3-6話 金色の消失
第三章:クラン A.ドボルザーク:
イリィタナル城塞都市の二日目も、楓に手を引かれ商業地区を巡っていた。
「例の獣喰らいの頭は、売りますか?」
楓が精一杯に背伸びをして、耳元で囁いた。また、変な輩に狙われないように、ちゃんと周囲を確かめてからの質問だった。
「いや、高級素材なら自分で加工してみようかな? 魔法媒体に良いみたいだしさ」
「なるほど… でも杖だと付与師と武器師、もしくは細工師の技術がないと、作れないはずですよ?」
楓は首を傾げて、不思議そうに見上げて言った。
「そ、そうか… まぁ何とかするよ」
「むむ…… 何か怪しいですね…」
眉を寄せて可愛く睨んでくる。楓には多職持ちの話はしていない。というかこの街では、異分子関連の話は、秘密にしようと決めていた。こんなチートぽい能力を知られたら、面倒事に巻き込まれる予感しかしない…。
昨日だって、早速のトラブルに追い回されたからな…。
「まぁ良いです… 職業の詮索をするのも失礼ですし。じゃ、何処、行きたいところありますか?」
すぐに笑顔に戻った少女は、二の腕に柔らかく抱きついてくる。楓はこんな調子で、朝からずっとご機嫌なのだ。
「武器屋、防具屋… あと服も欲しいんだけど?」
「なるほど、任せて下さい! まずは洋品店が近いので、そこから行きましょう!」
二人はハンターギルドの、一本手前にある、いわば商店街と呼べるような、賑やかな通りへと歩を進めた。
洋品店と防具屋の買い物に、結構な時間を掛けたので、二人は市場の端にあるカフェのテラス席で、遅めの昼食を取っていた。目の前は円形の広場になっていて、基本的に汚い城塞都市の中で、比較的清潔に保たれている。やはり周囲に飲食店が多いからだろう。
中央にある、高く茂ったフク木を囲むように、数件の屋台も並んで見える。石のベンチも幾つか設置されていて、街の憩いのスペースといった感じだ。
「ヒロトくん、一気にベテランぽい装備になりましたね。格好良いです」
楓はベーコンを挟んだ、塩っぱい系パンケーキを頼み、大翔はボロネーゼ風のパスタを、何故か箸で食べていた… 何故、ホークが置いてない? パンケーキを箸で食べる違和感が半端ない…。
「そ、そうかな? タイミング良く、理想的な出物があったからな」
濃紫のダイダル バジリスクの硬皮に、黒銀鋼の金属パーツを組み合わせた、軽装備のセットになっている。上には薄い雨除けのフード付きの外套も羽織っていた。これも、特殊な魔法繊維が織り込まれていて、完全防水に魔力吸収の付与を持つ。
楓には大翔の一次職は、修道士に見えているらしいのだが、装備的には盗賊や忍者といった、軽戦士系の見た目になった。
「まぁ、一瞬で150万アルが吹っ飛んだけどな…」
「あは… でもそれだけの装備だと、この街で買える最上位に近いレアモノですから。むしろお得感ありますよ? ブーツ、膝当て、パンツに上鎧、肘当てに小手までのフルセットですから! 武器はともかく… 紛失しにくい防具には、みんなお金掛けますから」
「まぁ、防御値は結構凄いしな… 初心者って馬鹿にされるのも癪だったし」
「初心者装備でしたからね。もう、どうみても歴戦の戦士風です! 取り敢えずあとで転移石に行って、装備ロックを更新しましょう」
「やっぱり風なのか… ちょっとガッカリだよ」
「大丈夫、ヒトロくんは強いですって!」
楓は自分の皿をペロリと空にすると、珈琲のカップに砂糖を落としている。見上げた空は、今日も変わらずの曇天で、この地域は晴れ間が極端に少ないようだ。代わりに雨量はかなり多い。
「なぁ、そういえばカエデ達は、何で凶獣の森なんかに居たんだ? あそこって初心者ゾーンで、しかも相当遠いんだろ?」
少年も砂糖壺を受け取ると、自分の珈琲に多めにとかした。
「ああ… 確かに一週間ぐらいの強行軍になります。わたし達、悪魔使いと巫女のペアだったので、あまり対人戦に向いてなくて… なので敵陣営の少ないあの場所で、こっそり希少な薬草を採取してたんですよ。 わたし二次職が薬剤師なので」
ん? それってまさか…。
何となく心当たりが浮かぶと『倉庫』から野草の束を引っ張り出した。
「え… それって精霊糖花ですか?」
小さな青い蕾をつけた霞草に似た薬草だ。
「ああ、これを探していたのかと思って?」
「まさに… ピンポイントでそれですね… もしかして採取してたんですか?」
「鑑定したらさ、街で高く売れるって説明だったから… 悲泣樹の生息域に、群生があって、軽く300ぐらい持ってるけど、使う?」
楓が驚いて、危うく珈琲を零すところだった。
「そ、それだけの量だと… わたしが上級精力剤に加工したら、多分、全部で40万アルぐらいになります…」
「まじか… じゃ、さくっと加工よろしくね。売上は折半で!」
そう言いながら手繋ぎして、直接に薬草を移送した…。
