表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/192

2-8話 微睡みのふたり

第ニ章:弱者を喰らう獣:


 ()()()()()()に恐怖したあの夜から、すでに5日が過ぎていた。この異世界の森で目覚めてから、9日目の朝になる。


 相変わらずの寝起きの悪い大和撫子は、大翔(ヒロト)の胸に頬を寄せて、無防備に抱きついたままで眠っている…。


 なんだか、この状況にも慣れてきちゃったけどな…。


 少女を前抱きする彼が、半ばヤケクソのように、その柔らかい細身を抱き枕扱いにしていた。もう一度言う、正々堂々と正面からのハグである。


 湯船の中でずぶ濡れで抱き合って以来、二人の間にあった羞恥や、遠慮や、モラル的なものが取り払われてしまい、無意識に互いを求めているというか、気持ちのままに行動してしまうというか… ようするに、なんとなく甘い雰囲気の、彼氏彼女状態を受け入れてしまっていた。


 まぁ大翔(ヒロト)的には、出会ったその瞬間から、心惹かれる何かがあったし、月歌(ツキカ)の方からも、デレと甘えの気持ちを含んだ意思表示を感じていたので、無理に距離を作る必要もない… そう、彼だって鈍感ではないのだ。


 それに、この安らかな寝顔の少女との、巡り合わせのような繋がりが、心の深部をざわつかせている。自分の前世に存在していた、同じ名前の少女の姿… それは二つの世界を超える()として、意識せずには居られなかった。


 今日は北西側、沢を越えた対岸の探索かな?


 愛らしい寝顔の少女を、腕の中で温めながら、まだ早い朝の微睡(まどろ)みの中で今日の予定を考える。


 彼らは群れで襲い来る魔物どもや、レベルが60を超えるようなユニークモンスターの脅威を知って、安全確認のために住居周辺を探索中なのだ。


 それは近隣に生息する、危険な魔物のリスクを減らすためと、経験値稼ぎをしてレベルの底上げをするという、二重の目論見(もくろみ)のためだった。生存率を上げるためには、周囲の敵よりも、強くなってしまうのが手っ取り早い。


 まずは岩山の周囲1Kmを円状に歩き、次に2Km周囲に範囲を広げた。そうして半径4Kmの安全圏を確保してから、更に外周部を区分けしていったのだ。


 その間に、例の赤帽子(レッドキャップ)の巣と同程度の、小鬼(ゴブリン)の巣穴を発見して、入り口を岩で封鎖してから、内部の空気の殆どを『倉庫』の枠へと吸い込んでやった。酸欠でほぼ壊滅した巣穴は、とても効率のよい経験値タンクになった。


 また、沢の上流域、北東方向にある連山の麓には、Lv10を超えるような魔獣の生息域が広がっているらしい。特に小鬼(ゴブリン)の上位種である長鼻鬼(ロングノーズ)は、赤帽子(レッドキャップ)より更にレベルが高く、Lv10前後の小規模な群れを成していた。


 また単独で森を放浪する、女性の姿に見える悪精の悲泣樹(クライルット)は、しくしくと悲しげに泣き伏せる姿に油断した獲物を、地中から伸ばした(うごめ)く根の麻痺毒で行動不能にしてしまう。そうして背後から触手のような根で絡みつき、生命力吸収(ライフドレイン)で命そのものを喰らうのだ。


 後で調べたら、その本体は樹木属性の()()()()()で、魔法使い(ウィッチ)系の樹木魔法使いだった。


 しかし気配探知による真っ赤なマーカー表示に、敵対生物であることが一目瞭然なので、まったく迷うこともない。また物理防御力が極端に低く、接近戦であっさりと討伐できる程に(もろ)かった。それでもLv12もある魔物で、発見したら積極的に狩る対象となっている。


 ちなみに炎系魔法が弱点なのだが、あまりに燃えすぎて森に延焼しそうな勢いなので、現在悲泣樹(クライルット)に対する火炎攻撃は封印中である。


 そしてこの近隣で最も厄介な相手が、あの有名な豚獣人(オーク)だった。レベルは13前後が多く、体長は2mにも達し、その様相は胸から上が毛むくじゃらの獣人で、猪の頭がまんま首から上に乗っているのが、醜くも違和感が半端ない。せり出した二本の牙から、いつも涎を垂らしていて、(けもの)臭く遠くからでも存在に気付くほどの悪臭だ。


 手には棍棒や、大鉈(おおなた)などの大型の武器を持ち、毛だらけの外皮は硬く、力もスピードも狼人間(ワーウルフ)を軽く凌駕する。まぁ武器を振り回す、怒れる大熊を想像すれば、近いものがありそうだ。


