5-11話 理不尽な悪意
第五章:異世界のウォーゲーム:
「ふぅぅ… ようやく三日を切ったわね」
WarWeek▶ 2Day 19:20:17
広域戦闘期間の時間表示に目をやると、彩葉が安堵したように息をはく。やはり緊張していたのだろう、城塞都市の広場に帰着すれば、それなりに気も緩むものだ。
彼女の手は、俯いたままの大翔の背を、労うように撫ぜている。
「うぅっ……ぷ」
彼は相変わらず、転移酔いの真っ最中だ。それでもいくらかは慣れたようで、自力で立つ事は出来ていた。
「もう大丈夫だ… 毎回悪いな、これでも少しはマシになってるぽい」
身を半端に起こして、小さく手を上げて見せた。
「デビュー戦にしては、相当活躍したものね。誇って良いのよ? すでにヒロトって、この街最強クラスの斥候だもの」
「そ、そうか……? しかし此処も酷いもんだな…」
半円形に仕切られた大きな広場は、戦死から復活した者達で、溢れ返っているのだ。
「痛いのは嫌なのに…… わたしを此処から出して…… もう許してよぉ…」
床に伏せてシクシクと泣き続ける女子に、精気を失って亡霊のように立ちつくす者、無気力に石壁際で膝を抱えているハンター達は、まるで流行病が蔓延する、スラムのような有様だ。
「くそっ!!くそっ!!くそっ!! そこをどけ! 負け犬ども!」
中には激高して当たり散らす荒くれもいて、雰囲気は最悪だ。ざっと見回しても50を超えるハンター達が、その場を動けずに放心している。
「そうだよな… 死の恐怖と苦痛に晒された直後だろ? そりゃこうなるか…」
少年は、月歌と自分が力尽きた、絶望を思い出してしまう。あれを何度も繰り返していたら、誰の心でも壊れてしまうだろう…。
きっとオレが斬った敵兵も、今頃こうして復活しているのか…。
ゆっくりと心の奥に、罪悪感が沈殿していく。
その瞬間、危険感知が発動して、背後の悪意に無意識で反応する。重い耳鳴りが迫ってくると、その豪腕を魔力腕で受け止めていた。更に横から幅広の大剣の柄が、横殴りを仕掛けてくる。
彼は苦悩の短剣を一閃に抜き放ち、大剣の底部へと垂直に当てがった。ドンっと、互いの気が弾け、周囲のハンターが怯えたように振り返る。
「やるじぇねぇか… やっぱカツジの阿呆は、人を見る目がねぇな…」
片目の大傷と長めの銀髪が、凶悪な笑みを浮かべていた。咥え煙草の端から、わざと紫煙を吹きかけてくる。エイダルの砦で遭遇した、『クライ レブナント』の悪党顔だ。
「おっさん… 何のつもりだ? 普通のヤツなら死んでるぞ?」
「おめぇ… 俺をおっさん扱いか? ふはははっ!! こりゃ楽しくなってきたぜ」
その返答で、大翔の眉間にシワが浮いた。逆手で妖聖剣をゆっくり抜くと、夜闇が蔓草のように、石床へと伸びて侵食する。主の怒りが伝播しているのだろう。
「ヒロト… それは収めてね… 流石に『黄泉返りの石碑』が壊れたらマズイもの…」
「クラマス、そいつは危険だ… 手を引いてくれ」
銀髪男の背後から、細マッチョの優男が、なだめるように耳打ちをした。後には、十数人の『クライ レブナント』のメンバーが、ニヤニヤしながら見物している。その誰もが、堅気に見えない独特の悪党揃いだ。
大翔と大男は牽制しながら、ゆっくりと距離を離していく。
「リュウゴ! 何であんたがちょっかい出してくるのよ!? だいたい今は戦争中よ」
彩葉は少年の腕を引くと、間に入って男を睨む。
「いきり立つなよ… イリィんとこの女豹か? ただの挨拶じゃねぇか」
龍悟は手の幅広の大剣を、片手で豪快に一振りすると、背の鞘に滑り込ませた。十字剣の根本に二重の柄が張り出した、広く長い巨大な剣だ。
「ちょっとヤスオも、最初から止めなさいよ!」
「へへ、うちのクラマスを、俺が止めれるわけないじゃん!! そこの彼氏は凄いねぇ、やっぱりあれなんだろなぁ…?」
その厳つい長弓を背にした金髪男も、エイダルで見た気がした。
(ヒロト、後ろにいる金髪の優男と、クラマスのリュウゴは多職持ちよ… 金髪の方はヤスオ ノナカ… 元は A.ドボルザークのメンバーだったの…)
彼女からの魔導通話に、ちょとだけ驚いた。そういえば前にゴロツキ共が、メンバーが減ったと言っていたか…?