その後、テラス席で全部の材料を精力剤に加工した楓は、薬剤店でそれを売払い、お互いに21万アルずつを『倉庫』に収めた。そうして、転移石で、再登録を済ませると、一日はあっという間に過ぎていた。
「まぁ、武器屋は次回に持越しだな。結局、今日も一日付き合わせちゃったけど… カエデは何か用事なかったのか?」
二人は並んで歩きながら、昨日のホールの店に向かっている。店名は『Noisy Labyrinth』と判明している。
「ヒロトくんと一緒に居ることが、わたしの最重要な案件ですから… それに、なんだか高額な売上を頂きましたし… 大満足です!」
「そか、カエデが楽しそうだと、俺も元気が出るからさ」
「はい!」
少女は髪を揺らしながら、大翔の腕に抱きついた。二人はそのまま店の開き戸を潜ると、昨日の猫人族の女給が、壁際の席に案内してくれた。
「カエデは何だか嬉しそうね?」
アイナが白金色の猫耳をヒョコと動かしながら、横目でニヤニヤとからかっている。
「なんですか… 普通ですから、もうっ… 今日のメニューは何がお勧め?」
頬を染めて照れる少女が、夜の料理メニューから何点かを注文する。もちろん、アルコールも忘れていない。やっぱり取り敢えずのエールでした。
そういえばこの街に来て、普通にお酒を飲んでるな… 未成年にはよろしくないかな?
この身体のせいなのか、冷えたエールは普通に美味しいのだ。
「この店ってさ、夜は随分と賑やかなんだな?」
大翔が周囲を見渡すと、20卓はある丸テーブルの殆どが埋まっている。暗くなったホールの天井には、不思議な万華鏡のように、魔道具の明かりでライトアップされていた。
「あまり娯楽の無い街ですから、食べる飲む、そして… ちょとエッチな事… それぐらいしか楽しみが無いんですよ。このお店は、中層ではかなり人気なので華やかですね」
「だから、高性能な精力剤が売れまくるのか…」
「はい。ヒロトくんも使ってみますか……?」
そう言ってから、気付いたのか、下を向いて頬を上気させてしまった。
「あ… えっと… 若さと情熱なら十分だと思うので… いらないかな?」
「あはは… うん、そうですね… 頑張りましょう! って… 何言ってるんだろ」
ますますと赤面しながら、楓が掌サイズの厳つい鍵を手渡してくる。
「予備の家の鍵です… ヒロトくんが持っていてください。どうなるか、まだ分からないですけど、あと半年分は前払いしてあるので… このまま、一緒に…」
もじもじと、可愛らしく照れる様子に、彼も笑顔になって、それを受け取った。
「では、これからもヨロシク頼みます… カエデ」
「は、はい!」
向日葵のような満面の笑みを浮かべて、楓がこくこくと頷いた。
そこでホールが急に騒がしくなり、あちこちから口笛が高く鳴り響く。
「サクラー!」
「サクラだ! 何か歌ってくれよ」
「いっつも可愛いわー サクラちゃん!」
ステージの目前、最前列の四人掛けのテーブルから、黒い癖っ毛がゆるふわに見える美少女が、可愛らしく片手を上げてみせた。丸く大きく、少しだけ吊り上がった、印象的な瞳の猫人族の娘は、赤と桃色のフリル裾のミニドレスを、ふわりと浮かせて立ち上がる。その小柄な姿は、人形のようで本当に愛らしい。
「サクラの歌声を希望しまーす」
隣の席のお姉さんが、色っぽくお願いすると、周囲から小さな拍手が湧き立った。
「あの黒髪の猫さんは、凄い人気なんだな?」
テーブルに身を乗り出して小声で尋ねた。
「このお店では人気者扱いなんですよー。強いし可愛いし、凄い歌が上手ですから」
楓も桜咲に小さく手を振っている。
「ごめんなさい、もう結構、酔っちゃってるの! なので一曲だけサービスね」
そうして舞台女優のように、軽やかにステージに登ると、片手で背後の天幕を引いていく。奥からは綺麗に磨かれた、立派なグランドピアノが現れて驚いてしまった。
この世界にもピアノがあるのか…。
黒猫の人気者は、正面に向かってフリル裾を摘むと、美しい淑女のようにカーテシーをしてご挨拶。
「よーし! それじゃ、作詞作曲 小野寺 桜咲! わたしのオリジナルを一曲歌いまーす『さよならの眠り姫』 聞いてねぇー」
桜咲はピアノに向かって座ると、美しく姿勢を正して鍵盤の指を跳ねさせる…。
彼女が最初の1小節を声にした瞬間、まるで雷に打たれたように虜になっていた。
なんだこの歌声は……。
その小さな細身からは想像もできない、圧倒的な声量と、どこまでも伸びていく美しい高音域は、まさに天使の歌声そのものだ。騒がしかったホール全体が、静寂を持って聴き入っていた。
夢がこんなにも 理不尽を強いるから
何も出来ずに立ち尽くしてる
君が何度も「好きだよ」と繰り返すから
眠り姫のままで居れないの
どうかわたしに触れないでいて
優しく手を差し伸べないで
柔らかく微笑んで名を呼ばないで
わたし囚われの罪人なのよ?