 現状では、単独行動する豚獣人(オーク)3匹を倒した程度だが、大翔(ヒロト)の連撃や、月歌(ツキカ)のスキルコンボでも、一撃では倒れない打たれ強さに、少し驚いてしまった。


 それでも数回の短剣攻撃や、頭部への狙撃の集中で、苦戦する敵ではなかった、が、数匹を同時に相手にするには、それなりに危険を伴うだろう… さらに問題は、豚獣人(オーク)といえば、粗末ながらも村を造り、他種族のメスを(さら)って(もてあそ)ぶという、群れを成す最悪の魔物の代名詞である。厄介なことに、近場に村を構えているのは確実なのだ…。


「ん… ヒロト、起きてるの… ?」


 腕の中で、もじっと身を動かした少女が、温もりを求めるように、頬を押し付けてくる。瞳は閉じられたままで、口元が幸せそうに柔らかく引き上げられた。


「まだ早いから、もう少し寝てて良いぞ?」


 寝台で密着しているとは思えない、その余裕のある物腰… なんだか数日前までの、(いじ)られまくっていた初心(うぶ)な男子高校生とは、まるで別人だった。


 きっとそれは少年の慣れというか、ほぼ開き直りだったりする。無防備な寝顔を見て悶絶するよりも、抱き締めてしまうほうが、幸せだし何より癒やされる。


「そっ? 今日も探索にいく… でしょ…  何処かに野菜は自生してないのかしら… ピザが… 食べた… い」


 そこで力尽きたように、再び可愛い寝息をたて始める月歌(ツキカ)。少年は、優しく目を細めると、顔に掛かる彼女の前髪を、そっと片側に指先で別けた。


「ツキカ… さすがにピザは、自生してないと思うぞ… ?」


 そう言うと、愛しい気持ちが沸き上がり、少女の黒髮に小さくキスを落としてしまう。王子様の口づけも、寝起き怠惰な眠り姫を、夢見から連れ戻すには不足らしい。


「なぁ眠り姫さん… 気づいてるか? 君が可愛くて仕方ないんだぞ… って、寝てるよなぁ?」


 うんうんと頷いている少女は、どうみても夢の中である。少年は赤面しながら「このっ」と、彼女の小鼻を摘んでやった。


 まぁ、そのうちに、ちゃんとするよ。君が大事なのは、もう隠せないし…。


 そう心に誓って、腰に触れている少女の指を手繰り、大事そうに手繋ぎをした。




 ◇




「川の対岸って、こんなだったのね…」


 1mほどの沢を飛び越えて、対岸の林を抜けると、そこは土色の大岩が散乱する荒れ地になっていた。凹凸の目立つ茶色の大地に、緑のブッシュが点在している。土色と言っても大地は硬く、花崗岩の岩肌と細かな瓦礫で表層は埋められていた。ぱっと見はサバンナのような景観なのだが、もっと高地の山すその気配がした。


 実際にこの周辺は、結構な標高のある台地らしく、拡大したMAP上でも、この勾玉(まがたま)型の大陸の、ほぼ中央部に位置している。そしてどうやら、南北を高い峰々に挟まれた、細長く閉じられた飛び地となっているようだ。


 そういう意味では、二人この『凶獣の森』に囚われているという事になる…。


 ー サモン シルバースワロー ー


 少女が両手を差し上げて、召喚魔法を詠唱した。Lv10で開放された新しい従魔が、空中の湿度を集めるように(かすみ)となり、更に5匹の精悍なツバメの姿に集約する。犬猫の召喚が痛々しいだけに、この従魔の召喚は、爽やかでほっとする…。 


「みんな周囲の警戒をお願いね!」


 その瞬間、半透明の白い翼を羽ばたかせて、弾丸のように四方に飛び去っていく従魔たち。途端に空の曇天(どんてん)に溶けて、その姿を見失ってしまった。


 ステルス能力もある、偵察用のツバメ達… 月歌(ツキカ)はこの従魔達との、位置や視界の共有までが可能なのだ。


「その従魔、気配探知や索敵領域のスキルとは別格で、映像的に視認できるのが新鮮だよな」


「そうよね、何かを発見したら心にチュチュンって声が届くんだよ。凄く可愛い鳴き声なの」


 藍色の瞳を輝かせて、その小鳥を愛でるような表情は、年相応でとても可愛いらしい。


 不意打ちで、そんなあどけない笑顔を向けられたらドキドキしちゃうだろ… 初日の(さげす)むような、冷たい視線は何処(どこ)へ行った!


