2-8話 微睡みのふたり
第ニ章:弱者を喰らう獣:
彷徨える災害に恐怖したあの夜から、すでに5日が過ぎていた。この異世界の森で目覚めてから、9日目の朝になる。
相変わらずの寝起きの悪い大和撫子は、大翔の胸に頬を寄せて、無防備に抱きついたままで眠っている…。
なんだか、この状況にも慣れてきちゃったけどな…。
少女を前抱きする彼が、半ばヤケクソのように、その柔らかい細身を抱き枕扱いにしていた。もう一度言う、正々堂々と正面からのハグである。
湯船の中でずぶ濡れで抱き合って以来、二人の間にあった羞恥や、遠慮や、モラル的なものが取り払われてしまい、無意識に互いを求めているというか、気持ちのままに行動してしまうというか… ようするに、なんとなく甘い雰囲気の、彼氏彼女状態を受け入れてしまっていた。
まぁ大翔的には、出会ったその瞬間から、心惹かれる何かがあったし、月歌の方からも、デレと甘えの気持ちを含んだ意思表示を感じていたので、無理に距離を作る必要もない… そう、彼だって鈍感ではないのだ。
それに、この安らかな寝顔の少女との、巡り合わせのような繋がりが、心の深部をざわつかせている。自分の前世に存在していた、同じ名前の少女の姿… それは二つの世界を超える縁として、意識せずには居られなかった。
今日は北西側、沢を越えた対岸の探索かな?
愛らしい寝顔の少女を、腕の中で温めながら、まだ早い朝の微睡みの中で今日の予定を考える。
彼らは群れで襲い来る魔物どもや、レベルが60を超えるようなユニークモンスターの脅威を知って、安全確認のために住居周辺を探索中なのだ。
それは近隣に生息する、危険な魔物のリスクを減らすためと、経験値稼ぎをしてレベルの底上げをするという、二重の目論見のためだった。生存率を上げるためには、周囲の敵よりも、強くなってしまうのが手っ取り早い。
まずは岩山の周囲1Kmを円状に歩き、次に2Km周囲に範囲を広げた。そうして半径4Kmの安全圏を確保してから、更に外周部を区分けしていったのだ。
その間に、例の赤帽子の巣と同程度の、小鬼の巣穴を発見して、入り口を岩で封鎖してから、内部の空気の殆どを『倉庫』の枠へと吸い込んでやった。酸欠でほぼ壊滅した巣穴は、とても効率のよい経験値タンクになった。
また、沢の上流域、北東方向にある連山の麓には、Lv10を超えるような魔獣の生息域が広がっているらしい。特に小鬼の上位種である長鼻鬼は、赤帽子より更にレベルが高く、Lv10前後の小規模な群れを成していた。
また単独で森を放浪する、女性の姿に見える悪精の悲泣樹は、しくしくと悲しげに泣き伏せる姿に油断した獲物を、地中から伸ばした蠢く根の麻痺毒で行動不能にしてしまう。そうして背後から触手のような根で絡みつき、生命力吸収で命そのものを喰らうのだ。
後で調べたら、その本体は樹木属性の堕ちた精霊で、魔法使い系の樹木魔法使いだった。
しかし気配探知による真っ赤なマーカー表示に、敵対生物であることが一目瞭然なので、まったく迷うこともない。また物理防御力が極端に低く、接近戦であっさりと討伐できる程に脆かった。それでもLv12もある魔物で、発見したら積極的に狩る対象となっている。
ちなみに炎系魔法が弱点なのだが、あまりに燃えすぎて森に延焼しそうな勢いなので、現在悲泣樹に対する火炎攻撃は封印中である。
そしてこの近隣で最も厄介な相手が、あの有名な豚獣人だった。レベルは13前後が多く、体長は2mにも達し、その様相は胸から上が毛むくじゃらの獣人で、猪の頭がまんま首から上に乗っているのが、醜くも違和感が半端ない。せり出した二本の牙から、いつも涎を垂らしていて、獣臭く遠くからでも存在に気付くほどの悪臭だ。
手には棍棒や、大鉈などの大型の武器を持ち、毛だらけの外皮は硬く、力もスピードも狼人間を軽く凌駕する。まぁ武器を振り回す、怒れる大熊を想像すれば、近いものがありそうだ。
