4-7話 エイダルの晩餐
第四章:ヘイネス マーダートリック:
「取ったどー!!」
桜咲の大声に、思わず湖畔に振り向いてしまう大翔。
「ぶっ」
全裸で走ってくる、濡れた猫耳の少女が、ぬるぬるとした巨大な塊を両手で差し上げていた。小柄な少女が担いだ、乗用車サイズの黒い物体… その対比が明らかに可怪しかった。
「あー、また見たなっ!」
「それ完全に罠じゃないですか…」
再び赤面する少年の背後に、ドスンとその塊を投げ落とす。
「おっ『ブルーモス キャット フィッシュ』じゃないか! えらいご馳走を獲ってきたな」
幸太郎が、驚愕の表情でその巨大ナマズを片手で引き上げる。
「イロハが一撃で仕留めたんだよー」
少女は濡れそぼった全裸のままで、彼氏の背中にびちゃっと抱きついた。濡れ肌に猫耳、猫尻尾とか、狙ってるとしか思えないが、自前の部位なので突っ込みようもない…。
「おいこら、濡れたまま抱きつくな! 避難小屋の湯船に、お湯張ってあるから、入ってきなさい」
それでも桜咲は、デレデレと、彼の腕に抱きついたままだ。
「生意気にも、わたしの足に喰い付こうとしたのよ。思い切り頭に足刀 蹴りしたら、良いお土産になっちゃったわね」
水滴を滴らせた彩葉が、セクシーなモデルウォーキングで戻ってきた。濡れそぼってるいるせいか、形の良い尖り耳が、へたり垂れているのが可愛いらしい。
「いやいや… こんなんが喰い付いてくるような場所で、泳ぐなって…」
日焼けのような褐色の肌が、夕日の最後の残光を受けて、オレンジに輝いて見える… いえ、見てはいません! 見えちゃってるんです…。
西の空、棚引く積雲の中へ、沈みゆく光が放射状に水面を染め上げている。風はまだ温く蒸して、日本の夏の夕暮れを想い出させていた。
「こいつはな、高級食材なんだぞ。味は、そうだな… 物凄い脂の乗った鰻に近いかな? 日本でいう黒マグロ並みの扱いなんだ。このサイズなら… 160万アルはいくんじゃないかな?」
「えっ…… 何でそんなぬるぬるが、俺の防具一式より高いんだよ…」
めちゃ不服そうに、黒い巨大なナマズを足蹴にする。
「ほらぁ、だからわたしが、防具の魔改造してあげるってば」
エロ可愛いダークエルフが、弟をからかう姉のように、背後から抱きついた。
「だから、君等は服を着ろっ!」
背に押し付けられる、柔らかい生身に狼狽する青少年…。
「陣営内の都市群で、唯一輸出をしてるのが『リダスの囲郭都市』だけだからな。市場に出回る数も少ないし… そういや、位置的には丁度この断崖の向こう側になるのか… そういう事か…」
「やめないかヒロト!! 神聖なナマズ様になんていう暴挙を…」
彩葉の背後から、身を乗り出した僕っ娘エルフが、その足蹴を自らの濡れた太腿でブロックをする。
「ちょ、ちょっ、まっ、こらっ! 見えてるって!!! なんでそんな華奢なのに、胸はあるん… ごにょごにょ…」
彼女のインターセプトにより、急接近する白い肌を、思わず間近で見下ろしてしまう。薄闇とはいえ、三人の全裸の少女がうろうろと動くのだから、どこかで必ず視界に入る… いや、夜目が効くからモロ見えだ。
「あっ… その食材、カノンの大好物だからな。丁重に扱ったほうが良いぞ?」
「マジか……? そんなに美味しいのか?」
「ふふふっ…… 高級な鰻のお味で絶品なんだ… 白米にベストマッチだよ!」
少女のナマズを見る瞳が、完全に鰻重だった…。
「それじゃ、米を炊くから、女性陣は風呂で温まってくれ。ヒロト捌くの手伝えよ」
「ヒロト… 僕の鰻をよろしく頼むよ? あぁ、あと内蔵は神経系の猛毒だから、そこに刃先を入れたら台無しだからね」
「ちょ、おい怖いな… マグロじゃなくて、巨大河豚かよ…」
さすがに危険な内蔵の解体は、 幸太郎にお任せするしかなくなった…。
夜の宴は、河原の岩を加工した、即席のテーブルと長椅子のセットで行なわれた。もちろん加工は大翔の持つ、細工師のお仕事です。
周囲には、鰻の蒲焼きの、香ばしくも甘塩っぱい匂いが漂うと、白米に乗せられた鰻重もどきや、ネギマ状態の鰻串や、鰻カツや、鰻の混ぜご飯など、まさに鰻づくしのメニューが並ぶ。いや、実際はナマズなのだけど…。
「な、なんだこれ? こんな美味いもんなんかっ!」
その皮無し白身の鰻重もどきを、一口いった瞬間、少年は感動に声を漏らしてしまう。まさに旨味の脂をたっぷりと含んだ、ふわっふわの鰻そのものだ。
「あんな泥臭そうな見た目なのに…」
臭みは皆無で、山椒も効いて最高のご馳走だった。
つか… 山椒もあるのか… なんでも有りだなっ、この異世界…。
「そうだろう? わかってもらえて嬉しいよ」
隣の香音も、鰻の乗った丼ぶり片手に、うんうんとご満悦だ。
宴の背後には、護衛のため召喚された下級悪魔アーマードと、魔術師のストーンゴーレムの巨体が、行儀よく鎮座している。