 月歌(ツキカ)のこういった、少女らしい振る舞いにはまだ慣れていないのだ。






 パーティはワーキャットを先頭に、大翔(ヒロト)月歌(ツキカ)の縦隊列で、岩陰を伝うように茶色の荒野を進んでいく。そう、彼女の召喚術師(サモナー)のレベルが上がって、二種同時の召喚が可能になっていた。


 現在の二人はLv12、また新しい数種の技能(スキル)が開放されている。


「ツキカの新しい革えらく良いな… 村娘から少女戦士に一気にジョブチェンジした感じ?」


「そお? 革を使うとどうしても野暮ったくなるから… それなら良かったかな」


 初期装備に革鎧の無かった月歌(ツキカ)は、自作のミニスカアーマーを新調していたのだ。


 黒をベースにした、若草色の縁取りのあるインナーに、豚獣人(オーク)の表皮をなめした、胸部とスカートのセパレートの革鎧が、少女のスレンダーな身体に良く似合っている。膝上にまで届くロングブーツと、(ひじ)から先の革当てを含めれば、地のモノトーンに若草色と焦げ茶のポイントを配して、迷彩効果もある女性らしいシルエットにまとまっている。


 もちろん自作デザインの、折ヒダのあるインナーとの二重のミニスカートや、胸を強調するようなセクシーなラインなどは、カッコ可愛く見えて、戦乙女のイメージにもあっていた。


「ヒロトに作ってもらった、黒鋼の胸当てや肩パッドのパーツも良い感じに馴染んだでしょ? やっぱり防御が上がると安心感あるわね」


「でも、ずっと頭が無防備なんだよな… 兜でも作ろうか?」


 大翔(ヒロト)のほうは、インナーだけが少女とお揃いで、革鎧は初期装備のままなのだ。実はこの初期装備一式は、意外と高性能で、これ以上の防御性能が未だに出せていなかった。


「それこそ野暮ったくなるわよね… ヒロトが作った『防御のお守り(DP+24)』の、一層の高性能化に期待します」


「性能より見た目優先なのか? 怪我はしないでくれよ…」


 その言葉に少女は、彼の横顔を照れたようにチラ見する。


「いちおう女子だし… それに巫女の癒やし手(ヒール)を覚えたから、多少の怪我なら一瞬で回復できるもの」


 そこで月歌(ツキカ)はぴくりと立ち止まると、「まってね」と可愛く手のひらを向けてくる。急速に空へと駆け上がる月歌(ツキカ)の意識が、一匹の透明なツバメに吸い込まれ、そして視界が開けていった。


「2頭の豚獣人(オーク)を視認、北西の細長い岩場の縁… 距離は約3,2Km 武器はどちらも大鉈(おおなた)かな… あっ、違うわ、その先に多数の敵が… ヒロト、豚獣人(オーク)の部落を発見したわ」


「まじか? 村の規模とか分かるか?」


「粗末なテント小屋… というか竪穴式住居に似てるかな? が十数棟と、15匹ぐらいの豚獣人(オーク)が見えてるの… 結構な規模よね?」


 大翔(ヒロト)の持つLv4の『気配探知』や新スキルの『索敵領域』は、MAP直結での敵の位置表示や詳細まで看破する高性能スキルだが、最大有効範囲が未だに1.5Km未満なのだ。数kmいや、場合によっては十数Km先まで目視できるツバメ達は、斥候としては特に優秀だった。


「他の子達も集めるわ… もう少し進んで、ヒロトの気配探知の領域まで行ってみましょう」


 二人は同時に頷くと、再び警戒しながら赤茶けた荒れ地を、高い峰の方角に向かって移動を開始した…。







 後に大翔(ヒロト)は、この日の行動を激しく後悔することになる。


 自分の未熟さと、無力さを嘆いて、どれだけ悲痛な涙を流しただろう… この日、洞窟部屋に()もっていたら… 探索エリアを南にしていたら、いや、少なくても豚獣人(オーク)の部落に近づかなければ… と。


 しかしそれはすでに、取り返しのつかない虚しい妄想であり、どのみち悲劇が少しだけ先延ばしになるだけだったろう。


 それでも、もう少しだけ月歌(ツキカ)の… 愛らしい黒髮の少女の側で、微睡(まどろ)むような優しい日々を過ごしたかった。


 この乱雑で汚く、廃墟ばかりが目立つ『イリィタナル城塞都市』にて、大翔(ヒロト)は、いつでも少女を想う…。


 「ヒロト…」と君がオレを呼ぶ… 君の愛らしい声が蘇る… ねぇツキカ、君が好きだ。


 背に触れる細い指の感触、柔らかく艶のある黒い髪が頬に触れ、怒ってるのか困ってるのか分からない、目尻を下げた甘える表情が特別だった…。 


 今でも君が恋しいよ…… 君に逢いたくて哀しいんだ…。








 

 ご指摘ご感想、↓の☆(ポイント)評価など頂けると、大変に励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