現状では、単独行動する豚獣人3匹を倒した程度だが、大翔の連撃や、月歌のスキルコンボでも、一撃では倒れない打たれ強さに、少し驚いてしまった。
それでも数回の短剣攻撃や、頭部への狙撃の集中で、苦戦する敵ではなかった、が、数匹を同時に相手にするには、それなりに危険を伴うだろう… さらに問題は、豚獣人といえば、粗末ながらも村を造り、他種族のメスを攫って弄ぶという、群れを成す最悪の魔物の代名詞である。厄介なことに、近場に村を構えているのは確実なのだ…。
「ん… ヒロト、起きてるの… ?」
腕の中で、もじっと身を動かした少女が、温もりを求めるように、頬を押し付けてくる。瞳は閉じられたままで、口元が幸せそうに柔らかく引き上げられた。
「まだ早いから、もう少し寝てて良いぞ?」
寝台で密着しているとは思えない、その余裕のある物腰… なんだか数日前までの、弄られまくっていた初心な男子高校生とは、まるで別人だった。
きっとそれは少年の慣れというか、ほぼ開き直りだったりする。無防備な寝顔を見て悶絶するよりも、抱き締めてしまうほうが、幸せだし何より癒やされる。
「そっ? 今日も探索にいく… でしょ… 何処かに野菜は自生してないのかしら… ピザが… 食べた… い」
そこで力尽きたように、再び可愛い寝息をたて始める月歌。少年は、優しく目を細めると、顔に掛かる彼女の前髪を、そっと片側に指先で別けた。
「ツキカ… さすがにピザは、自生してないと思うぞ… ?」
そう言うと、愛しい気持ちが沸き上がり、少女の黒髮に小さくキスを落としてしまう。王子様の口づけも、寝起き怠惰な眠り姫を、夢見から連れ戻すには不足らしい。
「なぁ眠り姫さん… 気づいてるか? 君が可愛くて仕方ないんだぞ… って、寝てるよなぁ?」
うんうんと頷いている少女は、どうみても夢の中である。少年は赤面しながら「このっ」と、彼女の小鼻を摘んでやった。
まぁ、そのうちに、ちゃんとするよ。君が大事なのは、もう隠せないし…。
そう心に誓って、腰に触れている少女の指を手繰り、大事そうに手繋ぎをした。
◇
「川の対岸って、こんなだったのね…」
1mほどの沢を飛び越えて、対岸の林を抜けると、そこは土色の大岩が散乱する荒れ地になっていた。凹凸の目立つ茶色の大地に、緑のブッシュが点在している。土色と言っても大地は硬く、花崗岩の岩肌と細かな瓦礫で表層は埋められていた。ぱっと見はサバンナのような景観なのだが、もっと高地の山すその気配がした。
実際にこの周辺は、結構な標高のある台地らしく、拡大したMAP上でも、この勾玉型の大陸の、ほぼ中央部に位置している。そしてどうやら、南北を高い峰々に挟まれた、細長く閉じられた飛び地となっているようだ。
そういう意味では、二人この『凶獣の森』に囚われているという事になる…。
ー サモン シルバースワロー ー
少女が両手を差し上げて、召喚魔法を詠唱した。Lv10で開放された新しい従魔が、空中の湿度を集めるように霞となり、更に5匹の精悍なツバメの姿に集約する。犬猫の召喚が痛々しいだけに、この従魔の召喚は、爽やかでほっとする…。
「みんな周囲の警戒をお願いね!」
その瞬間、半透明の白い翼を羽ばたかせて、弾丸のように四方に飛び去っていく従魔たち。途端に空の曇天に溶けて、その姿を見失ってしまった。
ステルス能力もある、偵察用のツバメ達… 月歌はこの従魔達との、位置や視界の共有までが可能なのだ。
「その従魔、気配探知や索敵領域のスキルとは別格で、映像的に視認できるのが新鮮だよな」
「そうよね、何かを発見したら心にチュチュンって声が届くんだよ。凄く可愛い鳴き声なの」
藍色の瞳を輝かせて、その小鳥を愛でるような表情は、年相応でとても可愛いらしい。
不意打ちで、そんなあどけない笑顔を向けられたらドキドキしちゃうだろ… 初日の蔑むような、冷たい視線は何処へ行った!