(いきなり襲ってきやがって、コイツはどういうつもりなんだ?)
(この外道の思考は理解できないけど… 多分、うちの新メンバーを試したかったとか?)
優男の悠夫が、爽やかな笑顔で一礼をした。
「僕はクラン『クライ レブナント』のヤスオ ノナカだよ。そして彼がクラマスのリュウゴ カリノ。後ろに並ぶのが、うちの素敵な主力メンバーという所かな。あぁ、言っとくけど僕らはサボリじゃないよ? こん戦期は後方待機組なのさ」
男を見る彩葉の眼が、冷たい殺意を含んでいる…。
(そいつらに関わっては駄目だよ! イロハ、彼を連れて引けるかい?)
(うん、わかってるっ)
「凄いねぇ、君の活躍はもう総司令部で噂だよ。ヒロト シマナ君。同郷のよしみでさ、君をうちに勧誘しようと思ってね」
人当たりの良い言い方で、少年の耳元で囁いた。確かに奴には前世の記憶がありそうだ。
「いや、マジで遠慮する… いきなり殺す勢いで殴りかかってくる奴と、仲間にはなれないだろ?」
悪役顔で煙草を吹かす、 龍悟の巨漢をチラ見する。
「うちのクラマスに一目置かれるなんてさ、この街ではかなりの名誉じゃん?」
(そんなクソ名誉いらないって… どう見ても災いだろう?)
早くも話に飽きたのか、後列のメンバー達が絶望するハンターたちに、ひとりずつ声を掛けている。どうやら心の折れた者達を、勧誘しているらしい… どうみてもロクな話ではなさそうだが…。
「なっ? うちに移籍しろって。うちに来ればよ、戦時下では保護してやるぞ? もう前線に出なくて良いぜ」
『クライ レブナント』の勧誘を、興味ありげに聞き入っているハンター女子。まさに弱みにつけ込むとはこの事だろう。大翔と龍悟の小競り合いに、青ざめていたハンター達は、奴らの胡散臭い話へと興味が移っている。
「うちの新人を勧誘するとか、良い度胸だねヤスオ…? また手脚を千切られたいの?」
彩葉が、かなり本気で威圧した。
あんた千切られた事あるのかよ…。
「いやぁ… ほら、おたくらみたいに良い子ちゃんしてても、楽しくないじゃん? 折角、能力持ってるんだしさ、うち女の子もたくさん居るよ。わかるっしょ、ね?」
「ヤスオ!!! 茶番はもういいぜ? まぁ、気が向いたらまた遊ぼうや、仲間になるなら優遇してやる… イロハもな?」
「腐っても、あんたと組むわけないでしょ?」
「ハハハッ!! お前も言うようになったよなぁ… 昔はピーピー泣いてたのによ」
「いったい、どれだけ昔の話よ! ヒロト今のうちに補給しとこっ!!」
そう言って彼の手を引くと、わっと空中に飛び上がる。真下からドレスの中を覗き見する野郎どもは、嫌らしい笑みを隠さない。
「まぁ… また会おうや…」
龍悟は黒茶の厳つい外套から、新しい煙草を引き出すと、魔力の炎で火を点けた…。
ふたりはフォートBに隣接する、聖堂跡へと降り立った。目前の巨大な要塞と鉄門は、戦時級結界で強固にロックされている。
(ふたりとも、トラブルは回避できたのだろうか?)
