3-5話 楓の見ていた街
第三章:クラン A.ドボルザーク:
シャワーの仕組みは簡単だった。壁上に埋められた鉄製の水桶の中に、『倉庫』から直接給水して、あとはその下部にある魔導回路に魔力を流す。すると水桶の湯が温まり、後は突き出したノズルのコックをひねるだけだ…。
その錆の浮いた武骨な造りは、スチームパンクの世界観を連想させた。
湯を張るようなバスタブは贅沢で、あまり普及していないらしい。スペース的には、大翔オリジナルの湯船も置けそうなのだが、今回は普通にシャワーだけを使わせてもらう。
『倉庫』から、石鹸と手ぬぐいを取り出して、頭と身体を洗っていく。復活した身体は生まれたてのように綺麗だが、どうしても昨日の血と汗に塗れた、汚れた感覚が残っているのだ。
あのとき… 月歌の流した鮮血で、自分の両手が濡れていた。血は僅かに温かく、彼女の指は悲しいぐらいに冷たかった…。
本当に生き返ったのか? ツキカ…。
今はそれを確かめたい… それだけを知りたいと強く想う。大翔は壁に両手を付いて、そう願ったままシャワーに打たれていた…。
大翔と入れ替わりにシャワーを終えた楓が、居間に静かに上がってくる。テーブルの冷めたカップを手にすると、窓から夜景に身を乗り出した。すっかりと暮れた暗い空だが、夜目が効く少年には、昼夜の区別はあまり無かった。
少女に横並びすると、彼も窓辺により掛かる。そこで見下ろした湯上がりの横顔が、涙の雫で濡れていた。
「どうした…?」
大翔が心配して覗き込むと、片手で顔を覆うように横向きに位置をずらしてしまう。
「ご、ごめんなさい… 気にしないでください…」
少女は、陶器のカップを窓枠の上に静かに置いた。
「寂しくなっちゃったのか?」
楓は俯いたまま、「はい…」と小さく言葉にする。その弱々しい華奢な背が、彼女の気持ちを表していた…。
「ついに、一人になっちゃったので… 帰ってきたら、それを実感したの…」
「気持ちは分かるよ… 俺も、そう感じてる…」
自分から香るカモミールの匂いは、そのまま月歌の印象だから… 彼女の黒髪を抱いているようで、胸がぎゅっと苦しくなるのだ。
「この家は2年前に6人で借りたんです… リーダーのエミリは、わたしよりも小柄なハーフエルフでした。ちっちゃな可愛い魔道士さん… でもすごい気が強くて、まるで先生のように頼り甲斐がありました」
少女は独り言のように、窓の外に語りかける。
「同じ部屋だったのは狩人のキョウカ… いつもポニテの格好いい剣士ユミ、おっとりとして静かな聖騎士のリツコ、そしてわたしと同じぐらい臆病なサギリは、巫女でした… 目覚めてからずっと辛かったけど… みんなでどうにか乗り越えたなぁ… これでも結構頑張ったんです」
楓がそっと手を伸ばして、彼の指を握りしめる。その手はとても小さくてほんのりと温かい…。
「結局はこの汚い街の片隅に、わたしだけが取り残されて…… 疲れちゃったな」
そう言って、そっと肩を寄せてくる、まだ濡れている少女の髪から、湿った甘い香りがした。
そうか… この娘も今夜は、ひとりきりなのだ… こんな夜更けが前にもあったな…。
共に抱えるのは、行き場のない想いと哀愁だ… それを癒やすには、互いに身を寄せるしか無くて… 大翔は少女の小柄な身体を、引き寄せて横抱きにする。「あっ…」と楓が、艶っぽく息を漏らした。
「嫌だったら言ってくれ」
すると直ぐに、彼女の細腕が背に添えられた。
「嬉しいです… ヒロトくんの側は… 安心できるから」
「そか… なら良かったよ」
二人は窓辺に立ったまま、しばらくそうして身を寄せ合っていた…。