「ほら、エールもワインも、冷やしてあるから、好きなのいけよな」
中央に置かれた、平桶の中には、氷の冷水に浸かった酒瓶がゴロゴロと横たわっている。 幸太郎と桜咲は、エール党らしくグラスに浮かんだ泡で口を濡らし、香音は上品に鰻を箸で運びつつ、赤ワインを楽しんでいる。
みんな飲む気満々かよっ。
「こんなに無防備な露天で、飲んでて大丈夫なんか?」
「あー、この世界は飲み食いぐらいしか娯楽ないからな、みんな食事は命懸けで楽しむもんだ… だいたい護衛は二体も居るし、酔ってるとはいえ、このメンバーだぞ? 敵がフルレイドぐらい組んで来なきゃ、微塵も心配ないってな、なははっ」
おい、あんたもう、酔ってるじゃないか…。
「ヒロトもエールで良いの?」
彩葉が氷水から緑の瓶を持ち上げると、指で挟んで王冠をぐるっと開けてみせる。いちおう補足すれば、決してスクリューキャップではない… ただの力ずくだ…。
「さんきゅー イロハ。確かにこの世界の酒は美味いよなぁ… というか、食事全般、日本と遜色ないレベルだよ… 目覚めて最初に豚串を食べた時、軽く絶望したのが懐かしいな……」
エールをひと口、瓶ごと呷ると、凶獣の森の一日目が蘇っていた。
「あ、間違った… 調味料が無いから『ダボラボの豚串焼き(無塩)』になっちゃった…」
黒髪を片手で背に流しながら、少女は困り顔さえ可憐だった。
大翔は月歌の細い指から、冷え切った豚串を受けとって齧り付く…。
「………」 「………」
「不味くはない… 肉本来の旨味と脂があるし… でもなぜに冷え切っているのだろう… そしてやっぱり塩っけは欲しい」
そう… それが、この世界での、始めての食事だった…。
なんでかな… もう凄く昔の事のようだ。これでもまだ、20日ぐらいなのにな…。
二人で顔をしかめながら、微妙過ぎる肉串を頬張った記憶。今となっては、それさえも、優しく幸せに思えてしまう…。
そして、浮かんで来るのは決まって、寝ぼけて抱きついてくる、無垢で愛らしい眠り姫の横顔なのだ。さらさらの艶髪と、甘い香りが、微睡みの中で背に暖かく抱きつくと、起こさないように、そっと回る腕に手を添えていた…。
瓶に泡立つ気泡を、じっと覗き込む大翔を、彩葉と桜咲が目配せしながら見守っていた。
「ヒロトくんが、そんな顔をするときは、決まって彼女の事を考えているんだよねぇ…」
桜咲が得意の鋭い感で、少年の考えを察してしまう。
「え? あぁ… 悪い、ちょっと懐かしくてさ…」
彼が哀しい表情で苦笑をするのを見て「はぁ」と、小さくため息をついた。
「前に、サクラは占うって約束したしなぁ? その娘のモノとか何かある? 彼女に由来するものがあると、占いの精度が上がるんだ」
彼は戸惑った表情のまま、それでも倉庫から月歌が作った、自作の革鎧を引き出した。
胸部の黒鋼のパットは剥がれ、肩の部分は食い千切られたように欠落している… 獣喰らいとの死闘で、彼女が身につけていたものだ…。
全員が食事の手を止めて、その激闘の跡が残る革鎧を黙って見つめていた。猫耳娘は、右手を静かに革鎧に伸ばし、左手を少年の腕に触れて眼を閉じる…。
「そうね…… ヒロトくんが、彼女と逢えるかといえば……」
少し吊り目の、丸い瞳を真っ直ぐに向けてくる桜咲と、それを注視するメンバー全員の視線。たまらずに幸太郎が、ごくっと生唾を飲み込んだ。
「そうだね… 端的に言えば… 逢えるかな」
その言葉に、重苦しい空気感から、みんなが「はぁぁ」と開放された。
「ただ、それがヒロトくんが望む形なのかは、まだ遠すぎて見えないけどね…?」
彼は革鎧を引き取ると、一度だけ愛しいそうに手を添える。
「って、何で泣いてるのよぉ!!」
彼の頬に光るものが流れて、ポツリと鰻串の横に落ちていた。
「ありがとう… どんな形でも構わないんだ… 同じ世界に居てくれさえすれば… ずっと不安でさ… 俺が一番欲しい言葉を… ホントありがとな」
「まぁまぁ、ほら飲みなさいヒロト! エールで良いんでしょ?」
「ほら、こっちの鰻カツも食べろっ、酒のつまみに最高に合うんだぜ!」
彩葉が二本目の王冠を抜き、 幸太郎が料理の幾つかを、彼の平皿に取り分けた。
隣の席から、香音が細腕を伸ばして、ぽんと膝上に手を乗せる。こころなしか、少女の細身が緩やかに寄り添っている…。
その娘とヒロトくんが、何か… 特別なもの? で結びついているのは確実… でも、何故そこにカノンの面影が浮かぶんだろ… んー わたしの先入観なのかな…?
少しだけ怪訝な表情を浮かべる桜咲。しかし直ぐに思考を放棄して、鼻歌を歌いながら、エールを煽り始めてしまう…。
その後の宴会は、ご機嫌な彩葉と幸太郎の主導で、遅い時間まで盛り上がっていった。
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