月歌のこういった、少女らしい振る舞いにはまだ慣れていないのだ。
パーティはワーキャットを先頭に、大翔、月歌の縦隊列で、岩陰を伝うように茶色の荒野を進んでいく。そう、彼女の召喚術師のレベルが上がって、二種同時の召喚が可能になっていた。
現在の二人はLv12、また新しい数種の技能が開放されている。
「ツキカの新しい革えらく良いな… 村娘から少女戦士に一気にジョブチェンジした感じ?」
「そお? 革を使うとどうしても野暮ったくなるから… それなら良かったかな」
初期装備に革鎧の無かった月歌は、自作のミニスカアーマーを新調していたのだ。
黒をベースにした、若草色の縁取りのあるインナーに、豚獣人の表皮をなめした、胸部とスカートのセパレートの革鎧が、少女のスレンダーな身体に良く似合っている。膝上にまで届くロングブーツと、肘から先の革当てを含めれば、地のモノトーンに若草色と焦げ茶のポイントを配して、迷彩効果もある女性らしいシルエットにまとまっている。
もちろん自作デザインの、折ヒダのあるインナーとの二重のミニスカートや、胸を強調するようなセクシーなラインなどは、カッコ可愛く見えて、戦乙女のイメージにもあっていた。
「ヒロトに作ってもらった、黒鋼の胸当てや肩パッドのパーツも良い感じに馴染んだでしょ? やっぱり防御が上がると安心感あるわね」
「でも、ずっと頭が無防備なんだよな… 兜でも作ろうか?」
大翔のほうは、インナーだけが少女とお揃いで、革鎧は初期装備のままなのだ。実はこの初期装備一式は、意外と高性能で、これ以上の防御性能が未だに出せていなかった。
「それこそ野暮ったくなるわよね… ヒロトが作った『防御のお守り』の、一層の高性能化に期待します」
「性能より見た目優先なのか? 怪我はしないでくれよ…」
その言葉に少女は、彼の横顔を照れたようにチラ見する。
「いちおう女子だし… それに巫女の癒やし手を覚えたから、多少の怪我なら一瞬で回復できるもの」
そこで月歌はぴくりと立ち止まると、「まってね」と可愛く手のひらを向けてくる。急速に空へと駆け上がる月歌の意識が、一匹の透明なツバメに吸い込まれ、そして視界が開けていった。
「2頭の豚獣人を視認、北西の細長い岩場の縁… 距離は約3,2Km 武器はどちらも大鉈かな… あっ、違うわ、その先に多数の敵が… ヒロト、豚獣人の部落を発見したわ」
「まじか? 村の規模とか分かるか?」
「粗末なテント小屋… というか竪穴式住居に似てるかな? が十数棟と、15匹ぐらいの豚獣人が見えてるの… 結構な規模よね?」
大翔の持つLv4の『気配探知』や新スキルの『索敵領域』は、MAP直結での敵の位置表示や詳細まで看破する高性能スキルだが、最大有効範囲が未だに1.5Km未満なのだ。数kmいや、場合によっては十数Km先まで目視できるツバメ達は、斥候としては特に優秀だった。
「他の子達も集めるわ… もう少し進んで、ヒロトの気配探知の領域まで行ってみましょう」
二人は同時に頷くと、再び警戒しながら赤茶けた荒れ地を、高い峰の方角に向かって移動を開始した…。
後に大翔は、この日の行動を激しく後悔することになる。
自分の未熟さと、無力さを嘆いて、どれだけ悲痛な涙を流しただろう… この日、洞窟部屋に籠もっていたら… 探索エリアを南にしていたら、いや、少なくても豚獣人の部落に近づかなければ… と。
しかしそれはすでに、取り返しのつかない虚しい妄想であり、どのみち悲劇が少しだけ先延ばしになるだけだったろう。
それでも、もう少しだけ月歌の… 愛らしい黒髮の少女の側で、微睡むような優しい日々を過ごしたかった。
この乱雑で汚く、廃墟ばかりが目立つ『イリィタナル城塞都市』にて、大翔は、いつでも少女を想う…。
「ヒロト…」と君がオレを呼ぶ… 君の愛らしい声が蘇る… ねぇツキカ、君が好きだ。
背に触れる細い指の感触、柔らかく艶のある黒い髪が頬に触れ、怒ってるのか困ってるのか分からない、目尻を下げた甘える表情が特別だった…。
今でも君が恋しいよ…… 君に逢いたくて哀しいんだ…。
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