香音の、心配そうな魔導通話が心に染みる…。
(ええ、大丈夫。無事に離れて、今はもう聖堂前だから。しかし本当にロクな奴がいないわね… この街って)
(彼らは、存在自体がトラブルだからね… 待機時間が過ぎるまで、ゆっくり休んでくれたまえ)
最後の言い方には、優しい安堵が含まれていた。
「やっぱり聖堂にも、避難小屋置いといて良かったね。こういう待ち時間には丁度いいわ」
扉を失っている石積みの廃墟に、躊躇なく踏み込んでいくと、内部は天部も崩れて、瓦礫と雑草に覆われている。その崩壊した屋根石に同化して、拡張された大型の避難小屋が埋もれていた。
「ちょっとシャワー浴びてくるね。派手に戦闘したから汚れたし…」
大翔に背を向けると、魔赤金鉱のミニドレスを脱ぎ落とす。戦闘中は真っ赤なドレスも、今は魔力を放出して赤味の強い桜色に戻っていた。
彼女は胸を両手で隠すと、バスルームのドアを静かに開けた。
やっぱりおかしい… いつものなら一緒に入ろうって誘うのに…。
彩葉のからかいが無いと、拍子抜けして落ち着かない。
「あいつら弱気になった者や、貧民落ち達を勧誘して、奴隷同然に扱っているのよ。だから所属人数だけは多い、大規模クランに数えられてる…」
「やっぱりそんな下衆い感じか…」
大翔は風呂上がりの彼女のために、冷えたアイスティを淹れている。
「あのヤスオていう弓持ちは、うちのクランに居たんだろ?」
「うん… あんな奴でも二職持ちだから、勧誘したんだけど… 最初は大人しく猫かぶりをしていてね。でもそのうちドロップ品を横領したり、共用倉庫を荒らしたり、寝室を覗き見したりと… やり放題だったのよ」
「そりゃ酷いな…」
少年はバスルームの壁を背に座り込む。
「ついには、わたしとカノンに薬を盛って襲ったの… 桜咲の占いで、粗方は予想してたから、未遂で終わったけどね… カノンを狙うなんて許せなくて」
シャワーに混じって、壁を叩く音がした。
「優しそうな顔して、あのゴミ野郎はレイプ魔なのよ!! まぁ、詳細は省くけど、生きたまま手脚を千切ってやったワケ」
うわ… ちょっとおしっこちびりそう…。
「ヒロトも、あいつらには注意してね… 特に城下の西側一帯は、奴らの縄張りになってるから」
「縄張りって… ヤクザかよ?」
「あのクランは、そんな犯罪者ばかりなの。カツジのクランや、赤ステは『クライ レブナント』の下部組織で、関連クランの総人員は200人を越えている。無駄に人数いるから、陣営内でも発言力があってムカつくわ」
「やっぱり仲間以外は、誰も信用できないな… でも、本当にイロハやカノンを襲ったりしたら、オレも奴らを細切りに刻むかも…」
そこで背の扉が押し開けられると、上気した全裸の彩葉が、彼を正面から抱きとめる。
「ちょちょちょ! どうしたイロハ、濡れるし、見えるし、ヤバイって!!」
大翔の顔を、豊満な胸の合間に埋めながら、彼の髪にキスを落とす。
「大事に想ってくれてるのね… それだけでも嬉しいの…」
「わかったから!! イロハの気持ちは伝わったから!」
そうしてしばらく、全裸の豪腕美少女にホールドされて、為す術もなく藻掻いていた…。
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