おやすみを言って、向い合せの寝室に別れてから、結構な時間が過ぎただろうか… 明かり窓だけの土壁の部屋。大きな木梁のある天井に、うっすらと雨漏りの染みがある。六畳程の寝室には、左右に並んだ古い寝台がシンプルに置かれていた。
月歌は無事に寝床を探せただろうか? 向こうの街だって、女子一人で居るには、きっと危険があるのだろう…? そんな考えが堂々巡りして、彼はなかなか寝付けないのだ。
この世界に来て、ずっと一緒に眠っていたからな…。
ただベッドに横たわり、あの安心できる少女の温もりを想ってしまう。この狭い部屋にひとりきりになると、必死に隠していた本音が、顕になって溢れてくる。
寝ぼけて柔らかく押し付けられる、甘い香りのする細身が好きだった… 眠り姫の無防備な寝顔に、どれだけ心を癒やされたことだろう…。
「離れたく無かったよ…」
腕の中で、光に解けていく不確かな感覚を、美しくも切なく思い出してしまう…。
ツキカ… なんだか全てが、長い夢の出来事のようだ。
すぐに目を覚ませば、いつものように愛らしい横顔が側にある気がした… いつしか彼の眼に涙の雫が浮いている。
そこで、キィっと木戸が鳴くと、可愛いキャミソール姿の楓が忍ぶように入ってくる。
「…… ん? どうした?」
大翔が直ぐに声を掛けると「きゃっ」と驚いて首まで顔を紅くした。
「起きてたんですね… ?」
そろそろと枕元まで近づくと、彼の涙に気付いて表情を曇らせた。
「あぁ… 眠れなくて… さ」
ヒロトくんが泣いてる… そうだよね、きっと我慢してたんだね。
「わたしもです… 人恋しくて」
楓は寝台の横にしゃがみ込むと、彼の髪を双丘の合間に抱えてしまう。彼も自分も… 色々な理不尽が重なって、切なくて… そうせずにはいられなかった。
わたしは馬鹿だ… 自分の孤独ばかりを悲観してた。彼があれだけ悲しんでいた事を、すっかりと忘れているなんて…。
「ヒロトくん… ごめんね。大切な人と引き離されて… 哀しいに決まってるのに…」
「あっ… 俺… 泣いてたのか…?」
少女は戸惑う彼に身を屈めると、頬に残った雫に唇を触れさせていた。そしてそのまま、覆い被さるように上半身で抱きついていく。
「わたしじゃ、あの女性の代わりにはならないけど… ヒロトくんの寂しさが紛れるなら…… 何でもできるよ?」
少女はそう言うと、キャミソールの寝間着をあっさりと脱ぎ捨てる。淡い色のショーツだけの姿で、上掛けに潜り込むと、探るように彼に跨ってくる。
「ちょっ… カエデ?」
あ… それ安心できるな… そして、ちょっと気持ちいい…。
素肌で触れる、楓の熱と重みが、彼を心地良く癒やしてくれる… 肩幅の狭い、本当に華奢な身体だったが、それでも胸の膨らみだけは、形良く主張していて、バランスはとても良い。
「…… 君は… 可憐だよな…」
照れたように横を向いていた大翔は、何かを想うと、少女の顔に手を伸ばしてくる。
「それなら嬉しいです… その… 好きにして良いですから」
触れた頬は上気して温かく、そのまま首を抱き寄せると、二人強めにキスをした。すぐに楓から舌を絡めてきて、深い口付けを求め合う。
自分に重なる柔らかい体温に、すぐに情熱が高ぶると、まるで飢えていたように、何度も何度も激しく舌を吸い合った。少女がそのまま、彼の上着をはだけさせると、可愛い舌でぴちゃっと舐める。
互いの息が乱れ始めて、もう、自分達が止まれない事を悟っていた…。
「悪い… 俺、はじめてなんだ…」
赤面する彼の照れ顔に、楓が妖しい表情で笑みを浮かべた。
「うん、大丈夫です… わたしに任せて…」
