5-10話 弾着観測
第五章:異世界のウォーゲーム:
敵の集中砲火から逃れた二人は、夜闇に潜伏したまま、再び地上へと舞い戻っていた。
(敵陣を突破して、主街道の側面、D4エリアへと退避したわ。索敵の結果、5ラインに居る正規軍は約1200、それに60程のハンターが周囲を警戒中。この数だと本隊ではないわね)
(イロハ、落ちるなよ…)
巨大な針葉樹の最上部、張り出した枝に腰掛ける彼女を、迷彩コートごと引き寄せる。二人で座るには、若干狭い二股の枝から、遠くの敵陣を見下ろしていた。
(そうだろうね… 揺動部隊か、ただの守備かな? 残りの5800は何処に配置されたのだろう…?)
香音は少し考え込むように間を開ける。
(どちらにしても、司令部からは称賛と、引き続きその場に留まれ、との無理強いが来てるんだ… ふたりとも体調はどうだろう? 辛いなら、一度イリィタナルへ転移しても構わない。十分に任務はこなしてくれたからね)
帰還木札を使って城塞都市まで転移すれば、敵との無駄な遭遇戦は避けれるだろう。しかし次の転移には長い待機時間が発生して、スーニカへ復帰するのに、90分以上を無駄にするだろう。彼女は背の大翔に振り返ると、互いに小さく頷いた。
(了解、このまま限界まで偵察を続けるね。絶好の場所取りだし、敵の増援を警戒しておきたいから)
(あんまりヒロトを弄り回すなよ? それと此方の丘陵エリアが騒がしくなるかもな…)
幸太郎は、何かを察知しているような口ぶりだ。桜咲が仮眠から起きたら、敵の動向を占ってもらうらしい。ちなみに本気な占いスキルは、半日に一回しか試せない。
(ふふ、もうしばらく独占させてもらうからー)
そう言うと、大翔の膝上にすとんと座り込む。むふっと色っぽく口元を引き上げて、甘える気満々で背を押し付ける。
(やばい… なんか貞操の危機を感じる… 助けてクラマス…)
(何となく、想像出来てしまうけど… 程々で頼むよイロハ? 戦争中に始めるのは不謹慎だよ?)
おいおい、いったい何を始める気だよ…?
甘えたがりの女豹が、切れ長の瞳を妖しく細める。頭上を覆う枝葉の合間から、三日目の朝が薄く白み始めていた。
◇
その後半日、薄曇りの日中が過ぎていき、今は夕暮れに世界が染められていた。木の幹にベルトを通して、交代で仮眠を取った二人は、一個のピロシキに近い揚げ饅頭揚を、交互に頬張っていた。市場の屋台で売っている、城塞都市のB級グルメだ。
1.5Kmほど離れた敵陣に、現在まで動きは無く、洞窟の正面に展開したままでいる。この半日で一度だけ、周辺警備らしい敵ハンターが、森の下草を踏んで行ったが、大翔の潜伏で難なくスルー出来ていた。
「さすが、こういう隠密偵察なら、ヒロトの潜伏は最強よね」
「こんな場所だと効果も高いからな。ひとつ分かったのは、潜伏にも隠蔽率的な要素があるってことだ」
「隠蔽率って?」
「たとえば、茂った芝草に伏せれば、大幅なプラスの補正が掛かり、日中に数百の視線に晒されていたら、マイナス補正が振り切って、ほぼ潜伏が不可能になる… そういう発見される確率みたいな話しかな?」
「ヒロトの潜伏でも、多数の人間に注視された状態だと失敗するってことね…」
「そう、そして隠蔽率を最大まで引き上げるのが、たぶん水… 特に流れのある水中なんだと思う。例のウィラを二回も見逃したのは、どちらも潜水状態だったからだよ。豪雨みたいに動的要因が飽和すると、探知の精度が極端に落ちるから」
「この世界の、特にスキルシステムって良く出来てるものね。攻撃力に対する防御の計算値とか、魔法の攻防もしかりで、バランス良くて、飛び抜けて強い職業もないし…」
(偵察中のふたりは、今…… 大丈夫だろうか?)
