、同じディメテル連合の戦士という意味なのだ。
「それにしても… 柳田の探知能力は凄いな? オレの潜伏を看破したよな?」
「まぁ… LV20の狩人が持つスキルなら、ほぼMAXなんだよ… 俺はこの街に70年以上は居るからな…」
「えっ? 70年って……」
大翔と香音は驚愕の表情で、そのひょうひょうとした痩男を見返してしまった。
「柳田くん… だっけ? なんか気使わせちゃったな」
幸太郎が、手のみたらし団子を一口頬張る。
柳田に連れられたメンバーは、彼の住む平屋の中庭を眺めながら、その縁側に並んで座っていた。帰り際に注文した串団子の包を、小皿に別けると緑茶と一緒に配っていた。
「構わないよ。どうせ君等が本気で暴れたら、こんな小さな里なんて簡単に全滅だからな… 乱暴な奴らじゃなくて、本当に良かったんだ」
「そんな事例があったのかい?」
香音も小皿を受け取ると、清楚な姿勢でそれを手に持った。
「あぁ… 40年ほど前に一度な…」
柳田の表情が一瞬にして暗くなった。あまり話題にしたくない内容なのだろう。
「いやいや… 意味もなく暴れたりしないって。おぉ、この団子めちゃ美味いな!」
「幸ちゃん良かったねー。やっと美味しいものに巡り会えたね」
彼氏の幸せそうな顔を見て、猫耳娘も満足そうだ。
「こういう純和風な住居とか凄く懐かしいわ… 畳の匂いだ…」
彩葉が幸せそうに、板の間の隣に敷かれた、畳に顔を寄せている。
「和風…? 懐かしい… そうか君等もそう思うんだな… なつかしい… か」
彼には前世の記憶は無いのだろう。痩男は、その意味を思い出そうと、幾度か言葉を繰り返している。
「此処は僕らの根源にある、古い記憶の町そのものなんだ。きっと君の心の奥底にも同じ景色が眠ってる… だから懐かしいと思うんだよ」
エルフの少女が、小皿とは逆の手を胸に当てて、儚く微笑んでみせた。と、全員が同意するように頷いている。
「そうか… 君等にはこの町が、そう見えているんだな…… 俺がこの里を離れられない理由が、少し分かった気がした…」
「そうだね… きっと僕らは同郷なんだよ」
「身にしみる言葉だな…… 40年ぶりに出会った戦士が、君達で良かった…」
彼は一瞬だけ香音を見ると、照れたようにそう言った。
「なぁ… 柳田は70年もこの町に居るんだろ? 何で若いままなんだ? 消失は… 出来なかったんだな」
少年が言葉を選びながら、ゆっくりと質問をした。
「俺たちハンターは、この世界じゃ異質なんだろな。もちろん死なないだけでも異常だろうが… 山のあっち側でなきゃ、消失は訪れないんだと思う… つまりこの里に居る限り、俺は仙人のように不老不死なんだ…」
そういえばこの男は、術士とも呼ばれていた。この里では特別な存在なのだろう。
「しかし、レベル25アップがふたりもいるって… 多分、陣営では上位クランの君たちが、何故、棄てられた国『四辻ノ里』に?」
この町は『四辻ノ里』というらしい。ユヴィスの都はどこへ行った…?
「さっきも言ったのだけれど、本当に偶然に、山脈を抜ける地下トンネルを発見してね。突然現れた、LV100越えの怪物に追われて、こっちの世界に迷い込んだ… というのがあらましかな?」
柔らかな言い方で香音が語ると、美味しそうに緑茶に口をつける。
「偶然にか… そのトンネルは誰でも行き来が、出来るんだろうか?」
彼は新たな侵入者を警戒しているようだ。
「それは大丈夫だよ… 地下迷宮の床下10mを、切り崩せる者が居ない限りね」
「つまり君の中の誰かが、それを成して此処に居るわけだな…」
彼のドン引きした表情に、全員が大翔を横目で見る。
「え、いや… あれは事故だから…」
「そうか、それで君等は、この里の噂は知らなかったんだな?」
「噂…? みんな此処にはユヴィスの都があると思っていたよ? その噂は昔の城塞都市では普通だったのかな?」
どうやら彼は、美少女過ぎる香音が苦手なようで、視線を合わせないように茶器に眼を落としたままだ。
「それは君たちが、上位クランに居る強者だからだと思う… 俺はあっちに居る頃は、貧民落ち寸前の落ちこぼれでな… そんな下層に居る者の間では、割と知られた都市伝説だったな」
「僕は、この世界は長いほうだけど、その噂はまったく知らないや…」
「それは弱者が、現状からの逃避を願って、足掻いて、探し当てた話しだからだろう… 陣営の都市国家なんて大嘘で、山脈の向こうには、小さな湖の里があるだけだって… な」
「そうすると柳田は、陣営戦争がつくり話だって知ってたの?」
「噂のひとつと、してならな…」
メンバーにとって、その事実は衝撃的だった。それは今現在でも、城塞都市の貧民落ち達に、語り継がれていても不思議ではないからだ。いや、むしろそれを知った事により、戦う気力を失った可能性まであった。
ー わたし、この世界が大嫌いです… 永遠に続く、殺し合うだけの修羅の国 ー
急に楓が言った、最後の言葉が蘇ってきた…。
もしかしたら、彼女は知っていた…?
「そうだな、俺は弱虫で… 戦争で人を殺す事が出来なかったから… 逃亡先を本気で探していたんだ。その候補のひとつが、大絶壁越えと、『拒絶のルバ渓谷』の先にある『リスティア』への脱出だったよ」
「リスティアって… その話しはわたしも聞いた事があるわ。勾玉型の大陸の先っぽ、レベル50越えの凶獣が群れる谷の先に、海に面した共和制の都市国家が存在するの。幻の国『リスティア』の伝説ね。もちろんMAPにはそんな街は無いけどね」
「彩葉が知ってるのは意外だな…?」
少年が真顔で聞き返すと、彼女は少し困り顔になる。
「ほら、わたし昔は弱小クランのマスターだったから… その時の仲間から聞いたのよ… 陣営を放棄するための可能性ってやつ? 幻の『リスティア』を目指すか、廃都『クシャネ』に落ちのびるかってね」
また大翔が聞き慣れない、新しい街の名前が飛び出していた。
この里と柳田の存在は、救いの無い陣営戦争から逃れる、ひとつの答えなのかもしれません…。
ご指摘ご感想、↓の☆(ポイント)評価など頂けると、大変に励みになります。




