6-7話 失意の夜更けに寄り添えば
第六章:歪みゆく世界:
偶然にも覚悟の無いまま、陣営戦争の真実を知ってしまったメンバーたち。
「まぁ… 今日ぐらいは、飲みつぶれても仕方ないか?」
その晩餐での大量飲酒によって、大翔と桜咲以外は、テーブルに突っ伏して酔いつぶれていた。クラハン用の一週間分の酒瓶が、そこら中に転がっている。結構本気のやけ酒だった…。
「いつもふたりを気遣ってくれて、ありがとねぇ」
猫耳娘が珍しく、しおらしい言い方でペコリと頭を下げた。一緒に垂れる黒白の耳が可愛らしい。
「ヒロトくんだって… 想いびとの事とか、色々我慢しているのに…」
「何でサクラが礼を言うんだよ… さては、おかん気質だなっ!」
最近思うのは、年下風を装ってはいるが、彼女が一番大人だという事だ。幸太郎の巨体を、小さな肩に担ぎ上げる様が、何とも言えずにシュールだった。
「おかん言うなー! んとね、わたし達も色々あって… 上手に気を回せないから。みんな、余裕が無かったんだよぉ。でもヒロトくんが来てくれて、とても穏やかになったよ? 凄く助かってる」
垂れ下がった彼氏の髪を、大事そうに幾度か撫ぜた。
「オレは何もしてないだろ… むしろ迷惑ばっか掛けてるし」
「意外と気づかないけどねぇ、こんな嫌な世の中だから、拗らせた先輩ハンターを、新人が面倒みるようになっちゃうんだよ… そういう役回りに、きっとなってるの」
「そうなのか? ぴんとこないけどな…?」
「くすくすっ… だからね、お互いに依存したって良いって話しだよぉ。そっちのふたりお願いね。おやすみ、おやすみぃー」
桜咲は大男を担いだまま、ひらひらと手を振りながら、避難小屋へと歩いていった。
「依存か…」
可愛く寄り添ってテーブルに伏せているふたりは、まるで仲の良い姉妹のようだ。確かに恋だ愛だと言うよりも、依存という言い回しのほうが気が楽だろう…。
まぁ、少しでも心を許せるなら、依存でも馴れ合いでも良いだろな… こんな、やり切れない夜ならなおさらだ。
半壊した古城を軽く見上げてみる。満天の星空を背に、灰色の漆喰が雄々しく原型を残していた。焼瓦の先端に青銅色に錆の浮いた鯱が、天に向って伸びをして、砂漠から渡ってくる夜風には、微かに焦げた匂いが混じっている。
どれだけ時間が経っていても、そこには戦場の気配があった。
少年は魔力腕でふたりを抱えると、左右にふわりと浮かして、揺りかごのように運んでいった。
ふたりを避難小屋の寝台にそっと下ろすと、対面の一人用の寝床へと腰掛けた。手に持っている冷水の瓶を、口をつけて流し込む。
「本当に… くそったれな世界だな……」
酔いのせいなのか、つい言葉を荒げてしまった。壁の細い隙間から、月明かりが幾重にも伸びて差し込んでいる。
今日まで彼女たちは、血に塗れて何千合も剣を交わし、幾度も地べたに伏して来た。どれだけ死んでも終わらない、魂を摩耗するような不毛な戦い… それを耐えれたのは、守るべきものがあったからだろう。背後に庇う都市群の人々や、共に戦う家族同然の仲間たちや、もっとも最低限の生活を守るためかもしれない。
そうだ人間は、ただの決め事や命令だけでは、決して殺し合いなど出来はしない。それぞれが思う、大義名分があるからこそ、生き地獄でも耐えられるのだ。そんな何年も信じていた拠り所のひとつが、偽りだと知らされたら……?
いったい誰の策略なんだ! 城塞都市の貴族か? 軍か? それとも世界の神なのか!? こんなんじゃ、また…。
いつの間にか大翔は、悔しさに瓶を握りしめていた。
この半年で、随分と穏やかになったカノンだったが、今日は沈んだ表情の陰に、あの不安定さが見え隠れしていた。まるで触れれば砕ける薄氷のようで、迂闊に慰める事も出来ていない…。
「君は… 色んなものを背負いすぎだよ」
ふたりが抱き合って眠る寝台を見下ろすと、足元に追いやられている寝具を引いて、少女たちへと掛け直す。
「あっ…」
身を戻そうとした瞬間、袖口を掴まれて、香音の上へと身を崩してしまった。気づけば蜂蜜色の綺麗な髪に、横顔を埋めている。その抱きついている細腕は、思ったよりも強く意思を持っていた。
「ちょ… カノン、まだ酔ってるんだろ…?」
少女は緩く首を振って否定をすると、そのまま自分たちの真ん中へと、少年を引き倒してしまった。大きい方の寝台とはいえ、三人で寝転べば狭い事この上ない…。
「カノン……?」
彼女は何も答えないまま、ただ彼の胸に頬を押し付けるばかりだった。その庇護欲をそそる、弱りきった細い肩は、どうしたって男子のものとは割り切れない。
こんな夜だからかな……?