此処に居るのは 運命なんかじゃなく
それはわたしの 譲れない想いだから
君はそれを重荷にしないで ただ君のままで過ごせば良い
竦んでしまうのは 怖いからじゃない
逢いたくなって 走り出してしまうから
君はそれを重荷にしないで ただ流れのままに去れば良い
夢がこんなにも 理不尽を強いるから
言葉に出来ず見送っていた
君は振り返り「ありがと」と笑うから
眠り姫でいるのが哀しいの
そしてこの片隅に ひとり残されて
泣きながらわたしは 夢の中に逃げ込むわ…
鳥肌が立つとはこの事なのだろう。大翔はその歌に圧倒されたまま、気がつけば涙を浮かべていた。完全に静寂に包まれたテーブル席… そこから破裂するように歓声が湧き上がる。
「サクラー ! 最高だ!」
「さくらちゃん、可愛いぃ!ありがとー」
「今日も癒やされたよ!」
ステージの桜咲が、満足げに立ち上がり、ぺこりと可愛く頭を下げた。
「凄すぎる… なんか、涙がでちゃったぞ」
「あはは、実はわたしもです。サクラちゃんの歌声には、癒やしの力があるんですよ… 凄く安らかな気持ちになっていません?」
ぽろっと涙を零した大翔が可愛くて、少女は彼の手に指を重ねてみる。互いの熱をそこに感じて、楓はゆっくりと瞳を閉じた。
なんだ… わたし幸せかも… あっ……?
二人で指を絡めたまま、少女は眠るように押し黙っている。優しい垂れ目が可愛いらしい、初めての熱を教えてくれた女の子…。
「どうした… ? カエデ… 寝ちゃったのか?」
結構な時間、そのままで動かない少女に、軽く手を握り返してみる。
「わたし、この世界が大嫌いです… 永遠に続く、殺し合うだけの修羅の国…」
突然と立ち上がった少女は、その言葉とは真逆に、幸せそうに微笑んでいた。
彼女は手繋ぎしたまま大翔の背に回ると、後ろから彼を羽交い締めにする… そして自分の頬を肩口に押し当てて、ぐいぐいと甘えてみせた。
「全部ヒロトくんのおかげです… ありがとね… 大好き」
「カエデ…? どうした…… !?」
振り向いた彼の背で、精一杯の笑顔で、泣き笑いをした楓が、金色の光に美しく解けていく…。
「……… カエ… 」
見たこともない、荘厳な輝きのまま、楓だった光のゆらぎが、真っ直ぐに天に登っていった…。
「……… え? なんで?」
天井を仰いだままで、放心状態の大翔。気付けばホール全体も、しんと静まり返り、何故か全員が柔らかく笑みを浮かべていた。何人かが此方に向かって、祝杯のように酒坏を掲げて見せた。
「きっと君のおかげだね。カエデは無事に安息の消失を迎えたの…」
状況を理解できない少年に、女給が静かに近寄ると優しく言った。
「え? カエデはどうなったんだよ?」
「あの娘は、世界から消えたのよ。ようやく、この地獄を去る事が出来たの… 喜んであげてね」
白金色の尻尾を静かに垂らしたアイナが、彼の肩に手を置いた。
「だってカエデたら… あんなにも幸せそうだったじゃない… 羨ましいぐらい」
カエデが消失した? この世界から消えたのか…? 死ねない世界なのにか?
未だに理解が及ばない大翔。
「今、ひとりの仲間が去って行きました… 幸せそうな金色の消失です。彼女を送るために、もう一曲歌わせてね」
桜咲がステージでそう静かに語ると、卒業ソングで有名な『この先の道へ』を、天まで届かせるような、美しいアカペラで歌い始める…。
小さな世界が全てだった
僕らはそれに守られて
無邪気に笑えば満たされていた
それに気づく事もなく
僕らは「寂しい」なんて愚痴を言う…
ああ… この曲、中学の卒業式に合唱したやつだ…。
大翔は、その優しく透き通る声音を、ただ呆然と聞いている。
閉ざされた世界が全てだった
僕らはそれに守られて
去る日まで気づかないふりをした
「さよなら」と漏らす君の背は
それでも希望に萌えている
「さぁ行こう」と僕らは言い この先の道へ歩きだす…
その夜彼は、楓という少女と、永遠の別れをした…。
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