少女は大翔の上着を剥ぎ取ると、その筋肉質の胸元に、自分の双丘を押し付ける。直接触れ合う肌と肌に、ふるっと身体が歓喜した。
二人は互いの孤独を紛らすように、夢中で身体を重ねていった…。
気怠さを感じながら、大翔は薄っすらと眼を開ける。いつものように腕の中には、柔らかく絡みつく甘い匂いの温もりがある。
「ツキカ……」
寝惚けて言葉を漏らすと、全裸の少女が「うぅん…」と身を預けてくる。その小鳥のような声を聞いて、はっと意識が覚醒した。
そうか… 此処は城塞都市… カエデと昨日…。
そこまで回想すると、唐突に赤面してしまった。もう一度視線を胸元に降ろしてみる… そこには自分の胸板に頬を寄せて、幸せそうに眠る楓の寝顔があった。
「そうか、初めてしたあと…」
最初は彼女に、手解きを受けるようにゆっくりと愛し合い、そのあと続けて大翔の若さが暴走したのだ… 男になった達成感と、月歌に対するうしろめたい気持ちが混じって、無駄に動悸が早くなる。
それが彼女にも伝わったのか、もぞっと身悶えてから瞳を開いた。楓もはじめ不思議そうに、少年の裸を弄っていたが「あ…」と全てに気付くと、首まで真っ赤にして我に返った。
「お、おはようございます…」
少女は消え入るように言葉にすると、開き直ったように、ぎゅっと抱きついてくる。
「おはよう… カエデ。その… 昨日は…」
「良いんです! 気にしないでください。ヒロトくんは、わたしを慰めてくれただけですから… ね!」
そう言葉にはしているが、彼女の腕は大翔の腰に巻き付いて離れない… そのいじらしい姿と物言いに、彼の男としてのプライドが刺激された。
「そんな事言わないでいいよ」
「うん…」
「昨日は、カエデを抱けて幸せだったから。すごく癒やされた…」
自分も見事に赤面しながら、少女の切り揃えられた黒髪を、慈しむように静かに触れる。すると、楓の肩が小刻みに震え出し、小さく嗚咽をあげて泣いてしまった…。
「どうしたよ… カエデ? 何か嫌だったのか?」
そう尋ねると、首を左右に強く振って否定をする。
「…… 違うの。嬉しくて…」
そうして更に強く、裸の身体を押し付けてくる。胸の膨らみが、彼の胸板で見事に潰されて、大翔がドキマギと慌ててしまった。
「わたし… ほんとは、こんなじゃないんです。臆病で、人見知りで… ちゃんとお話を出来る友達なんて、殆ど居なかったの…」
すんすんと鼻を鳴らしながら、ようやくと少しだけ横顔を向けてくる。鼻の頭が僅かに紅く、子供のように幼く見える。その楓らしい泣き顔は、素直に愛らしくて、彼女の黒髪に口付けをして抱き締めてしまった。
「でも、自分でも不思議なくらい、ヒロトくんには普通に話せるの。あれかな? 始めて出会った時に、血だらけで痣だらけの、汚れた裸を見られちゃったからかもしれない… そんなわたしを、嫌がらずに優しく支えてくれたから…」
「あぁ、そうだったな」
昨夜のお返しとばかりに、楓の涙にキスをする。
「ヒロトくんは特別なんです… たぶん… 貴方に恋しています」
最後の言葉は、消え入るように小さくなった。
「そうか… じゃ、責任を取って、今日も俺とデートしてくれる?」
大翔が背を抱えると、あの時のように、彼女を抱き起こす。二人は見つめ合い、照れくさそうにはにかんだ。そうして寝起きの口付けを、可愛く交互に触れ合わせた。
「はい! 喜んでお供します」
もう… ヒロトくん、大好きです!
楓は乙女の笑顔で、泣きながら彼に抱きついた…。
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