(カノン変な間があったわよ? やまし事はしてないわ)
ちょっと姉さん… 逆にやましく聞こえたけど…?
(僕なりの気遣いさ… ところで1時間後、夜闇に紛れて新型の攻城兵器による遠距離射撃をしたいそうだ。二人には弾着観測を頼めるかな? 特にヒロトにはキツイと思うんだけど…)
(弾着観測って砲撃の着弾点を目測して、修正の指示をするやつだよな?)
(そのとうりだね)
(何か難しい技術でも必要なん? それに攻城兵器って、旧市街に設置するって言ってなかったか?)
(そうだったよね、君たちが敵の規模と配置を探ってくれたおかげだよ。友軍は現在5ラインの手前まで進出して、簡易陣地を構築中だ… そのキツイというのは、衝撃的と言うか…?)
言い難そうに、口ごもる美少女クラマス…。
(強力な攻城兵器の榴弾で、着弾付近の兵隊がどうなるか… 想像出来るか? 相当な惨状なんだが、カノンはそれを見せたく無いんだろ?)
相変わらず分かりやすい、幸太郎の解説だ。
(…… でもそれが戦場ならさ、それで心折れてたら、この先オレは何もできないよ。頑張ってみるから指示を頼む)
(わかったよヒロト、着弾効果の確認もあるから、目視可能な高台が理想だよ。要請があり次第、弾着観測をお願いしよう)
(大丈夫、既に絶好のポジションに潜伏中だ)
大翔たちの視線の下には、洞窟を照らす篝火と、千を超える敵軍が、二重の陣を構えているのが丸見えだ。
(では今のうちに、休息を取ってくれたまえ)
「もう半日も休息したけどな…」
「まぁ、戦争の大半は、待ち時間ということよ」
彩葉は、手に残っているピロシキひと口分を、大翔の口に押し込んだ…。
(ふたりとも始まるよ。射程を10%引き伸ばした、新型投石器が4つ、順次に射撃するので、着弾地点の修正を指示して欲しい)
(了解。敵陣は交代で夕飯の最中だな)
その後、数分間の静寂が続くと、突然重い風切り音が降ってきた。すぐに大地がズンと揺れ、直後に巨大な衝撃が森の枝葉を激しく拭き上げる。
(射撃1射、修正4時方向200m)
主街道から大きく逸れた榴弾が、針葉樹の数本を斜めに折って燃やしていた。盛り上げた土を背に、食事中だった兵士たちが、慌ただしく立ち上がる。
そこに再びの風切り音… 二重の陣の後方に着弾すると、爆風で十数人が身を伏せた。
「敵の遠距離攻撃!!! 総員防御陣を組め!」
(第2射、修正6時方向60m)
大翔は冷静に指示を送る。敵兵たちは、浅い塹壕に身を伏せると、騎士達が、盾を斜めに立て掛けていく。
「射撃を誘導する観測者が居るはずだ!! 全方位を警戒、怪しい箇所に決め撃ちを許可!!」
とたんに周囲の高台や樹木に向かって、盲撃ちが始まるが、どれも見当違いの方向だ。何より彼らの居る大樹は、全てのスキルの射程外にある。
続く第3射第4射も、それぞれが数十メートル的を外した。
更に20秒後、一巡して初撃の攻城兵器の二発目が、敵陣のど真ん中で炸裂した。凄まじい衝撃で、十数人がゴミ布のように、爆発の上部まで弾け飛ぶ。
最初の修正で当ててくるのか…。
(第5射、目標に命中… 9時3時の横方向200m内に、弾着を集中されたし)
実際にその攻撃は、分厚い戦砦の外壁を破壊するだけの威力があり、1t以上の質量が落下してくる迫力だけでも、直下の人間には恐怖だろう。
すぐに第6射が降ってきて、前列を火の海にする。これは榴弾とは別種の、可燃液を撒き散らす火炎弾の一種らしい。人波が火だるまで、洞窟方向に走り出し、悲鳴と絶叫が狭い谷間に木霊する。