ふと、懐かしさと焦燥感が、同時に胸に蘇ってきた。あの洞窟小屋での、黒髪の少女を思い出さずにはいられない…。ツキカの背も細く華奢で、湯船にふたりで沈み込んだまま、恐ろしい巨人の足音に震えていた…。
彼は胎児のように丸まった香音を、大事そうに引き寄せる。細い腰と蜜髪を優しく抱くと、掛け具の中は、ほのかに甘い乙女の香りで一杯になる。
ていうか… これもう絶対的に、ただの美少女だろ?
そう、気づけば随分と前から、香音の認識は乙女へと変化していた… 最初は「男気のある女子ぐらい…」などと誤魔化してはいたが、元々、こんな可愛い美少女エルフを、男と認識できるはずはないのだ。
いや、オレもう男子扱いとか無理だから…。
大翔は色々と抗うのを放棄すると、小さな背を優しく撫ぜる。その指先に蜂蜜色の柔らかな髪が、幾本も絡んでから通り過ぎていく。
「なんだか… 一杯になっちゃったみたい…」
少しだけ安心したのか、か細い声でそう呟いた。
「そんなに頑張る必要ないって… カノンはさ、見た感じは可憐なんだから…」
そうエルフ耳の側で囁くと、「見た感じ…」と小さく唇を尖らしてから、彼の首筋にそれを押し付けてくる。それは多分、彼女の中にある、乙女としての抗議のようだ。
そんな少し妖しい密着に、互いの顔がほんのりと上気する。ふたりは同じタイミングで、隠していた本心が溢れ出すのを感じてしまう。
「ヒロト… 僕は君が……」
この辛い試練のような夜更けに、ふたりは唐突に男と女を意識したのだ。
これは… 依存とは違うよな? でも、それを受け入れたら……。
二人は遠慮もなくなると、求めるように互いを強く抱き締めていた。少女も自ら腕を回して、離すまいときつく抱きついてくる。ふたりを別ける数ミリの隙間さえ、今は許せなくて力を増していく…。
「う、ううん…… あぁヒロトだぁ…」
色っぽいハスキーな声音が響くと、背後から双丘の柔らかさと、熱い吐息が密着してきた。
「うっ… せ、狭い……」
まだ泥酔中らしいダークエルフの腕が、少年を背から抱きしめると、彼の髪をわさわさと撫で回すのだ。ただでも狭い寝台の上での、前後美少女の贅沢なサンドイッチ状態になってしまう。
「痛ってって! イロハ! 噛んでる、噛んでる!!」
寝ぼけたまま、肩口に齧りついてくる美少女ダークエルフを、腰回りを平手打ちして牽制する。すぐに彼を抱き枕にして、幸せそうな眠りに戻ってしまう彩葉。一気に寝台は酒臭さで充満していた…。
それに大翔は苦笑すると、諦めたように力を抜いた。こんな触れ合いが久しぶりすぎて、その暖かさと安らぎを、ずっと忘れていたようだ…。
それでもお前は、この娘を置いて行くんだろ…?
心の奥の冷静な分割思考が、そう自分に問いかける。
もう止まる事なんて出来ないからな…。
ふたりの熱に癒やされながら、うとうとと意識を手放してしまう…。
翌朝、初めての同衾に、全員が赤面することになるのを、彼らはまだ知らないでいた。
◇
翌日は少し遅い出発となった。
初めての添い寝で、変に意識して片付けに手間どったり、強烈な二日酔の幸太郎を、治療で解毒したりと、クラハンのリズムがすっかりと狂っていたからだ。
彼らは野営地を撤収すると、イリィタナル城塞都市の対面に位置する『ユヴィスの都』を目指していた。最後に自分たちの住む街の、逆側を見ておこうという事だ。
岩山と砂漠に半ば埋もれている街道を北西に辿ると、サバンナのような低木が現れ、やがて眼に優しい新緑へと塗り替えられていく。順調にMAPをなぞって行く街道は、ほぼ正しく表示されていた。高低差や地形だけなら、きちんと反映されているようだ。
「環境は悪くなさそうだな… ユヴィスの都ぐらいは、存在していて欲しいからな」
幸太郎が前のめりに飛行速度を上げていく。やがて目前には、険しい峰々とそこに続く大絶壁が、まさに世界の壁となって迫ってきた。
「街が見えてきたぞ… なんか平安京みたいだな?」
眼下に広がる碁盤の目状の道と、真四角な外壁の様子から、大翔がそんな感想を言う。
「でも街の殆どは、林と葦原に埋もれてるな… こりゃ大半は廃墟だろ?」
先行する悪魔騎士が、期待するなと暗に諭す。山側の湖水が街の半分を水没させて、格子状の水路が陽に反射して眩しく見えた。
「ねぇ、あそこ! 煙が上がってる…」
彩葉が興奮気味に指差した。街の中央部、草木に埋もれていない小さなエリアから、幾つもの白い煙が薄く立ち上がっている。
「あぁ… これは竈の煙ぽいな… 人が居るのかも?」
「それじゃ、住人を驚かせないように、少し離れて着地しよう」
昨夜の添い寝で、何かが吹っ切れたのか、少年を見る香音の視線が何故か艶っぽい。
彼らは集落から少し離れた藪の裏側に、低空飛行から静かに着地をした。
心の半分は、男子高校生だと告白していた香音。
しかし大翔と出合ってからの半年間で、その乙女の部分が大きくなっていきました。張り詰めて、磨り減って、今にも壊れてしまいそうな彼女の心に、程よい距離感で寄り添っていたのが、彼だからかもしれません。
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