(第6射命中…… 敵陣地は炎上中)
これは… 酷い… な。
香音の広域魔法ぐらい火力があれば、苦しむ時間も少ないのだが、これは普通に火炙りと同じだ。崖面に挟まれた密集状態の兵たちは、散開して広がる事も困難だろう。
直撃を受けた塹壕には、力尽きた黒い骸が、手脚を小枝のように立て燃え盛っていた。ほぼ同じ場所に榴弾が着弾して、黒焦げの死体を炎ごと、全周に撒き散らす。敵陣に広く飛び火して、大きく闇が照らされた。
(第7射命中… 炎上域が拡大、敵は混乱して逃げ惑っている)
その後、十秒程の間隔で続く攻撃は、確実に陣地を破壊していく。次弾の爆風で、複数の魔法職が手脚を飛ばされ、火炎弾が連爆して、きのこ雲のように燃え上がる。仮設テントや資材の山が火災に飲まれ、1000人規模の敵陣は、爆発と火炎に追われて、総崩れになっていく。
(第8…… 命中した)
大翔は思わず目を背けていた…。
敵の正規兵もNPCとは聞いている… しかし逃げ惑う、その姿は人間そのもので、こんな悲惨な戦場を、ゲームとはとても割り切れなかった…。
(ヒロト… もう良いわ。後はわたしが… 第8射ヒット! 陣の後方の数十人を無力化。続く第9射もヒット、良い腕ね、敵陣の中央よ。敵兵力の後退を確認。一斉に街道へ逃げ戻っていくわ)
眼下の世界はまさに地獄だ… 周囲の木々まで燃え上がり、将棋倒しが起きたのか、灼熱の街道には無数の遺体が折り重なっている。そこで榴弾が爆発して、黒焦げの人山を石炭のように粉砕した。
………………。
街道には、身体の部位を千切られた骸や、壊れた防具や、手放した武器などが、ゴミくずのように散乱して、熱に焼かれた鮮血や肉塊が、白い湯気を上げている…。
何だこれは……。
剣を交わし、正面からの斬り合いならまだしも、遥か遠方からの一方的な攻撃は、ただの虐殺しにか見えなかった。
目を破られているのだろうか…? 皮一枚で繋がった腕を垂らして、獣人らしい兵士がヨロヨロと炎に向かっていくと、断続的に降ってくる投石器の攻撃が、逃げ送れた敵兵達を容赦なく殺戮する。
オレの誘導で… この地獄はオレが起こしたものだろ…?
虫の息の戦友に、剣を突き立て介錯する聖騎士も、身体の半分が赤黒く焼けただれている。破れたローブの下で、半裸を晒した少女には、腰から下が無くなっていた。
無数のうめき声やすすり泣きが、炎の街道に満ちていて、それは自分に対する恨み言のようだった。
「これは戦争よ!? 戦況で簡単に立場はひっくり返るの… 優しい君には酷だけど、割り切りなさい!」
ダークエルフの美少女が、彼の震える腕を強く掴んだ。それで、何とか気持ちを戻した少年が、歯を食いしばってその惨状を凝視する。
「こんな殺し合いに意味があるのか…?」
喉がひりつき、声は掠れて上ずっていた。
「それでもね… 少なくても、わたし達の背には、連合の5つの都市国家と、十数の街が存在してる… そんな人々を守るだけでも、戦う意味はあると思う」
(カノン! 占いでほぼ確定きたよー)
そこに桜咲の明るい声が割り込んできた。
(敵の主力は、Gラインの丘陵超えだよー コウタロウも右エリアの寡黙なる女神たちを支援してあげて)
大翔の陰鬱な精神状態に、彼女の透る声は救いになった。ふと無性に、彼女の癒やしの歌が聞きたくなる…。
作戦は最高の成果で完了すると、大翔と彩葉は、城塞都市に転移した…。
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